第16話 もう一つの真実
早々と食事を済ませた智と龍は、ソファーに腰を下ろす。吉永が帰ってから、龍はずっと黙ったままだ。重々しい雰囲気に耐えれず、智は席を立つ。
「僕、お風呂入ってくるね」
そう言って去ろうとすると、龍が手を掴む。そして、座ってくれと促す。智は言われた通りに腰を下ろす。
「龍、何か怒ってるの?」
不安から俯いたままの龍の顔を覗き込むと、龍は手を握りしめたまま、静かに首を振る。またしばらく沈黙が続いたが、龍がゆっくりと顔を上げ智を見つめる。
「お前、何か危険な事をしようとしてるだろ?」
龍の核心を得た問いに、一瞬ドキリとするが龍にバレまいと平常心装う。
「何の事?僕、そんな事考えてないよ?第一、僕みたいな弱っちいのが何かできると思う?」
「・・・・嘘だ」
「嘘じゃないよ。危ない事はしないよ」
宥めるように龍に話しかけるが、龍はまっすぐに智を捉えたまま、目を逸らさなかった。
「・・・・神崎先輩のためか?」
「えっ?」
「神崎先輩がまだ好きだから、神崎先輩が好きな葵さんの為に何かする気だろ?」
「違うよ!確かに神崎先輩は好きだよ?でも、今は前みたいな気持ちじゃない。それに、僕は葵さんも大好きだ。あんなに優しい人、そうそういない。いつも僕の体を気遣ってくれて、凄く可愛がってくれる。だから、2人には幸せになって欲しいんだ」
智の言葉に顔を歪め龍は見つめ続ける。そんな龍が心配になり、智はそっと龍の頭を撫でる。すると、繋いでいた智の手を引き寄せ、龍が抱きしめる。
「・・・なら・・・それなら・・・」
「えっ?」
「それなら、俺を好きになってくれ」
龍の突然の告白に智の動きが止まる。何を言われたのか、理解ができない。
「智、ずっと好きだった。いつからかなんてわからないくらい、ずっとずっと好きだった。神崎先輩を諦めるなら、俺を好きになってくれないか?お願いだ」
抱きしめる龍の腕に力が入る。智は訳がわからず、固まったまま龍に抱きしめられる。
「わからなかったんだ。どんどん俺から離れていくお前に対して腹が立ったり、悲しくなったり・・・最初はただずっと隣にいたお前が離れるのが寂しいんだと思ってた。でも、お前が先輩と楽しそうに笑ってるのを見て胸が苦しくなった。俺がずっとお前に対してあった可愛いと思う気持ちも、優越感も独占欲も、家族みたいだからとか、親友だからとかじゃない。ただただお前が好きだったんだ。でも、親友だと思ってくれてる俺が、男の俺がこんな気持ちを持っていると知られるのが怖かった。嫌われるのが怖かった。だから、離れようと思った・・・」
龍の最後の言葉に、今まで時折感じていた龍への違和感の紐が解けていく気がした。
「少しずつ離れていけばいいと他のやつと付き合ったりしたけど、ダメだった。側にいる限り諦めきれないと思った。だから、嫌われる前に俺から離れようと思ったんだ。でも、ずっとずっと忘れられなかった。離れている間もお前が恋しくて堪らなかった。なぁ、智・・・先輩を諦めるなら、男だからとか気にならないなら、俺を好きになってくれよ。お前が好きなんだ」
龍のまっすぐな想いが胸を締め付ける。僕が間違えたのはこれだったんだ・・・僕は龍の気持ちに気付かず、傷つけた。龍も僕と同じように恋をして、ずっと辛い思いをしてんだ・・・僕はバカだ・・・後悔の波が胸に押し寄せる。
「龍、ごめんね。僕、全然気付かなかった。沢山、傷つけたよね。ごめんね」
「謝って欲しいんじゃない。俺が勝手に傷ついて黙って離れたんだ。気づくわけがない」
「ねぇ・・・もしかして、龍も・・・」
「あぁ・・・俺も戻ってきたんだ」
綺麗に解かれた紐が消えていく。智は自分の腕では周りきれない龍の背中に思い切り腕を伸ばし、力強く抱きしめた。
「お前が葬式に行った日、久しぶりに吉永先輩から連絡をもらったんだ。それで神崎先輩達が亡くなったのを知った。葬儀場にお前が来てたが様子が変だったと言われて、お前の住所を聞いて会いに行ったんだ。でも、お前はあの日雨に打たれたせいで部屋で倒れてて、それで・・・」
龍の言葉は涙で途切れた。抱きしめる腕も小刻みに震え始める。そんな龍の様子から自分が元の世界で死んだ事を悟る。
「お、俺がっ、俺がもっと早く会いに行っていれば、お前の側から離れなければ、お前にあんなっ・・あんな思いをさせなかったのに・・1人で寂しく・・・うぅっ・・」
次第に嗚咽を漏らす龍の背中を、智は優しく摩る。
「1人じゃなかった。龍が来てくれたんだよ。それだけで僕は十分だ。だって、ずっと僕は龍に会いたかった。最後に会えたのなら、僕はそれでいいんだ」
智の言葉に龍は声を漏らし泣き続けた。
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