Extra Episode 宝箱

 桜回廊。第六層。day3。10:00。


 第一層では通用していた私のスキルも二層、三層と進むにつれて効きにくくなり、第六層まで辿りついたところで、私一人では魔物を倒すことが難しくなってしまいました。


 低難度とはいっても、生命迷宮ダンジョン。平均的な大人より少し強いくらいではクリアできそうにもないですね。

 一方でアキトさんはまだまだ余裕がありそうな様子。スキルを使わずとも簡単に鎧武者を倒してしまいます。


 アキトさんの称号『愚者』は未知の称号ですが、その効果は全ステータスに対するデバフを受ける代わりに他の特殊効果に強力な耐性を得るというもののようです。


 デバフを受けていてなおこの実力なわけですから、彼の異質さが際立ちます。世界でも最高峰の才能でしょうね。彼自身が望んだものではなかったかもしれませんが、私にとってはありがたい限りです。


 アキトさんのもう一つの称号『守護者』の効果はVITの限界値が五割増しとのことです。一般にバフ効果やデバフ効果は指数関数的な増減を見せ、実数値の五割が限界値とされます。


 上限値の上昇、いわゆる限界突破は極めてレアな効果で、有名どころだと『勇者』の全ステータス限界値の五割増しがあります。つまり、『勇者』は全ステータスが二倍になるまでのバフを受けつけることができるということです。


『勇者』は時限式であることを踏まえると、VITだけでも『勇者』に比類する『守護者』は破格の称号です。更に『守護者』にはVITに対するデバフに極めて強力な耐性があり、最高ランクの『愚者』のデバフさえ防いでしまいます。


 そして『守護』のスキルによってアキトさんが私への攻撃を全て肩代わりしてくれますから、防御面においては最前線レベルのクオリティを実現しているというわけです。


 最高Sランクの称号は世界中を見渡しても表舞台では数例しか確認されていませんから、それを二つも持つアキトさんの強さには計り知れないところがあります。称号自体、具体的な話を聞ける機会が少ないですからね。


 本来は私のAランク称号でも国中、いえ世界中に自慢できる程のものなのですが、彼の前では霞んでしまいます。そもこの称号そのものが称号二つ持ちのアキトさんとの関係性によって生まれている可能性も大いにありますし、称号に見合った自分を見つける必要がありそうです。


 私の『神聖』は強力な耐性効果がある程度世間にも知られています。更には特殊な障壁系称号スキル『神聖領域』を有し、『神聖』のランクに応じた完全遮断障壁を常時展開します。障壁は日常生活を妨げるものではありませんが、不慮の事故を含めた傷害を防いでくれるようです。


 ようですというのも、アキトさんの『守護』がある以上、使うような機会は訪れていないのです。『神聖領域』もAランクともなれば、おおよその攻撃は弾いてくれそうですが、検証を行うのは安全が確保できた先の話になりそうです。


「息吹く風。美空の花。風の聖霊たちよ。大自然の威を示せーー風雅龍陣」


 敵は依然として鎧武者春型という絡繰武者ばかりです。ただ、その動きは確実に洗練されてきています。ステータスもスキルもより強力になっており、私の最大火力『風雅龍陣』でもダメージは殆どないように見えます。


 風の龍を切り裂くようにして、全身してくる鎧武者の迫力は中々のものです。


「アキトさん」

「ああ」

 私と鎧武者の間に割って入るようにアキトさんが大刀を振ります。軽い動作でわざと拮抗状態をつくり出し、私はそこへもう一度最大火力の龍を繰り出します。


 鎧武者が強くなったとて無防備で受ければ、体勢を大きく崩すほどの威力はあります。隙を作れば、後衛としては及第点でしょう。


「アキトさん」

「ああ」

 彼の振り下ろした大刀によって、鎧武者は消滅しました。それはもうあっさりと。


 そろそろ潮時ですかね。元々、私が戦う意味は然程ありませんでしたし、アキトさんに余計な負担をかけているのが事実です。


 彼はこういった負担を厭わないどころか、好ましくすら思っているきらいがありますが、このような機会はこれから幾らでもあるわけでしょうし、今は急ぎ先に進むべき時かと思います。


「ダメージも通らなくなってきましたし、私の練習は後にして、ここからはアキトさんにお願いしても良いですか?」

「俺は別にゆっくりやってもいいが……ナギサがそう言うのならば、前に進むことにしよう」

「ありがとうございます。十分な練習になりましたし、ここからは効率良く行きましょう。『収納』の容積もそろそろ増やさないといけませんし」

「了解した。敵は俺が倒そう」

「お願いします」


 かくして、散策のスピードをあげて、私たちは進みます。AGIの高いアキトさんに動き回って頂いて、私は優雅に歩くだけです。


 とはいえ、何もしていないということはありません。デフォルトのシステムスキル『収納』に過剰な魔力を使ってドロップアイテムを入れていきます。

 入れていきますといっても収納系スキルの容量がある限り、自動で設定通りに振り分けが行われますので、ドロップアイテムが入っていきますというべきでしょうか。

 パーティ設定は共有ですから、お互いの『収納』スキルが一部共有されている状態です。共有の場合、どちらかが容量を確保していれば、ドロップアイテムは共有状態の『収納』へと入ります。


『収納』は普通、せいぜい一立方メートルの容積が限度ですが、魔力に応じて多少は容量が増えます。


 もっとも私の規格外の魔力を以てしても二倍程度の大きさです。ただ、更に魔力を能動的に消費すれば一時的に容積を増やすことは可能です。継続的に魔力を消費することを考えて、十立方メートル程までなら大丈夫そうですね。


『収納』の維持に魔力を使うだけではなく、『収納』を拡張中は他のスキルを使う際の魔力消費が増えることも相まって、戦闘には極力参加しない方が良いでしょう。


 幸い、私が歩いている間に戦闘は終わっています。

 アキトさんの殲滅速度は目を見張るものがあり、慣れないはずの大刀も今や何十年と研鑽を積んだ達人のように扱います。


 その動きは私とは比べ物にならない程に速く、これにはステータスだけではなくジョブも影響の影響もあります。

 この世界は純粋なバフやデバフスキルもかなり珍しいのですが、ジョブには自己強化効果があるものも多く、例えば『守護者』では五割のVIT強化に加えてSTRとAGIが二割上昇します。これは上位職の中でも破格の効果です。


 私の『精霊術師』の場合はINT三割上昇とME《まりょく》の回復速度四割上昇です。比べられることの多い上位職『魔術師』はINT三割上昇とME消費二割減少、ME量一割上昇だったでしょうか。


 ただし、アキトさんの『高等分析』のようなスキルを用いれば、同じ三十パーセントという表記でも違いがあることがわかります。

『精霊術師』は二十六パーセントINT上昇と五パーセントの精霊術効果上昇の合算であるといったような具合です。


 また、魔法に対する防御力と物理に対する防御力、各種耐性などは全てVITで表現されるように、システム上の値が同じでも実際はもっと複雑なようです。


 とはいえ、基本的な目安としてはステータスは嘘を付きません。五種という単純さもデフォルトとしては妥当なのかもしれません。

 数値を戦わせて遊ぶわけでもありませんし。


 さて、桜回廊第六層はこれまでの迷路のような庭園に比べて、造園技術が上がっているような気がします。

 庭園を散策するが如く、静かな世界を歩くだけになった私は、世界に溶け込むように回廊を楽しみます。


 自然生成されるダンジョンはコアとなるモノが持つ情報をもとにその在り方が決まります。今回の場合は桜に関連する何かでしょうか。


 いずれにせよ、人工知能による造園技法と理論上は近くなるような気がしていたのですが、そうでもないところを見ると仮想世界では異なる体系で演算がなされているのか、あるいは同様の手法であっても現実世界の先を行くのかでしょうね。


 庭の主が誰であるにせよ、そこに意図があるのだとしたら、感じ取ることは得意なつもりです。第六層から感じた違いが何らかのメッセージであるならば、この階層は特に注意を払って然るべきでしょう。


 そうして見つけた違和感が一つ。

 敵の反応が近くにないのか、隣を歩くアキトさんに尋ねます。


「この庭の空間設計からすると、右手奥の桜はノイズだと思うのですが、アキトさんはどう思いますか?」

「言われてみるとおかしな気もするが、そもそもこの庭園にそこまでの合理性は感じない」

「そうですか?」

「ナギサが言うなら調べてみよう」


 右手奥に見える太い幹の桜はない方が良いように思います。並木道を除いて、少なくともこれまでの階層では、桜と桜の間の空間を大事にしていました。その空間に僅かな歪みを入れるようにして、その桜は佇んでいるのです。


 近付いてみると、その違和感は弱くなります。完成度が低いわけではないのです。特別高いということもなく、他との差異はそうありません。


『鑑定』を試してみると、『幻術』との反応が。

「近付かないと気付けないのはダンジョンギミックか。よく気付いたな、ナギサ」

「観察する時間が十分にあったからですよ」

「『看破』を試してみるか?」

「はい。いきますよ。それっ」


『冒険家』の特徴は無詠唱探索スキルです。探索スキルが無詠唱であることが必要な場面は然程多くないと予想されますが、頻繁に使うことを考えると便利ではあります。


『冒険家』のメインはジョブ補正でアイテムドロップ率二パーセント上昇となっています。その効果は本人にしか適用されないので、それほど人気というわけではありませんが。


 たった三枠しかないジョブを一枠埋めるだけの価値はないといった世間の評価ですね。そもそも珍しいジョブなので、研究が進んでいないところもあります。


 実はアキトさんの『高等分析』よるとパーティ設定を共有にしておいた相手が魔物を倒した場合にも、ドロップ率は上がるそうです。トラブルの元になりやすい共有設定を使える相手は限られますが、私たちにとっては幸運です。


 話が脱線してしまいましたね。私が『看破』を使うと幻術がゆっくりと解けていきます。そして、そこに現れたのはーー木製の宝箱です。


「宝箱、宝箱ですよ。アキトさん。これは私が見つけたと言っても過言ではないですよね?」

 私、良いモノを見つけるのは上手いんですよね。日頃の行いが良いからでしょうか。


「そうだな」

 アキトさんが苦笑気味に肯定してくださいます。勿論、ここまで来られたのは彼のおかげだと理解していますとも。


「では、開けても良いですか?」

「ああ」

「では、開けますよ」


 そして、そこに現れたのはサクラの花を型どった魔宝石のペンダントでした。手にとって見れば、その落ち着いた深遠な輝きに何処か儚さを感じる素晴らしい逸品に見えます。


「美しいですね」

「ああ。そうだな」

「どういうアイテムなのですか? ただの宝飾品でも十分な価値はあると思いますが」


 私の『鑑定』では魔宝石が桜凰石おうこうせきという名であることしかわかりません。初めて聞く宝石です。この世界の宝石は種類が多く、知らないものが殆どですが、一般的な宝石ではないことは確かです。


「かなり良い、宝飾品といったところだ。軽微な魅了効果と極僅かな老化防止効果がある。ただ、魅了といってもペンダントを好ましく思う程度で、装備している者にまで影響はしない。老化防止は千日に一日程度の気休めだ」


 アキトさんの『高等分析』の結果を聞くことで効率良く『鑑定』を育てていけます。『冒険家』の場合はいずれ、『鑑定』系スキルでモノの実勢価格などを予測することができるようになるはずなので商いには便利でしょう。


 アキトさんの場合は『錬金術師』系の『鑑定』スキルなので特性や応用法などに強いようです。真の価値を知る上では、トップクラスなのでしょうね。


 さて、そんなアキトさんの分析によると宝飾品として優れている桜凰石のペンダントですが、その価値は優良企業のボーナス程はあるのではないでしょうか。


 金銭の話をするのは些か無粋とはいえ、お宝は価値あってこそ冒険の花です。低難度でもこのクオリティ。生命迷宮には命を超えた夢があります。


 私たちの両親はそれで大きな夢を掴んだ新興勢力ですし。両親が不在の今、少しでもその穴を埋めることも考える必要があったりします。


 ともあれ、それは私たちの仮想世界での生活が軌道に乗ってからですね。今はただこの幸運を喜ぶことにしましょう。


「良いですね。髪飾りなどには加工できそうですか?」

「効果があるのは宝石の方だ。問題はないだろう」

「それなら普段から使えそうです」


 折角、最初に見つけた宝箱ですし、学校にも身に着けていきたいと思える完成度クラリティです。


 第一高校は華美なアクセサリーは控える校則になっています。禁止ではなくとも、ペンダントはあまり良い顔をされないでしょうから、髪飾りにしたいところです。


 人工太陽の昇る空に宝石を透かすようにして、一頻り眺めた私はペンダントを大切に仕舞って、再び散策へと戻ります。


 これからの未来、幾つもの宝箱を見つけて、私たちだけのコレクションを増やしていったとしても。何度でも今日のことを思い出すのでしょう。


 それはこれからの宝物にも同じことが言えます。そうした思い出も含めて集めていけるといいですね。


 時は儚く、思い出は記憶の底に沈んでゆきます。

 されど、きっかけさえあれば、思い出は永遠です。

 そのきっかけが価値あるものなら尚更嬉しく、幸せもきっと幾久しく続いていくことでしょう。


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