第27話 未来へ

ピッピッとリズミカルになる音に誘われ、智はゆっくりと目を開ける。目の前には真っ白な天井が映し出される。

体を動かそうとするも重くて動かない。指は動くのかと集中して動かしてみる。するとぴくりと動く感覚がした。

ゆっくりと首を動かし、自分の状態がどうなっているのか把握する。

繋がれた点滴、リズムカルに鳴る音は側に置かれた心拍機、そしてぼんやりと顔に見えるのは呼吸器・・・ここは病院だ・・・

首があまり動かせず、側に誰かがいるような気配はするが誰なのか分からず、もう一度指を動かす。

さらりと指に髪の毛のようなものがかすめた瞬間、ガバリと体を起こす龍の姿が見えた。

「ひゅー・・・・」

絞り出した声に龍はすぐに反応して、智に顔を向ける。まるで夢を見ているのかのような表情で目を大きく開き智を見つめるが、智がにこりと微笑み、言葉にならない声でまた龍の名を呼ぶと、龍は目から大粒の涙を流しながら智の頬に触れる。

「智・・・智・・・・」

何度も名前を呼ぶ龍に智も涙しながら答える。

「ひゅー・・・ふしなの?」

「あぁ・・あぁ・・・俺は大丈夫だ。バカやろう・・・怪我した俺より重体になってどうするんだ・・・」

言葉は乱暴だが、声は優しかった。智はごめんねと謝りながら、声をかける。

「ぼ・・僕・・・」

「・・・お前、心肺停止になったんだ。過呼吸になって、精神的なのも重なって、倒れたまま発作を起こして心肺停止になったんだ・・・俺も手術してて、お前がそんな事になってるって知らなくて・・目が覚めた時に吉永先輩が教えてくれたんだ」

辛そうな表情で話す龍に、智は手を差し伸べると龍はその手を強く握る。

「せ・・せんぱ・・・」

「あまり喋るな。お前、二ヶ月も寝たっきりだったんだ。無理をするな。吉永先輩も葵さん達も無事だ。お前以外みんな元気だ。俺も退院してる」

「よ・・・よか・・・」

「いいもんか!」

いきなり声を荒げる龍に智はびっくりするものの、握られた龍の手が震えているのに気づき、ごめんと呟く。

龍は溢れ出す涙を拭わずに、智を見つめ続ける。

「俺は言ったよな?もうあんな想いをしたく無いと・・・なのに、お前は・・・」

「ご・・ごめんね・・・でも、龍の声・・・聞こえてたよ。僕・・一度は疲れて・・・眠っちゃったんだ・・・これは・・未来を変えた代償だと・・・諦めたんだ・・・でも・・龍の声・・・ちゃんと・・ちゃんと聞こえてたよ・・・・僕を・・・僕を呼んでくれて・・・ありがとう・・」

途切れ途切れになる声を必死に絞り出す。その言葉に龍は嗚咽を漏らす。

「智・・・諦めないでくれてありがとう・・・俺の元に帰ってきてくれてありがとう・・・」

智の手を口元に寄せ、優しくキスをして、その手を頬に当てる。智は小さく頷きながら、また涙する。

「龍・・・龍・・・ずっと僕の名前を・・呼んでくれてありがとう・・・好きだと・・・囁いてくれてありがとう・・・・ねぇ・・・龍・・・」

「あぁ・・なんだ?」

「僕も・・・僕も龍が大好きだよ・・・」

しっかりとした声で龍に想いを伝える。その言葉を聞いた龍は、何度もありがとうと呟き、智の手に何度もキスをした。

それを見ながら智は微笑む。声が出る限り、龍へ好きだと伝える。

龍はその度に頷き、涙を流し続けた。



しばらく2人で泣きあった後、龍は我に返ったように慌ててナースコールを押し、智が起きた事を伝えた。

医者や看護師が入ってくるのを見届けてから、龍は智の家族と先輩達に連絡してくると告げ、部屋を出て行った。

その間に智は色々と検査を受ける。ベットごとCTに行くと言われ、部屋を出た時、龍が青ざめて駆け寄ってきたが、医者から検査を受けるだけだと説明され、智からも大丈夫だと告げられると安堵のため息をついた。

検査室まで龍は付き添い、待っている間に連絡を済ませるといい、ドアの前で手を振る。その顔にはまだ心配の表情が浮かぶが、智はそれを拭うように笑顔で手を振った。

検査を受けながら、今までの事が蘇る。形は違えど、未来へ辿り着いた。それが智にとって何よりも嬉しかった。

葵と神崎、吉永と龍、諦めなくて良かった。

あの暗闇の中、自分がいなくなる感覚があった。正直、それでもいいと思った。元々未来で僕は死んだ。

これはきっと未来を変えた代償だ。

僕は僕の戻ってきた役割を果たせた。龍は龍で僕に気持ちを伝えるという役目も果たせた。

きっとそれは大きな代償は伴わないだろう。

僕は返事を返すことができなかったけど、きっと今なら側にみんなが付いててくれる。僕がいなくなっても、きっと龍は立ち直れる。そう信じて眠った。

でも、ずっと僕の名前を呼ぶ龍の声が途絶えることはなかった。

その声はいつも優しく、温かった。そして時折、涙声で囁かれた。

その声がとてつもなく愛おしくて、悲しくて、目を開けたいと願った。

その願いが届いて僕は目覚めた。

龍の顔を見て、涙を見て、またあの優しい声を聞いて、ずっとこの人のそばに居たいと思った。

愛しくて、大好きな龍。

帰って来れて良かった。僕たちに未来があって良かった・・・。

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