第7話 木漏れ日

 ディーに睨まれたルーファスは、わざとらしく咳ばらいをした。


「……こほん。チェスター。手紙にも書いたが」

「ああ、この子の適性を測るんだね? いいよ」


 チェスターはゆったり頷くと、マデリーンに向き直った。


(きたわ……!)


 心臓がドクンと音をたてる。また緊張してきた。


 聖女の力を持つであろう令嬢たちには、十四の春になると検査が義務付けられていた。その時に属性の診断が行われ、あわせて聖属性の有無も調べられる。


 更に進んだ勉強をしたい、というマデリーンの望みもあり、時期は早いがチェスターに一度、ちゃんと診て貰うことになっていた。


 マデリーンは、無意識に拳を握りしめていた。


「国が行う計測は、もう少し先だ。でも、僕にもそれくらいはできる。君を測らせてくれるかい? 勉強の方針を固めたいし」

「はい、お願いします」

「では」


 チェスターは袖口から、透明な球体を取り出した。つるんとした玉は、不思議とぼんやり光っているように見える。

 チェスターは近くのテーブルの上に布を広げると、中央に玉を置いた。

 布には見た事のない模様が描かれている。何かの文字なのか、はたまた模様なのか、マデリーンにはよくわからない。


「ここに置こうか。さあ、これに手をかざしてごらん」

「……こうですか?」


 マデリーンは息をのむと、おずおずと両手を伸ばした。


「そう……そのまま、動かないで、じっとして。目を閉じて、深呼吸を繰り返していて」

「……」


 言われるがまま、マデリーンは目を閉じた。チェスターの声は耳に心地よく、逆らう気が起きない。

 視界を閉ざしているせいか、手のひらの感覚だけが妙に鋭くなっているのが自分でもわかる。


(あたたかい……)


 さっきは確かに、無機質なガラス玉に見えたのだが――不思議な温もりを感じる。何かあたたかいものが指先から流れ込むような、不思議な感覚があった。


 あたたかさは血に乗って全身を巡り、頭がぼうっとしてくる。ぽわっとして、気持ちがいい。


 まるで熱に浮かされたようで――熱?


「……? マデリーン、何か感じる?」

「あつい」

「!」


 チェスターは目を瞠ると、パッとマデリーンの手を取った。庇うように、玉から距離を取らせる。


「もういいよ、マデリーン。……今もあつい?」

「今は……指先がすこし、ピリピリします」


 軽くだが、指先が痺れていた。

 しかし、指を開いたり閉じたりしている内に、ゆっくりと痺れは消えていく。マデリーンの気のせいといえば気のせいかもしれない。


「なるほど……」


 チェスターは考え込んでいる。


 何かまずい事でも言ったのだろうか。

 それに、さっきの心配そうな眼差しは、一体。


 黙り込んでしまったチェスターを気にすることなく、ルーファスはチェスターの肩をばしばしと叩いた。


「どうだ? マデリーンは」


 チェスターは何かを確かめるように、マデリーンをじっと見つめている。


「確かに……僕と同じ、水属性だね。それと……これは後で話そうか。ノエル、先に行っていてくれる?」


 父に促されたノエルは、素直にマデリーンに近寄った。いくつかの本を、チェスターから手渡される。


「うん、わかった。……マデリーン嬢、僕も一緒に勉強して良いですか?」


 願ってもないことだ。一人よりも、二人の方がいい。マデリーンは微笑んで快諾した。


「はい、もちろんですわ。それと……私のことは、マデリーンとお呼びください。敬語もいりませんわ。私は年下ですし、教わる身ですもの」


 ちらり、とノエルはチェスターに視線をやる。どういう対応を取るべきか、判断を仰いでいるのだろう。チェスターは許可を出すように、軽く頷いてみせた。ノエルの表情が、ふっと緩む。


「わかった。では、僕らは先に勉強の準備をしようか。部屋に案内してくれる?」

「はい! こちらですわ。では、お先に失礼いたします」


 マデリーンはもう一度お辞儀をすると、意気揚々と部屋を後にした。使って良いと言われた書斎へ、ノエルと向かう。


 廊下を歩いていると、ふとノエルは足を止めた。

 つられて、マデリーンも歩みを止める。古い大きな窓からは、春の日差しが差し込んでいた。


「……あのさ、マデリーン」

「どうかしましたか?」

「僕に敬語はいらないよ。……友達になれたらいいね、って父さんや母さんとも話してたんだけど……図々しいかな?」

「友達に……?」


 マデリーンは目を丸くした。友達、という甘い響きにドキンと胸が高鳴る。

 青々とした木の枝が、ゆらゆらと揺らめいて頼りない影を作っていた。


 ノエルは照れたように微笑んでいるが、その目には僅かに緊張の色が見て取れた。


「そう。僕でよかったら、友達になってくれる? マデリーン」

「ええ、もちろん!」


 マデリーンは即座に頷いた。


 王都から離れているせいか、同じ年頃の令嬢たちとも特に交流をしてこなかった。幼い頃は近所の子供たちと自由に遊んでいた記憶はあるのだけれど、それもいつからかパッタリ途絶えている。


 そこにきて、初めての友人だ。マデリーンに断る理由などない。

 嬉しくて、思わず笑みが零れていた。マデリーンの黒い髪が、ふわりと風に揺れた。

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