Episode 04 旅立

『ネオアスター』。人類が手にしたもう一つの世界の空には澄み渡る青が広がっています。


 暖かさの中に暑さを感じ始めた今日この頃、吹き抜ける風はまだ春の爽やかさを覚えているようです。


 こちらの世界の生活にも慣れつつあり、ここ数週間は東都周辺を散策しつつ、時折東都に帰っては学園に通っています。


 しかし、その生活も今日からは少しだけ変わっていくでしょう。


「お嬢様、本当に旅に出るのね?」

 綾風さんがそう問うたのは、東都から外へと向かう門の前でのことでした。


 すぐ先に見えるのは、壁に囲まれた東都の出入り口の中でも最大級を誇る北大正門です。内から外へ、外から内へと多くの馬車や二輪車が行き交います。


 壁の東都側はすぐに町並みが広がるわけではなく、暫くは緑地が緩衝地帯として設けられています。

 その緑地は公園として都民の憩いの場ともなっており、閑けさの中に賑わいを湛えているといった様子です。


 都民に加えて、これから旅立つ者と東都を訪れた者が入り混じり、ここ北大正門前は浮かれた空気感を滲ませています。


「ええ。旅に出たいのです」

 私もまた旅立つ者として、心はふわりと踊っています。


「承知しました。私がお供できないのは不安ではあるけれど、能力的には問題ないと思うわ。それにお嬢様はお二人で旅を始めたいのでしょう?」

「そうですね。自分の力を試してみたいですから」


 とはいえ、女性の一人旅は要らぬ危険を引き寄せる可能性がありますので、アキトさんは連れて行きます。

 彼は私が育てたというのは過言かもしれませんが、実態としてアキトさんの力は私の力のようなものですし。


 そうでなくとも友人と保護者では話が違います。良き友まで拒絶するほど個人の力に固執してはいません。

 私の能力では力不足なのも事実ですから、そういった事情からの二人旅です。


 流石に私の一人旅であれば綾風さんも認めてはくれないでしょうし、両親から後で軟禁されそうですし。という本音はさておき。


 それにしてもお母様、お父様が眠りにつき、多くの苦労はありましたが、二人の手がかりを探すという名目もあって、こうして旅に出ることができるのですから、複雑なところですね。


「くれぐれもお気をつけて。一度でもリスポーンするようなことがあれば、義母様、義父様が帰ってくるまで東都に居てもらうわよ」


 リスポーンはすなわち、寿命の半減を意味します。幾ら冒険をしたいといっても、命あっての物種です。


「きっと大丈夫ですよ。無謀な無茶はしません。それではいってきます」

「いってらっしゃいませ」


 彼女に見送られ、門での手続きを済ませた私たちは東都の北を目指して出発します。


「ではアキトさん、いきましょうか」

「ああ」


 街道の端で、私は『倉庫』から二輪車を取り出します。『倉庫』はいわゆるアイテムボックス系のスキルでスクロールを使って覚えました。


 商人には人気のスキルなので、そこそこの出費になりましたが、偶然にもランダムスポーンでダンジョンを引けたこともあり、ドロップアイテムの売却益で余裕を持って購入できました。


 人気とは言っても、大抵の商人はスクロールではなく、『教授』を用いてゆっくりと習得します。また、いわゆる冒険者には『収納』というシステムスキルがある以上、スキル枠を使いたくない効果になりますので、『倉庫』のスクロールはスクロールの中では普通くらいの値段になります。


『倉庫』から取り出した黒い魔動車は、魔力を動力として用いる乗り物です。

 魔力と相反する科学技術はその複雑さや規模に比例して魔力による反発力のようなものがはたらくため、仮想世界では一部の現実世界の摂理ルールが成立しません。


 ですから、魔動車には大抵魔力を動力とするこの世界独自の機構が積まれています。

 こちらの世界のエンジンの主流は魔石式で、魔石庫と呼ばれる箱の中に魔石を入れると魔力が流れてモーターが回ります。一方で、私たちが購入した魔力式はエンジンの役割を持つ魔導具に魔力を込めて動かします。


 どちらの型も燃費が非常に悪いために馬車の方がよく見かけるわけですが、更に魔力型には根本的な問題として魔力値五桁の壁が存在します。


 魔力型はその特性上、魔力を常に流し続ける必要があり、その必要魔力量はトッププレイヤーでも魔力型のステータスが求められる程です。


 私とアキトさんは初期から五桁を超えていましたが、これは非常に稀有なことです。

 魔力五桁となると、おそらく全世代を合わせても千人に一人程度の珍しさでしょう。


 国一番のエリート校と言われる第一高校の生徒でも卒業時に魔力一万を二割の生徒が超えていれば非常に優秀な世代と言えます。


 正直なところ、私の魔力が異常に高いのは不思議でなりませんが、その恩恵に預かって多少安価で手に入る魔力型の二輪車を購入することにしました。


 二輪車は四輪魔動車に比べて扱いが難しく、積載量も少ないため、大幅に価格を抑えられます。それでも私たちの今日まで稼いだお金の殆どを費やすことにはなりましたが、移動手段を入手できただけ僥倖でしょう。


 冒険の準備は想定よりも充実しています。

 私たちの能力も同様です。


 お母様、お父様のような成り上がりの苛烈な冒険譚とはいかないでしょうが、初期条件が良い分、より世界の深淵に迫ることはできるのではないでしょうか。


 さあ、誰よりも壮大な冒険を始めましょう。


 初夏の良き日に。蒼天の下、黒い二輪。

 運転席に座る騎士と後部座席に横掛ける魔道士。

 軽やかな駆動音を以て動き始めた魔動車はこの広い世界を走り出します。


 穏やかな風に揺られながら。

 誰も見たことのない景色を夢見て。


 Chapter00 『渚のプロローグ』


 …………。

 斯くして少女の物語は始まった。

 世界は観測する。期待に足る者の足跡を。


 未だ期待に応えた者はいない。

 それでも世界は観測を続ける。


 希くば、少女の物語が世界に続いていますように。


 声にならない心を聞く者はいない。

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