永遠の潮騒 

隆代水依

Chapter00 プロローグ

Recode 00 祭壇

 七つの大地と五つの大海。

 その果てには、まだ見ぬ世界が広がっている。


 人類が手にしたもう一つの現実、完全仮想世界ネオアスター


 ある者は仕事をして。

 ある者は学校に通い。

 ある者は冒険に出掛ける。


 ゲームのような。物語のような。

 それでいて現実らしい不思議な世界。


 これはそんな世界を旅する少女の長い長い旅の記録。

 あるいは。

 仮想世界ネオアスターの最果てにあるとされる幻想都市を目指した彼女の綴る物語。



 <<<<<<<<<<<<<<



 始まりの祭壇は現実世界の個人を仮想世界にコンバートするエリアだと言われている。

 十七歳の少年少女がたった一度だけ通過することを許されるこの場所は、所在地不明の誰もが確認した未踏破エリアだ。


 意識は明瞭だが、身体はまだない。最初に視界に映ったのは花だった。淡く輝く空飛ぶ花。そして眼下には豊かな森が広がる。

 空間を揺蕩うように見せられるその光景は、この世のものとは思えない程に幽玄で。


 これが幻想都市ですか……。


 少女、水無ナギサはそう感嘆の言葉を漏らした。

 声にならなかった彼女の言葉の通り、始まりの祭壇は幻想都市とも呼ばれている。


 シャボン玉のように浮かぶ幻想花。見る者の心を穏やかにすると言われる伝説の花がこの地では当たり前のように咲き誇る。

 幻想花に代表される幻想種の動植物がこのエリアの住人であり、この世界の秘密を守っていると言い伝えられている。


 運が良ければ、フェンリルやフェニックスに出逢えるとのことですが……。


 草原と森と神殿。三要素によって構成されるこの地を漂うように、景色がゆっくりと移ろいゆく。そこに己の意思が介在する余地はない。

 大抵の場合は幻想花に囲まれているだけでコンバートは完了してしまうという。


 ただ、ナギサの視界はそれだけでは終わらなかった。彼女の意識は森の先に煌びやかな青を捉えていく。


 ……これは、海ですか。

 ということは、始まりの祭壇は海の果てにあるのでしょうか。


 それは初めて知る幻想都市の情報だった。入念に調べてきたナギサが知らないとなると、少なくとも簡単に手に入るデータではないということだ。


 幸先が良いですね、と思っていたナギサの意識しかいはまもなく開けた岬へと移り行き、そこに厳かに佇む石碑を見つける。

 神秘を抑え込んだような幾何学模様で飾られた真黒の石碑だ。そこに刻まれた文字は既存の文字とは異なる三次元構造をとっていたが、この世界に備わる翻訳機能がどういうわけか機能しているようだった。


 読ませないための特殊な言語なのでは、と訝しみながらも、ナギサはその文章の意味だけを読みとっていく。

 岬に立ち止まったかのように視界は動くことなく、それがこの石碑を見せるためなのか、単に幻想都市の端にあたるだけなのかはわからなかったが、ナギサが石碑を読むにはちょうど良かったことだけは確かだった。


『待っている』ということでしょうか。


 細かなニュアンスまでは理解が及ばず、何が待っているのかは明確ではない。そして、この幻想都市を目指すのは人類の一種の命題でもある。

 目指す先に変わりはない。故に、そのメッセージ自体にさしたる意味はなかった。


 それでも、幻想都市に憧れる少女にとって、そのメッセージは嬉しいもので。待たれているならば、行ってみる他ないとナギサは決意を新たにする。


 待っていてください。

 いつか必ず辿り着いて見せます。人々の始まりの地、そして幻想種の楽園たるこの幻想都市に。私自身の身体で。


 そしてナギサは岬から広がる壮大な海と空を見つめ、次第に薄れゆく意識の中、この幻想を心に刻みつけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る