第13話 嵐の前の静けさ

それから吉永と神崎は二日ほど大学を休んでいた。

葵もその内の一日は智とバイトが被る日だったが、休んでいた。

先日の三人の表情が智の中で大きな不安を煽っていた。もしかしたら、やっぱりあの自殺は違ったのかもしれない。その答えがわかりそうな気がして、智は落ち着かない日々を送った。

翌日、今日は葵とバイトが重なる日だった。智は先日の日の話が聞けるのかも知れないとバイト中チラチラと葵の顔を伺っていたが、葵は何事もなかったように笑顔で過ごしていた。

バイトが終わり神崎から連絡が入る。吉永の代わりに迎えに行く予定が少し遅れるとの事だった。そして、神崎が来るまで龍と三人で待っててくれと言い残して電話が切れる。

慌てて向かっているのか一歩的に切れた電話を見つめながら、智はどうしようと呟く。

「智くん、どうしたの?」

「実は、神崎先輩が少し遅れるみたいなんです。それで、龍と三人で待っててくれって言われたけど、今日、龍も少し遅れるんです」

その言葉に葵はそうかと呟き、少し考え込む。そして何かを思いついたように顔を上げる。

「このまま職場では待てないから、5分くらい行った所の喫茶店で待とう」

「でも・・・」

「5分くらいの距離だ。外はまだ街頭や店舗の明かりが付いてる。問題ないはずだ」

そういうと、智の肩に手を置き外に出る。智は念の為と、龍と神崎先輩にメールを送る。それから大丈夫と自分に言い聞かせ、葵の手を握る。

「よくわからないですが、僕がついてますからね」

真っ直ぐに葵を見つめ、力強く言葉をかけると初めは驚いた顔をしていた葵はふふッと笑い、手を握り返す。

「そうだね。これでも僕達は男だ。2人でいれば大丈夫だ」

「はい!でも、少し早歩きで行きましょう」

「ふふっ、そうだね。念には念を・・だね」

笑い合いながら2人は歩き始める。街灯が付いているとは言え、人通りは多くはない。なるべく明るい方を選び、互いに励ますように話しかける。

「見つけた・・・」

低い気味の悪い声が後ろから聞こえる。その声に2人は一瞬立ち止まる。握る手から葵が震えているのがわかる。智はぎゅっと手を握り直し、葵の耳元で走りましょうと囁く。葵は小さく頷くと智の合図で走り出す。

目の先に喫茶店が見え、少し安堵を浮かべた矢先、ぐいっと後ろに引かれる。振り向くとフードを被った男が、葵の手を掴んでいる。

智は繋いでいる手を離さず、もう一つの手で男の手を掴む。そして、その勢いで男の腕に噛み付く。低い唸り声を上げた男は葵の手を離すが、すぐさま智の胸ぐらを掴むと智の頬を平手打ちする。

「智くん!」

倒れ込んだ智に葵が膝をついて抱き寄せると、今度は男が葵の肩を掴む。

「他の男に抱きつくんじゃねぇ」

少しイラついた声が頭の上から聞こえる。智はすぐに立ち上がり、男の腕にしがみ付く。

「葵さんに手を出すなっ」

「智くんっ!」

「本当にこいつ邪魔だな」

男が更に手を振り上げ智を打とうとする。智は目をぎゅっと瞑り叫ぶ。

「龍!龍、助けてっ!」

届くはずないとわかっていても叫ばずにはいられなかった。男の手が降りてくる瞬間葵が智の前に出て頬を打たれると2人はそのまま地面に倒れ込んだ。

その瞬間、男が後ろに飛ばされる。

「智っ!大丈夫か!?」

その声に顔を上げると息を切らしながら、智の顔を覗き込む龍の姿があった。

「なんで、邪魔ばかり入るんだ」

男がブツブツと呟きながら立ち上がると、龍は智達を庇うように目の前に立ちはだかる。

すると後ろからパシャパシャとシャッター音が聞こえ、その音の方へ顔を向けると、息を切らしながら神崎が携帯で男の姿をカメラに押さえていた。

「やっと証拠を掴んだぞ。お前に逃げ場はない」

神崎の声に男は低い唸り声をあげて、走り出す。神崎は追いかけようと体を捻るが葵が大声で呼び止める。

「もういい。証拠は撮れた。それより、智くんに手当てを・・・ごめん、僕のせいで・・・ごめんなさい・・・」

震えながら涙する葵に釣られて智も涙する。

「葵さん、僕、大丈夫です。大丈夫だから、泣かないで下さい」

「龍、智を連れて帰れ。葵は俺が連れて帰る。今日はすまなかった。こうなった以上、事情を話す。だが、今は2人とも手当と落ち着かせるのが先だ」

神崎の言葉に龍は頷き、智の肩を掴み体を起こす。神崎もまた、葵の肩を掴み立たせ、腰に手を回しながら支える様に歩き出す。

「智、俺達も帰ろう」

龍に小さく頷きながら、智も帰り道を歩き始める。

「龍、ありがとう」

「すまない。俺がもっと早く来てればこんな事には・・・・」

「ううん。僕、龍、助けてって叫んだんだ。そしたら、龍が来てくれた」

「あぁ・・・聞こえた」

「龍、僕、全てがわかった気がする」

「・・・・・何がだ?」

龍の問いかけに智は俯き黙り込む。龍は智の肩に回した手に力を込め、黙ったまま歩き続けた。

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