第25話 嵐の中で
「ここだ・・・・」
息を切らしながら龍が呟く。発信機の点滅が大きな輪となり、目の前のマンションを指し示す。
「桐崎、もう一度警察に連絡するから待て」
吉永は素早く携帯を取り出し、電話をかける。龍はソワソワしながら、マンションのオートロックのドアを見つめる。
すると中から住人らしき女性が出てくるのが見え、閉まる前にと龍が駆け出す。
「桐崎!待つんだ!」
後ろから聞こえる吉永の声振り切り、中へと入り込みエレベーターに乗り込む。
男の名前は知っているし、さっきポストで部屋番号も確認した。
もう少しだ、待ってろと心の中で呟きながら、動く階数の数字を見つめた。
「うぅ・・・」
智は呻き声を漏らしながら、ゆっくりと目を開け辺りを見回す。この部屋には窓がない。時間の感覚がわからず、その事が智の不安を煽る。
男はどこかに行ったのか、部屋の明かりは消えていた。
何度か打たれた所まではぼんやりと覚えている。痛みで気を失っては、痛みで起きるを繰り返していたせいか、顔が腫れぼったのがわかり、目も開けづらい。
口元も切れているのか、口の中が錆びた鉄のような味がする。
耳にこびり付く男の声が、顔が思い出され、智の体はまた震え出す。
「せっかく可愛い顔なのに・・・でも、ちゃんと躾をしないとな・・・」
何度も繰り返された言葉と、打ちながら笑みを浮かべ可愛いと呟くあの顔。
人間とは思えない表情が智を恐怖に陥れ、震える体と一緒に涙が止まらない。
カチャリ・・・
不意に開かれたドアの音に智の体がビクリと震える。暗闇の中、大きな影がゆっくりと近づく。
「こ、来ないで・・・」
絞り出す小さな声が部屋に響く。するとその影は一瞬止まり、また近づく。
「来ないで!」
今度は大きな声となり、その影にと放たれるが、その影が近くまで来ると智を優しく抱きしめた。
「智・・・俺だ・・・智・・・ごめん。ちゃんと守ってやれなくてごめん・・」
聞き慣れた優しい声が耳に流れ込む。
「龍?・・・龍なの?」
「あぁ・・・俺だ。遅くなってすまない」
体が離れ、智の目の前に龍の顔が現れると、智は堰を切ったように嗚咽を漏らし泣き出す。
「龍・・・龍・・・」
「あぁ・・・智・・・こんなに怪我して・・・」
龍も涙を流しながら、腫れた顔の智にどう触れればいいのかわからないとばかりに、智の顔を宙でなぞる。
「龍・・・僕を抱きしめて・・まだ、まだ怖いんだ・・・」
智の辿々しい声に、龍は誘われるように智を強く抱きしめる。
「もう大丈夫だ。俺がいる。俺が側にいる・・・」
「うん・・・うん・・・龍・・・」
2人のすすり泣きが部屋に響く。その声に気付いたのか、足早に聞こえた足音が部屋の前で止まり、カサカサと音を立て部屋の明かりが付けられる。
その音に2人は身構えるが、明るくなった部屋のドアの前にいたのは吉永だった。
「2人とも、無事か!?」
吉永の声に2人は安堵して返事をする。吉永はその返事に安堵するも、智の顔を見て顔を歪める。
「智・・・大丈夫か?」
「吉永先輩・・・葵さんは?あいつ、葵さんを連れてくるって・・・」
涙ながらに答える智のそばに近寄りながら、大丈夫だと伝える。
「警察にもここの場所と、念の為、葵の方にも向かわせるよう頼んだ。葵の側には神崎もいる。今は早くここを出て、病院に行くのが先だ」
吉永の言葉に龍は頷き、智に括られている紐を外し始める。吉永は一度外の様子を見てくるといい、部屋を出るが、大きな物音と共に吉永の呻き声が聞こえる。
その声に、紐を外された智は龍にしがみつく。しばらくすると、ガタガタと音を立てながら部屋へと近づいてくる。
「全く邪魔な奴らばかりだ・・・」
そう言って部屋に入ってきた男は、引きずった吉永の体を部屋に押し込む。鈍器で殴られたのか、倒れ込むように入ってきた吉永の頭からは血が流れていた。
「先輩!」
智の声に吉永は返事もせずに倒れ込んだままだった。
「はぁ・・・どうしてこうも邪魔するんだ。俺はただ葵くんと静かに暮らしたいだけなのに・・・あぁ・・ついでにそこの可愛い智くんも一緒にね」
「貴様・・・」
龍は歯軋りをしながら男を睨む。男はまたあのニヤケ顔で三人を見下ろす。
「でも、一番邪魔だったメガネを捕まえられたし、デカイのも捕まえた。お前達がいなくなれば、邪魔者はいなくなる。あぁ・・・もう1人邪魔なやつがいるな」
爪を噛みながら男はブツブツと呟く。しばらくすると、爪を噛むのを辞め、またニタリと笑みを浮かべると、智たちに近づく。
「葵くんはゆっくりでいいか。とりあえず、可愛い君を連れて行こう」
手にはバチバチと音を立てるスタンガンが握られていた。龍はすぐに立ち上がり、智の前に立ちはだかる。
「君さぁ、ただの幼馴染の癖にほんと邪魔なんだよね・・・」
男は舌打ちするとスタンガンを放り投げ、服を捲り、ズボンから何かを取り出す。
「君とは力で勝てないからね。これ、俺が改造したモデルガン」
そう言ってモデルガンを目の前でちらつかせた。
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