第23話 突風

「ここは・・・・」

ほんのり残る痺れを我慢しながら、目を開けて体を少し起こす。真っ暗な部屋の中で、智は体をモゾモゾと動かすが、どうやら手足を縛られているようだ。

どうしてこんな事に・・・


その日はいつも通り龍と大学に向かった。

専攻は一緒だが、選択学科が異なっていた為、それぞれの教室へ向かった・・・はずだった。

教室に入る前にトイレに行こうと向かった智だったが、トイレに入った瞬間、背後からの人影にぶつかったと思ったら、体を激しい電流が走った。

それからは記憶がない。


「起きたかい?」

聞き覚えのあるその声に背中がゾクリとする。部屋の電気が付き、その部屋の異様さに喉の奥がヒュッと変な音を立てる。

家具も何もないその部屋には、壁一面に葵の写真が張り巡らされていた。

「驚いた?どう?俺の愛のコレクション」

男は不適な笑みを浮かべ、智に近づいてくる。逃げようともがくが縛られている体は智の力ではびくともしない。

「そうそう。新しいコレクションもあるんだ。見てくれるかい?」

智の側まできた男は、智の体を掴み壁にもたれるように座らせる。そして、ゆっくりとクローゼットに近寄ると、扉を開き、智へと振り返る。その中を見た瞬間、智の心臓がドクンと大きな音を立て始める。

男が言う新しいコレクション・・・それは智だった。クローゼットの中に智の写真が貼りめぐらされている。その隣に当然のようにいるはずの龍の姿は、ペンで黒く塗りつぶされていた。

「一番好きなのは葵くんで、君の事はただのお邪魔虫だと思ってたんだけど、君の姿を追っているうちに君の可愛さに気付いたんだ。あぁ・・・葵くんは綺麗だけど、君は本当に可愛い」

男の一言一言に、智の心臓は激しく打ち鳴らす。体も震え始める。

「ど、どうしてこんな事をするんですか?こんなやり方、間違ってます」

震える声で、必死に捻り出す。男は笑みを浮かべながら、智に近づくとゆっくりとかがみ、智の顎を掴み顔を上げる。

「俺の愛をわかってもらう為だよ。俺は葵くんも君も、ここに閉じ込めてずっと見つめていたいんだ」

「葵さんも・・・?」

男の言葉に違和感を感じた智は男に問う。男はニタリと笑いながら口を開く。

「そう。もうすぐ葵くんも連れてくるよ。ただね、君のせいで今接近禁止命令が出てるし、巡回も多くなってね。なかなか連れて来れないんだ。だから、先に君を連れてきた。あのデカイお友達が離れないから、大学まで行くはめになったけど意外とチャンスがすぐ訪れたから楽だったよ」

「大学にどうやって・・・」

「簡単だったよ。購買の業者のふりして入って、中に入ってからは学生のふりをして過ごした。それを何回か繰り返したら君の行動は全て把握できた」

相変わらずニタニタと笑みを浮かべて話す男の言葉に、ずっと見られている感覚はこれだったのかと気付く。そう、それは学校内でも確かにあった。その事実がさらに智の体を震わせる。

「震えちゃって・・・本当に可愛い。君とあのデカイのが幼馴染だという事は把握できたんだけどね、あの神崎と言う男の事は納得行かないんだ」

笑顔とは一転して男の顔が険しくなる。

「あの男、女好きで有名みたいだね。なのに、葵くんにちょっかいを出してる。あんな軽薄そうな男に葵くんは騙されてるんだ。なのに、あんな顔であの男と手を繋いだり、抱き合ったり・・・俺がいるのに、本当に許せない」

「せ・・・先輩は・・・神崎先輩は少し軽い所はあるけど、誰よりも優しくて思いやりのある人だ!誰にでも分け隔てる事なく、人を尊重してくれる素敵な人だ。葵さんの事も誰より大事に想ってる。葵さんを悲しませたり、傷つけたりしない!葵さんだってそうだ。神崎先輩の事を大事に想ってる。だから、2人の邪魔はしないで!」

男を睨みつけながら智は叫ぶ。体も声も震えたままだが、2人を思う気持ちだけが智を奮いただせる。その叫び声に男は怒りを露わにし、智の頬を力任せに打つ。

遠のく意識の中、男の声がボソボソと聞こえるが、智には何を言っているのか理解ができないでいた。

ただ遠のく意識の中、葵と神崎へと思いを馳せる。

2人が好きだから、2人を守りたい。怖いけどこんな奴に2人の未来を断たせたくない。

そして、龍との未来も・・・。智がいなくなった事にもう気付いているはず。

心配でたまらないという龍の顔が頭にチラつく。一度は智を失っている龍・・・またあの悲しみに囚われて苦しんでいるかも知れない。

龍・・・大丈夫だよ。僕は必ず龍の元に帰る。だってまだ僕は龍に気持ちを伝えていない。だから、龍の為にも僕の為にも必ず帰る。

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