Episode 01 生命迷宮

 この世界に受肉を果たした私が最初に見たのは、澄み渡る泉でした。

 人の気配も動物や魔物の気配もありません。

 大自然の中、静謐な空気だけが辺りを満たしています。


 綺麗な世界です。己の身体の在り処を確かめるように手足を緩やかに動かし、泉のほとりを散策します。


 ここも、魔力が複雑に折り重なる始まりの広場のひとつなのでしょうか。


 始まりの広場はプレイヤーのスポーン地点です。通常であれば、私たちのような新規プレイヤーはある程度大きな都市の始まりの広場からスタートします。


 一方で今回のようにランダムスポーンが選ばれることもあり、その場合の規則性は不明なところも多いのだとか。


 望まなければ、ランダムスポーンになることはないというのが通説で、実際のところ私の冒険心がランダムスポーンを引き寄せたのだと思います。


 人気のない泉のほとり。水面に揺れる緑の芽吹きは冒険の始まりに相応しいでしょう。


 こんなに美しい場所を訪れることができましたし、ランダムスポーンも結果オーライですね。

 幸いにも心強い旅の同行者がいることですし。


「ナギサ、調子はどうだ?」


 そう尋ねてきたのは幼馴染のアキトさんです。彼こそが私の旅の同行者です。大柄なアスリートのような体格の科学者で、やや小柄な私と並ぶと兄妹のようにも見えます。


 今の彼は高級騎士といった風の装備を身につけており、藍の髪に灰の瞳といわゆる現実世界とは趣の異なる風貌ですが、穏やかで少し気怠げな雰囲気はいつもと変わりありません。


「とても良いかと。アキトさんはどうですか?」

「問題ない」


 私たちの関係は現状、主従関係に近いかと思います。特に私が偉いというわけではないのですが、私は物事を決めることを好みます。一方でアキトさんは私の言葉を叶えてくださろうとします。


 そして、友達というよりは家族に近いと思います。お互いに遠慮はなく、信頼はあります。


 と、私たちの関係性はじきに自然とわかっていくでしょうし、このあたりで。


「アキトさんは騎士でしょうか。素振りくらいはしていましたが、筆頭にくるのは不思議ですね」


 この仮想世界ではゲームのように、ジョブ・スキル・称号・ステータス・装備という5つの要素でおおよその能力が決まります。


 3つのジョブとそれぞれに5つのスキル枠が存在します。ジョブにメインやサブといった概念はありませんが、初期装備に影響を色濃く与えているジョブをここでは筆頭と表現しました。


 初期能力はいわば17年間の集大成です。この世界での最初のステータスや初期装備はこれまでの人生に依存すると言われています。


 1番は己の能力や成果。そして環境などの外的要因も関わってくるとのこと。とはいえ、全ては人智の及ばない判断基準によって選別されるわけですから、何が能力として認められるかは誰にもわかりません。


 不安……はありませんね。できる限りのことはしてきましたし。強く、気高く、美しくと私は物心ついた頃には既にそう振る舞うようになっていました。

 望む望まずに関わらずではありますが、良かったのだと思っています。


 結果はともかく、過程に後悔はありません。


「ナギサは魔術師系だろうな。装備は……儀礼用にもみえる」

「そうですね。何処かで普通の衣服を都合する必要はありそうです」


 湖面に映る私は空色の髪を肩口ほどまで伸ばしており、浅葱のローブを羽織っています。衣装には細微な模様と煌びやかな宝飾が施され、旅装には似つかわしくありません。


 ここまで豪奢な衣装となると、下位職ではないでしょう。基本職や上位職は期待できます。


 それから私たちはお互いのステータスを確認し合いました。随意操作によるシステムウィンドウは仮想世界でも実装されており、そこからステータスの確認や装備の設定ができます。


 私たちのこの時点でのステータスは後ろの方にでも簡単にメモしておきますね。後からわかることがあるかもしれないですし。


「それにしてもランダムスポーンでしたね」

「だな。ここからとりあえずは東都を目指すのか?」

 東都は本来ならば私たちがスポーンする予定だったエリアです。高等学校の課題が仮想世界でも出されるので、いずれは帰る必要があります。


「そうですね。折角ですし、このあたりを探索してからにしましょうか」


 急ぎではありません。ランダムスポーン時は帰還には危険を伴うこともあります。今は情報収集とリスク回避の優先度の方が高いでしょう。

 それに、こうも美しい管理されていない自然は新鮮です。東都を目指す準備として、このあたりを冒険していきましょう。



 <<<<<<<<<<



 私たちは不慣れな森の中をステータスの支援を受けて、ほどほどの速さで南進していました。


 仮想世界での初期身体能力は大抵の場合、現実世界よりも高くなります。加えて、魔力による身体強化を誰しもが無意識に行なっているようで、事実歩いていて疲れると言った気配はありません。


「入学式は1週間後でしたよね。それまでに東都に戻れると良いですね」

「そうだな」


 急ぎはしませんが、とりあえずの目標です。短期目標があった方が時間を有効に使えます。

 探索しながらしばらく進んでいると、一片の桃色の花弁が風に乗って運ばれてきました。


「これは桜でしょうか」


 私たちは若干進路を修正して、その花びらが飛んできた方へと向かいます。


 やがて森を抜け、視界が開けると、そこには桜並木が果てなく続いていました。


「これは壮観ですね。カメラがないのが悔やまれます」


 古風な石畳の道を桜の世界が覆うような一元的な景色に、絵画の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えます。


 不思議です。この景色を構成する背景が想像だにできません。一体、何のためにこのような道が必要だったのでしょうか。


 ボスエリアか、ダンジョンか。そういった特殊な事例の方が納得できます。


 案の定、システムウィンドウが開き、そこには次のような警告が。


 生命迷宮『桜回廊』

 参加代償 3ヶ月

 踏破報酬 6ヶ月


 わぁ、とつい驚きの声が漏れます。

生命迷宮ダンジョンですよ。ダンジョン」


 大きな発見に自然と心が躍ります。時空の歪みとはこういうものなのですね。目の前に壁があるかのように石畳へと踏み込むことを拒まれるのです。


 生命迷宮、いわゆるダンジョンは仮想世界『ネオアスター』のメインコンテンツといえるでしょう。多階層に渡るエリアを探索し、最下層に待つボスを倒すという試練です。


 賭けるのは命。得られるものも命。

 永遠の若さも夢ではありません。


 もっとも今のところ、永遠の若さは机上の空論の域をでませんが。


 仮想世界での死は寿命の半減を意味します。ダンジョンの難易度は報酬に左右されるとはいえ、トッププレイヤーでも簡単に命を落とすほどです。


 勿論、私たちがたった今見つけたダンジョンのように比較的低報酬で低難度のダンジョンもあります。


 ただ、低難度ダンジョンばかりに挑むというのは時間対効果の面で現実味がないといえるでしょう。


 ダンジョンは日々発生しているとされますが、基本的にはそう見つかるものではありません。


 そして、数週間や数ヶ月といった生命を賭けた迷宮は、発見者が攻略してしまうことが多いのです。


「低難度ダンジョンか……。戦闘経験のない俺たちにとっては危険と見るべきか。あるいは、ちょうど良い練習と見るべきか」


「私たちはかなり防御寄りの構成でしたし、命の危険はそうないのではないですか? リタイアには3ヶ月の寿命を失いますが、ダンジョンを見つけた幸運を逃す方が惜しいかと」


 選択肢としては、情報を売り、相当なお金に変換するという判断もあります。これからの準備金にもなりますし、悪くありません。

 ただ、それまでに他の人に発見されてはならないので、今回は少し難しいですね。


「そうだな。異論はない」

「では、挑戦しましょうか」


 アキトさんとはパーティを編成しています。パーティは8人まで。色々な機能があるようで、ダンジョンへ共に挑戦する際にはパーティを組んでおくのが無難でしょう。


 必ず、ダンジョン内の同地点から開始できたり、とゲームらしい機能があるそうです。


 それでは、初めてのダンジョン攻略を始めましょうか。私もアキトさんもどうにもあまり初心者らしくはありませんが、冒険への好奇心は人一倍持っています。


 そうでしょう。アキトさん。


 アキトさんが頷くのを確認して、私はダンジョンに挑戦するためのダイアログに了承を示します。


 刹那。意識を浮かせるように時空を超えて、私たちは生命迷宮『桜回廊』へと迷い込むのでした。



 <<<<<<<<<<<<<<



 桜回廊。第一層。day1。10:00。


 石畳の小道に沿って桜が植えられたダンジョン第一層は、まっすぐな一本道ではなく、入り組んだ迷路のようでした。


 庭園のようなフィールドでは、小道から外れてショートカットをすることも可能に見えます。しかしながら目的地が不明である以上、道なりに進まないメリットもそうありません。


 小道の左右両端には行燈や石灯籠などが並び、日の高い時分から淡い光が灯っています。


「綺麗で不思議な世界ですね」

「これで魔物が居なければ、のんびり見て廻りたいところだな」

「宝箱とかもあるんでしょうね。楽しみです」

「ドロップアイテムも期待できるかもな」


 美しく咲く桜を眺めながら、私たちは道を進みます。スキルの試用はステータス確認の際に済ませているので心配いりません。


「ナギサ、止まれ。何かいる」


 アキトさんの索敵範囲内に反応があったようです。アキトさんの持つ『高等分析』は錬金系複合スキルであり、鑑定や索敵といった機能を備えています。


 索敵はメイン機能ではないので心許ないところはあるようですが、現状の私たちにとって唯一のレーダー系索敵です。


「左前、敵影ひとつ」

「確認できました。鑑定してみます。……『鎧武者春型』という名前くらいしかわかりませんね。アキトさんはどうですか?」


 私は『遠見』による視点の立体駆動で機械仕掛けの武士を視認しました。そのまま『鑑定』を試してみると、名を除く殆どの情報はレジストを受けて閲覧できません。

 私の『鑑定』はランクも低いですから、要特訓ですね。アキトさんの『高等分析』ならば、殆どの情報をとれるでしょう。


「ステータスは3000程度。Eランクの『魔法剣術』と『硬化』、『不意打抵抗』スキルを持っているらしい」

「私より少し強いくらいですか。難易度は同程度の対価の他ダンジョンと大差なさそうですね」


 他のダンジョンでのデータは既に収集済みです。先人たちの中には親切にも情報を公開してくださる方々がいますし、親類縁者を始め知人からも聞き及ぶところです。


「では、まずはアキトさんに倒していただいても良いですか?」

「ああ。任された」


 先に安全マージンのとれているアキトさんから戦うことにします。防御力に秀でた彼ならば、そう危険もないでしょう。


 私たちは回復アイテムを一つも持っていないので、慎重に行かねばなりません。おそらくは余裕があるとは思われますが。


 角を曲がり、鎧武者春型と対峙したアキトさんは初期装備の大刀を両の手で構えます。その様子を見て、武者も腰の刀を抜き、青い炎をその刀身に纏わせました。


 桜吹雪の中、武者が上段の構えを取り、そして--アキトさんがその横腹を一薙していました。


 初めての実戦。初めての大刀。その一撃は鎧武者の上半身を落とし、その全てを光の粒子へと還すことで彼の才を示します。


「剣の腕というのはこれから磨いていく他ないな」

「致し方ありません」


 もう既に達人級のように見えますが、彼には更にその先が見えているのでしょう。これから成長するとなると楽しみです。


 人類に限界はない。そう言われるほど、あらゆることが可能になりつつある現代においても、現実世界の一個人には不可能なことの方が多いです。


 類稀なる能力を持つアキトさんとはいえ、最初から優れた戦闘技術を見せるまでの一足飛びは仮想世界だからこそと言えます。


「ドロップアイテムは刀ですね。渡してもらっても?」

 パーティでのドロップアイテムに関しては様々な設定が可能で、今のところ共有状態にしています。

 アキトさんに取り出しもらうのは、彼が初めて倒した敵ですから。彼は気にしないとの話ですが、最初くらいは気を遣っても良いでしょう。


「碧い刀。悪くないな」


 彼は一瞥して、そう評し、私に刀を渡してくれます。その一言は私の気遣いに対する彼なりの気遣いでしょうね。


「良い刀です。記念にとっておきましょうね」


 無機質な碧い刀をサッと構えてみます。桜舞う小道の中で刀を構える私。ナルシーなところのある私は『遠見』でその様子を眺め、その美しさに満足します。

 早く保存機カメラを手に入れたいものです。


 自己陶酔は程々に、再び道を進んでいきます。

 そうして見つけた次の敵もまた鎧武者春型でした。


「次は私が」

「了解した。周囲の警戒をしておこう」

「お願いします」


 鎧武者はこちらに気がつくと、まず抜刀し、構えをとります。そして、間合いに入るか、攻撃されるかを待つようです。


 魔法による攻撃で先手をいただきましょう。基本的に、魔法は詠唱をする方が効率が良いということで、初めはきちんと正式な詠唱スキルアクションをしておくことにします。


 それでは、宝杖を構えて。


「息吹く風。美空の花。風の聖霊たちよ。大自然の威を示せ」

 風の攻撃。上級精霊術。魔力の渦巻きは心地よく、心にそよ風が吹くようです。


「風雅龍陣」


 魔力の煌めきが龍を象り、空を駆けて敵を粉砕せんとします。風の精霊たちが陣取る龍の攻撃力は龍の名に恥じない強大さです。


 対する鎧武者は、刀に青い炎を湛え、真っ向から切り裂きにかかります。

 魔力同士の衝突。武者は防ぎきれないと悟ると炎を盾のように展開して精霊術の威力を軽減しようとしました。


 結果、ダメージはある様子であるものの、私の攻撃を耐え切ります。そして、鎧武者は間合いを詰めるべく、石畳を蹴り出しました。


 詠唱は間に合わないでしょう。


「風よ」

 今度は短縮詠唱。魔法の数は二つ。速度を重視した『風雅龍陣』を放ちます。

 魔力を先程より多く注ぎ込めば、威力を保てるはずです。


 真っ向勝負。気を衒うことなく、正面から二柱の風の龍を奔らせます。

 対して、武者は勢いそのままに炎刀にて龍を切り裂かんと試みるようです。


 速く、されど遠く。


 その刃は私に届くことはありませんでした。風の二龍が炎の刀を砕き、その鎧を破壊したのです。消えゆく鎧武者の残骸に散りゆく桜が重なります。


 私の勝利です。ぶい。


 初戦闘、初勝利。

 些か手応えはありませんでしたが、そこには未だかつてない高揚がありました。

 私たちは戦うために生まれてきたのかもしれません。


 正確には、戦う者が生き残ってきたのでしょうが、結論に差はないのですから。


「勝ちましたよ、アキトさん」

「これなら思いの外早く、第一線まで駆け上がれそうだな」

「そうですね。嬉しい誤算です。最高の冒険にはどうしても力が必要ですから」

「そうだな」


 私たちは前人未踏の各地を旅する予定です。

 そうして私たちはこの世界のことを知りたいのです。


 さて、お楽しみのドロップアイテムの確認をシステムから行います。今回のアイテムは、碧兜春型という装飾品ですね。装備もできそうではあります。これもまた記念にとっておきましょう。


 そうして初戦闘を互いに終えたところで、とりあえず今回の方針を決定しておきます。

「勿体無い気持ちもありますが、手速く攻略してしまいましょう。私は些か火力不足ですし、途中からは援護に努めることになると思います」

「了解した。食糧が少ないからな」

「ええ、アイテムを運べる量にも限りはありますし」


 食事をしなければ人は死にます。代謝の仕組みは異なりますが、人が生きるのに食べ物や飲み物が必要なことに変わりありません。


 リタイアは参加代償の3ヶ月。死は寿命の半分を失います。

 この仮想世界は遊びではないのです。


 魔力が多ければ、多少の絶食は大丈夫という話とはいえ、その検証を今行うべきではないでしょう。


 救済措置というべきか、水とパンは得る手段があります。ドロップアイテムの換金がシステム上で行え、システム通貨は水とパンにいつでも交換することができるのです。


 ただし、換金は市場より大幅に安い場合が殆どですし、パンは美味しくないと評判です。


 パンだけの栄養でコンディションを維持できるとも思えませんので、収穫してきた果物があるうちに攻略を終えたいものです。


「では、いきましょうか」

 それから、様々な戦闘パターンを試しつつ、私たちはダンジョンの奥へとを降りてゆきました。


 次層へ進む階段や魔物の寄り付きにくい安全地帯の発見など初めてのことばかりで書きたいことばかりなのですが、これからもダンジョンには沢山挑戦する予定ですので詳しい話はまた機会があれば。


 そして、私たちがボス部屋の前に辿り着いたのは5日後のことでした。



 <<<<<<<<<<<



 桜回廊。第十層。day6。16:00。

 第十層に降り立った私たちを出迎えたのは金色の御堂でした。その大きさはサッカーコートを呑み込むほど。高さも十メートルはあるでしょう。


「ついにボス戦ですね。泉のほとりで回収した果物も底を尽きそうですし、このまま挑んでしまいましょうか?」

「俺はどちらでも構わない」

「では、行きましょう」


 ここまでの道中、それほど危険はありませんでした。ボス戦も勝てると思います。

 この世界での戦闘にも少しは慣れてきましたし、桜舞う景色も十分に愉しみました。


 重厚な扉は私たちが近付くと独りでに開き、来訪者を堂内へと誘います。アキトさんが斜め前を歩いて私を先導する形で、素木造りの御堂へと入りました。


 ダンジョンの最奥には強力な魔物が待っているのが常。厳かな雰囲気に、些かばかりドキドキです。


 御堂の中へ進むと、そこには枯山水の庭園とその中央には巨大な鎧甲冑が待ち構えていました。

 桜色を基調とした儚げなデザインの甲冑には、これまでにない剛直さが同居しています。


 桜大将軍『刹那』。鑑定に映ったその名は、『桜回廊』のコアにして最後に待ち受ける強敵の銘。

 メタリックなその体躯が起動すれば、桜吹雪と和太鼓が奏でる幻音の魔法が挑戦者を歓迎します。


 将軍の瞳が白く輝き、始まりを知らせるような抜刀エフェクトから長刀を構え--

 跳躍。地面を這うような低空軌道にて、鎧将軍は私の首を狙ってきました。


 アキトさんは咄嗟に大刀を振るい、長刀の軌道を逸らしますが、その軌道には私の身体が僅かに残っています。


 淡い障壁が弾けるとともに、アキトさんのスキル『守護』が発動します。

『守護』は守護対象が攻撃を受けた際、その攻撃をスキル使用者が受けたことにできるスキルで、ダメージを肩代わりできます。その際には、スキル使用者のVITや状態を参照するようです。


 ただ一人しか守れないという制限はありますが、常時発動型という点で非常に優れています。このスキルがなければ、ダンジョンに挑んだか怪しいところです。


 アキトさんの実力はともかく、私は初心者らしく、ダンジョンに挑む適正ステータスを有していません。如何に最初から差があるゲームとはいえ、仮想世界でしかできない成長の方が多いのです。


 そんな回想も束の間、アキトさんがこのダンジョンに来て、初めて軽いノックバックを受けたかと思うと、次の瞬間には鎧将軍へと大刀を振るいます。


 鎧将軍は障壁と長刀でその攻撃を受け止め、衝撃を和らげるように後ろに跳びます。その様子を見て、私は「風よ」と三つの精霊術を展開し、三柱の風の龍が将軍を襲います。


『炎連防壁』


 声にならない鎧将軍の音が聞こえると同時に、炎魔法の上位障壁が風の龍を阻みました。

 その間に私はもう一つの精霊術を詠唱します。


「草原の盾。古の庭。風の聖霊たちよ。大自然の威を示せ。風霊結界」


 私の周囲に風の結界が五重に展開され、溶けるように見えなくなります。風の上位精霊術『風霊結界』は球状の防壁を固定し、外から中への侵入を防ぎます。


 直撃でなければ、この多重結界でも防ぐことができましょう。これでアキトさんが戦いやすくなると良いのですが。


「どうですか?」

「練習相手にはちょうど良いな」

「そうですか。では、私は観ていることにします」


 ここはアキトさんの個の力に頼ることにします。

 私も頑張らなくては。観ている方が性に合っている気もしますが、戦わないのと戦えないのでは天と地ほどの差があります。


 とはいえ、今はまだ致し方ありません。

 観て学ぶとしましょう。


 そこからはまるで演舞のような戦いでした。

 私への攻撃に失敗した鎧将軍は、私が防御体勢に入ったのを見るとアキトさんへと標的を変更しました。


 一閃。鎧将軍の必殺の一撃をアキトさんは知っていたかのようにいなします。

 戦闘職ならば、誰もが獲得を願い、その殆どに適性がないと言われる『未来視』の成せる技です。


『未来視』は覚えるのも使いこなすのも難しいと言われています。ただアキトさんを見ているとそれが誇大表現ではないかと思ってしまう程、彼は簡単に扱ってみせますね。


 まだ常時発動できないということですが、それは何十年と戦ってきた英雄の領域。現実的に可能かどうかも定かではありません。


 身体の感覚に違和感が大きいとは本人の談です。身体を慣らすようなアキトさんの剣撃は、鋭く美しく些か単調です。あるいは、私の目を慣らしてくれているのかもしれません。


 もはや、勝負は決していました。

 鎧将軍もそれは解っているかのように見えました。仮に鎧将軍が力を温存していたとしても、アキトさんには届かないでしょう。


『これが勇者と魔王の世代か……』


 鎧将軍の声が聞こえます。それはおそらく理解できないはずの声。


 私の『解読』が理解させるのでしょう。鎧武者には使えなかったことを考えると何でも、誰にでも反応するということはなさそうです。


『勇者』と『魔王』。時限制の強力なジョブであり称号でもあると聞きます。幸か不幸か、私たちは選ばれませんでした。


 ただ、選ばれずとも過酷な運命に巻き込まれる可能性を誰もが理解しているのが、勇者と魔王の世代です。


 天才にして勇者にあらず。


 神聖にして聖女にあらず。


 そんな私たちパーティでも、何処かで勇者パーティを目にする機会があるかもしれません。


 これからの未来に思いを馳せながら、私は将軍と幼馴染の戦いを眺めていました。


 紫炎に輝く将軍の長刀。

 紫黒の大刀がその悉くを捌きます。


 桜舞い散る庭園で、夕陽を背に抱き。

 二つの影が交錯します。


 観客は私だけです。

 私だけがこの夢のような世界を観ています。

「始まったのですね。私たちの冒険が」


 きっと、このような非現実な光景がいつしか当たり前になっていくのでしょう。


 そして、永遠に続くかのように思われた黄昏の決闘は夜の帳を待たずして終局を迎えました。


 決着は一瞬。アキトさんの大刀が将軍の胴を横薙ぎに両断し、勝敗は決しました。

 些かの余韻を残して、将軍は星屑を撒くように光へと帰り行きます。


『------』


 将軍の最後の声は風に掻き消され、私には届きませんでした。


 そうして後には、私とアキトさんと、ダンジョン踏破の豪奢な宝箱が残りました。


「終わったぞ」

「ええ、素晴らしい戦いでした」


 私は『風霊結界』を解除し、アキトさんのもとへと歩み寄ります。

 大刀をアイテムボックスへと仕舞ったアキトさんは桜色の宝箱の前へと移動しました。


「開けて頂けますか?」

「ああ」


 お楽しみの宝箱の中身は、三つ。

 桜色の魔宝石と巻物が二つでした。


「これは凄いな」

「大きなサクラブライトとスクロール。運が良いですね。手に取っても?」

「アイテムの管理はナギサに任せる」

 ありがとうございます、とお礼を言って私は魔宝石を手に取ろうとして、その大きさにアキトさんへと振り返ります。


 すると、アキトさんがサクラブライトを抱え上げ、私の見やすい位置で止めてくださります。

「綺麗ですね……」


 サクラブライトと呼ばれる魔宝石は桜の花々を閉じ込めた人気の原石です。

 両手でないと持てないほどの大きさともなれば、中々市場に出回りません。


 彼に今一度お礼を言って、魔宝石は『収納』へと仕舞い、再度宝箱に向き直ります。


「そして、スクロールは」


 スクロールにはジョブやスキルを覚える手助けをしてくれる極意書と、一度だけスキルを発動させられる使い捨てのアイテムスクロールがあります。

 どちらもその中身次第では非常に高価です。それこそ一生遊んで暮らせるほどに。


 気になるその中身は。


「大侍と魔法剣の極意書ですね」


『大侍』は上位職ですし、『魔法剣』は人気スキルです。極意書はあくまで補助、ジョブやスキルを得る道筋を示してくれるに過ぎないとも言われますが、その効果は絶大とも聞きます。


 基本的にはスクロールを使えば数年後には対象のスキルやジョブを覚えられることが多く、速ければ一週間とかからないようです。適性やステータスが足りていれば、その場で習得できることもあるとも聞きます。


「屋敷が建つな」

 アキトさんの言うように、その価値は計り知れません。


 ドロップアイテムの中でもスクロールはダンジョンや敵の難易度に依存しにくいレアドロップです。


 狙って手に入れることが難しく、その価値は高くなる傾向にあります。


「嬉しい誤算ですが、これは売却するよりもアキトさんが使ってください」

「良いのか?」

「初めてのボス戦。初めての宝箱。思い出はお金に換えられない価値があります」

「そうか……。そうだな」


 やがて、ダンジョンが崩壊を迎えます。

 ダンジョンボスの撃破から一定時間が経過したことで、私たちの前にシステムウィンドウが開きます。


 生命迷宮『桜回廊』 踏破

 踏破報酬 6ヶ月

 転移先 トウワの森 東都


「ダンジョン踏破の際には、最寄りの都市も転移先に選べるのでしたね」

 トウワの森は私たちがランダムスポーンしたあの森のことでしょう。戻る必要はありませんね。

「東都へ行くか?」

「そうですね。いざ東都へ」


 桜の花びらが視界を覆う程に舞っている淡い世界。

 滅びゆく桜の世界を惜しみながら、私たちは東都への転移を選択します。


 こうして私たちの初めての生命迷宮での冒険は終わりを迎えました。



 多くの者が挑み、そして度々命を落とす生命迷宮。踏破すれば、手に入るは富と生命。


 この世界では力で命を勝ち取ることができます。


 とはいえそれは、いつの時代も似たようなものだったのかもしれません。




 --------


 水無渚 

 STR 2006 VIT 2298 INT 3127

 AGI 3261 ME 72761

 Job:精霊師 

 Skill:風雅龍陣C- 風の精霊術D 夢彩飾UN

 Job:冒険家 

 Skill:遠見E 鑑定E 看破E 解読UN

 Job: --

 Title:【神聖A】


 七尾彰登 

 STR 22134 VIT 31022 INT 22609 

 AGI 18580 ME 28871

 Job:守護者 

 Skill:空太刀UN 守護S

 トード解放UN 機工結界E+ 未来視C+

 Job:召喚師 

 Skill:ゴーレム召喚B+ ゴーレム錬成A-

 自立能B 高等分析A- 効率化B

 Job: --

 Title:【愚者S】【守護者S】


【ステータスについて】

 一般の人々の平均は1000-2000くらいです。初期ステータスでの最大値は3000くらいというのが定説で、現行のトッププレイヤーが30000−50000くらいというのが公称ですね。魔力値は他のステータスの1.5倍くらいはあると言われています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る