第4話 遠野
次の日、学校で授業が終わった後、さやかに会った。葉山との話に触れずに立ち去ろうとする優一に、
「行ってらっしゃい」
と言って微笑む。
「二人だけで行くんだ……」
「いや、そんなんじゃないから」
「どんなのよ? 私もついて行こうかな……」
「……」
「うそよ」
「……」
「今、葉山ちゃんのこと考えてた。エッチなこと考えてたでしょ……まあ、私には関係ないから。これ以上立ち入りません。気を付けて行ってらっしゃい」
と言って微笑みながら手を振って帰って行くさやか。
「優一君……」
振り返ると奈佐がいた。
「ちょっと、いいかな」
「なに?」
優一は、ついに奈佐の身の回りで何か起こったのかと興味深々に聞く、
「実はね、最近、変な夢を見るの」
「え? 夢……
奈佐は首を振る。
「
優一はそこまで聞いても、どうアドバイスしてあげたらいいかわからなかった。奈佐自身も別に、そこで怖くて眠れなくなるということもないそうだ。
それについては、一度、葉山に相談してみることにした。
数日後、優一は車で葉山を迎えに行った。葉山は泊まっていたホテルをチェックアウトして出てくる。あまり大きくはない、持ち運びが便利そうな大きさの白いキャリーバッグと小さなバッグをその上に乗せてやって来た。
「ごめんね。車を出してもらって」
「いいですよ。いつでも言ってもらって」
優一はこれから葉山と一緒に旅行に行けるというのが何より嬉しかった。葉山に言われ、とりあえず岩手方面を目指す。葉山も運転はできるので、運転は交替で行こうということになった。宿泊先は葉山が取ってくれているという。宿代、ガソリン代は葉山持ちでというが、いくら何でもそれは……ということで優一もいくらかは払うということになった。
今にして思うのは『葉山はそもそも何で生計を立てているのだろう?』ということが気になる。今回も東京に来て数日間、どうみても、そう安くはなさそうなホテルに数日間宿泊していた。『お
すくなくとも、葉山の名前を出会う前から知っていた……ということはなかった。まだまだ、いろいろ知らないことがたくさんある。
朝の九時に新宿を出た。中央環状線から川口線、川口ジャンクションから東北自動車道に乗る。優一は東北に行くのは初めてだった。聞けば葉山も岩手は初めてだと言う。休み休みの運転になった。福島あたりに着いたときお昼になった。東京を出て昼に福島に着いたというのが、早いペースなのか、遅いペースなのかよくわからない。
イメージでは、東京から岩手まで行こうというとき福島は、まだまだ道半ばどころか、ほとんど関東から出ていないような感じだった。
サービスエリアで昼食を取る。葉山が「運転を代わろうか?」と言ってくれたが、まだ、大丈夫と優一がそのまま運転をして仙台まで一時間ほど。
夏休み東京から四国の高知まで車で帰った。あの時はかなりきつかった。今日はそれほどにも感じないのは、何よりこのシチュエーションだと思う。ここ仙台まで来ていよいよ二人だけで来たという思いが強くなる。休み休みに行くので思いのほか時間がかかっているようにも感じる。しかし、葉山と二人での今回の旅行は特別なものだった。
いろいろ気になることや聞きたいこともたくさんある、こうして二人でいると普通の女性だが、この前の夏休みの一件で見た彼女は『普通の女性』、『普通の人』とは到底言い難い別世界の人だった。
そんな彼女は今、優一の隣の助手席でパックのコーヒーを飲んでいる。普通過ぎるくらい普通の女性だ。優一は聞くともなしに聞いてみた、
「葉山さんは、なんで今回、僕を誘ってくれたんですか?」
「好きだから」
コーヒーを飲みながらさらっと言う。
あまりに唐突な応えに言葉を失う。
『え、これって告白?』
葉山は外の景色を見ながら、
「ん? 優一君のこと好きだから……じゃだめ」
「え、あ、いえ……」
「優一君は?」
「僕も葉山さんのこと好きです。好きです。」
何かわからないが二回言ってしまった。
「ね、言いやすかったでしょ」
「……はい」
しばらく、何も
まだ季節は秋に向かっている頃だった。雪もなければ東北のこの辺りも中国地方や四国地方の景色とそれほど変わらない。東京近郊や大阪近郊など無機質なビルとアスファルトに囲まれた一部の都会を除いては、気候の違いによる、その地、その地の生活習慣こそ違え、日本全国どこに行ってもだいたい同じ景色の中を走っているように思う。
気まずくはなかった。お互い何か
遠野に着いた。優一は東北に来るのは初めてだった。小学校の頃から、あまり国語や社会に関心がなかった優一も『遠野』という地名は小さい頃から知っていた。柳田國男先生の『遠野物語』の舞台になったところ。民族伝承で有名なところという印象がある。
感じのいい街並みだと思った。ホテルに着いたのは夕方だった。チェックインを済ませ部屋に入る。ツインの部屋……
「まあ、別々の部屋っていうのも返ってお金がかかるし、なんかよそよそしくなるのもねえ。いやだった?」
「いえ」
『いやなわけがない』そう思った。彼女はいやじゃなかったんだろうか? いや、好きと言ってくれたのだから嫌じゃなかったのかもしれないが、優一の方がどぎまぎする。
手早く荷物を整理する。葉山は旅行に慣れている感じだった。何かスマホで手早く見たかと思うと、キャリーバッグからパソコンを取り出し、何か検索しているのだろうか調べ物をしたようだった。ほんの数分のことだった。
振り返って晩御飯までにお風呂も済ませるという。大浴場があるというので喜んでいく葉山。晩御飯は地元の食材なども使った料理らしく、かなりおいしかった。晩御飯を食べてやっとくつろげる時間が来た。
ところで、優一は、まだここまで来た目的をはっきり知らなかった。
「明日はどこへ行くんですか?」
「ちょっと観光地とかじゃないけど、どうしても行っときたいところがあるから」
という、車でないと行けないからと・・・観光名所でもないので、ホテルに着いたとき、もう一度ここからのルートを確認していたようだ。
ベッドに横になってテレビを見ている葉山。テレビもドラマやバラエティ、スポーツ番組を見ていると今時都会と地方もやっている番組はそれほど変わらない。まあ、大阪は違うかもしれないが……なぜか大阪はお笑い番組しかやってないような気がする。
優一も自分のベッドに横なる。『疲れたな……』と思う。長距離運転で思った以上に疲れていた。
ツインの部屋で、葉山のベッドとの距離が遠い気がした。
優一はすぐに眠ってしまった。
「おはよ」
葉山は何時に起きていたのだろう、もう身支度をしている。
「あ、ゆっくりしていいからね。朝食、一緒に食べに行こ」
ホテルのレストランで朝食を食べる。
出かける準備ができたころには時間は九時になっていた。今日は葉山が行きたいと言っていた場世に向かう。そこは観光地や名所といったところではなく、普通の民家が立ち並ぶようなところを少し行く。田んぼや畑ばかりの風景のところに来た。
何だか、今まで忘れかけていた感覚。夏休みに少し
なんということもない風景の中に、高い木で囲まれた林のようなところが見えてきた。神社でもあるのだろうか。入り口の両側にある二本の木が
近づくとその二本の木の間から奥に、お堂のようなものが見えた。驚いたことに、そこには参道のような道があり、その両側に背の高い大きな男が二人、
そして、その奥に
葉山は気付いて足を止めるが視線を合わせようとしなかった。優一は少し異常なその光景に葉山を守らなければという思いが先に立った。前に出ようとする優一。しかし、葉山が一瞬早く手を出し、それを制した。身動きが取れない優一。
お堂の石段に座ていた女性はゆっくり立ち上がった。
なんだろうこの異様な空気は……今まで感じたことのない空気を感じる。何か巨大な猛獣が近づいてくるような感覚。
その女性はゆっくり握った右手を差し出した。そして、次の瞬間、その手を開くと、彼女と優一たちの間、ほんの三十メートル程の空間に、まるで竜巻でも起こったかのように木の枝葉がへし折られるほどたわめいた。なにか強大な力を感じる。それは人の成せる力ではなく、台風や竜巻のように遥か天空からすべての空気が流れ込んでくるかのような力、その前では、もう人間など
ふと周りの景色が目に入った。その林の前の道を一人の女性が小さなトイプードルを連れて散歩をしている。小さな犬はけたたましく吠える。
何かがおかしい。
その犬は優一に向かって吠えている。
『え? こっち? こっちじゃないだろう。あっちにとてつもない猛獣のような者が……動物の本能が、今、優一たちの目の前にいる、あの女性を
葉山が呪文のようなことを口の中で唱えながら、指で素早く九字を切った。
辺りが一瞬で静まり返った。
目の前にいた、その女性は、初めて口を開いた。
「さすがね」
葉山も表情に微笑みが浮かぶ。
「
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