第6話 賢者
ルーファスが旧友へ手紙を送って、一週間が経過した。
かつての賢者は、家族と共にノイマン家を訪れていた。
「久しぶりだな、チェスター! ジェニー!」
「そうだね、ルーファス。あいかわらず元気そうで何よりだ」
ルーファスとチェスターは、固く握手を交わしている。ディーも笑顔で、ジェニーと抱擁しあっていた。
旧交を温めあっている大人たちの様子を、マデリーンはドキドキしながら眺めていた。
考えてみれば当たり前の話なのだが、父や母にも『昔』があったのだと――今、ようやく実感が湧いたような気がする。勇者だった頃のルーファスや聖女だった頃のディーは、どんな風に笑い、どんな風に戦っていたのだろうか。
四人の間には、目に見えない絆があるように見えた。年月を経ても色あせない、強い絆が。それが、マデリーンは眩しく思えた。
いつか自分にも、そういう相手ができるのだろうか――できるといいな、と密かに願う。
(この方が……賢者様)
チェスターは、マデリーンの中の『賢者』というイメージとはかけ離れていた。
年齢も――もちろん老齢でもなく、おそらく父と同じくらいだろうか。背丈もルーファスと同じくらいだが、その体は細く見える。長い薄茶色の髪はゆるく束ねられ、深い赤の瞳は穏やかだ。
対するジェニーは、艶のある短い銀髪が活発な印象だ。瞳は母よりも深い緑色をしていて、好奇心に輝いている。
「それでね……この子が」
ディーが、そっとマデリーンに視線を向けた。チェスターやジェニーの視線も、自然とマデリーンへ注がれる。
マデリーンは深呼吸をして、一歩前に進み出た。焦らないように、と自分に言い聞かせながら、丁寧にお辞儀をする。
「初めまして、マデリーンです」
緊張のせいか、やけに頬があつい。真っ赤になっていなければいいのだけれど。
(やった、ちゃんと言えたわ)
初対面の方に、きちんと接することができた。
小さくはない達成感で、口元が緩みそうになる。今までも機会が無かったわけではない。
ただ、いつもミアが前に出て先に挨拶をしてからマデリーンが、という形だったから緊張の度合いが違う。これを何でもない事のようにこなしていたミアは、やっぱり凄い。
「この子が? わあ……すっごく綺麗な子じゃない!」
ジェニーの感嘆の言葉に顔をあげると、彼女は満面の笑顔をマデリーンに向けていた。
「だろう? 俺そっくりの、自慢の娘だ!」
どうだ、とルーファスが胸を張る。
「あんたそっくりだけど、ディーの血が強くて良かったわねー! 絶対すごい美人になるわー!」
「おい」
ジェニーに軽くあしらわれながらも、二人は楽しそうだ。和やかな雰囲気の中、ルーファスとジェニーはぎゃあぎゃあと元気に言い合いを始めている。
子供のような父の姿に、マデリーンは若干戸惑っていたのだが――褒められたことを思い出し、マデリーンは再び頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
ジェニーもチェスターも、マデリーンに優しい。好意的な空気が、マデリーンの緊張を解していった。
マデリーンの顔にも微笑みが浮かんだ、その時——視線を感じた。
ジェニーとチェスターの背後に、一人の少年が立っている。意味ありげな視線は、彼からだ。
「お姉さんの方は、ディーにそっくりなんだって? いいなあ美人姉妹~! 華やかで!」
うちは四人とも男だったから華やかさに欠けて面白くないのよね、とジェニーはしみじみと語る。ディーがのんびりした口調で、自然と話の輪に入ってきた。
「男の子も賑やかで良いじゃない~」
「そうだけどさー、疲れるのよぉ体力的に。ああ、赤ちゃんの頃が見たかったなー! ちょうどほら、時期が重なっちゃったよね……」
「ミアの時に重なったのよね~。私もジェニーの子供が見たかったのだけど……お互い大変だったわね~」
うんうん、とディーとジェニーは意気投合している。
きっと母親同士、通じるものがあるのだろう。女同士のおしゃべりは止まらない。
「そうねえ、色々あったものねえ。ほんっと大変だったわー。その時の子がほら、この子!」
言いながら、ジェニーは背後にいた少年の手を引いた。唐突に話に乱入させられた少年は、目を白黒させて戸惑っている。
翻弄されている息子を救出するべく、チェスターが話に割って入ってきた。
「こらこら、ジェニー。君は少し落ち着きなさい。子供たちが困っている」
「はあい。ごめんなさいね、マデリーン。いっぱい喋りたくなっちゃって」
「いえ、とても楽しいですわ」
それは本当だ。お世辞ではない。
ジェニーのような快活な女性は、マデリーンも好きだ。元気を分けて貰える気がする。
「そろそろ本題に入ろうか。私はチェスター。初めまして、マデリーン。君の父上から話は聞いているかな?」
「はい、賢者様と……格闘家の方だと。その節は、父が大変お世話になりました」
マデリーンは深々と頭を下げた。
二人が無事に生還したおかげで、自分は生を受けることができたのだ。礼を尽くしても足りない。
「ふふ、礼儀正しい子だね。……君の娘とは思えないなあ」
「おい。聞こえてるぞ」
小さく呟いたチェスターの言葉も、ルーファスは聞き逃さない。しかし、チェスターは聞こえない振りを決め込んだ。
チェスターが「おいで」と少年を呼ぶと、少年はマデリーンの正面に立った。
くるくるとした茶色の巻き毛と、穏やかそうな緑の瞳の大人しそうな少年だった。
背はマデリーンよりも頭ひとつ大きいくらいで、ミアと同い年というのなら彼は小柄な方かもしれない。
「この子は、息子のノエルだ。仲良くしてやってくれるかい?」
「はい。よろしくお願いします、ノエル様」
「様なんてつけないで、ノエルと呼んでください。マデリーン嬢」
少年――ノエルは、ニコリと微笑んだ。
笑い方がチェスターとそっくりだ。春の陽気のような、周囲の雰囲気をやわらげるような、穏やかな笑い方だ。
二人のやり取りを眺めていたルーファスが、思わず呟く。
「ほお、しっかりしているんだな……ジェニーの息子とは思えないな」
「ふふーん、そうでしょ? 自慢の息子よ!」
「それでいいのか、お前……いてっ!?」
ルーファスの呆れたような声と短い悲鳴。ディーは黙って微笑みながら、ルーファスの腕をギリリとつねり上げていた。
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