第12話 戻った理由

「智、本当に大丈夫か?」

いつまでも泣き止まない智を宥めるように家に連れ帰った龍は、智をソファーに座らせ、ココアを手に持たせてやる。智は泣き腫らした目で龍を見つめ、小さく頷いた。

龍は小さなため息を吐いて智の隣に腰を下ろすと、智が龍の肩にもたれかかる。

「龍・・・僕ね、神崎先輩が好きだったんだ。ずっと前から・・」

突然の告白に龍は何故か驚きもせず、静かに耳を傾けていた。

「やっと終わらせられた。これで、良かったんだ」

「・・・本当にいいのか?」

「うん。きっと運命なんだ。神崎先輩は僕ではなくてあの人を選ぶ運命。わかっていたけど・・・龍、まだ辛いんだ。もう少しだけ、こうしててもいい?」

落ち着いたと思っていた涙がまた溢れ出る。龍は優しく肩を抱き寄せ、智の頭をポンポンと叩く。

「あぁ・・・気が済むまでそうしてろ」

「うん・・・ありがとう・・・龍、僕、頑張るから」

「何をだ?」

「これからの事・・・それに龍の事も」

「だから、何の事だ?」

「大丈夫だから・・・」

智はそう呟くと腫れぼったい瞼が急に重く感じられ、そのまま目を閉じて眠りについた。

2人が結ばれる運命なら、僕はこれから起きる悲劇を食い止めればいい。

きっとそれが、僕が過去に戻った理由だ。今の僕は葵さんの事も大好きだ。だから、2人には幸せになって欲しい。

そして、龍との関係も壊したく無い・・・遠のく意識の中、智はそう強く決心をする。


翌日、ボテボテの目をクラスメイトに揶揄われるも、龍の睨みで何とかその日の授業をこなし、バイトへと向かう。

智の顔を見た葵は案の定、ひどく驚いて仕事中ずっと気を使ってくれた。

帰る頃にはだいぶ腫れも引いていたが、その日、吉永の代わりに迎えに来ていた神崎と顔を合わすと少し気まずさを感じながらも、笑顔で言葉を交わした。

その間も終始、龍が目を光らせていたが智の気持ちはとても軽かった。

ずっとモヤモヤしていたもが嘘の様に晴れ渡り、4人での会話が心から楽しめた。

うん・・僕はこれでいい。このまま仲の良い関係でいい。長い片思いがあっけなく終わってしまったが、ようやく前に進めると思える気持ちが智を笑顔にさせた。

「葵!」

突然大きな声で叫ぶ声が聞こえて4人が振り返ると、深刻な面持ちで吉永が走って来るのが見えた。

「満、どうしたの?」

「トラブルだ。急いで帰るぞ」

吉永の言葉に葵が青ざめる。ふと横を見ると神崎の表情も思わしくない。

「あ、あの・・・どうしたんですか?トラブルって・・・」

三人の表情に不安を覚えた智は吉永に問うも、眉を顰めて口を閉ざす。

「葵さん、大丈夫ですか?顔が・・・」

そう言って智が葵に手を伸ばすと、葵の体は強張り小さく震えていた。智は慌てて神崎を手を掴むと、葵の頭にその手を乗せ、動かしながら撫でる仕草をする。

その行動に全員が固まるが、智は気に留めず、心配そうな顔で言葉を発する。

「葵さん、大丈夫です。先輩の手、大きくて落ち着くでしょ?僕も何度か撫でられたからわかるんです。それに、僕が熱を出すといつも龍がこうやって撫でてくれるんです。僕の手は小さいから神崎先輩の手で我慢してくださいね」

「ぷっ、何だよ、それっ」

静まり帰った場を割くように神崎が噴き出す。それに釣られて吉永も笑い出す。

「それなら、俺の手でも良かったんじゃないか?」

「吉永先輩の手も確かに大きいんですが、僕は撫でられた事が無いのでわかりません」

真面目な顔でそう言い返す智に、吉永はそうだっけと笑いながら智の頭を撫でると、すかさず龍の手が伸びてきてそれを叩く。

「何だよ。撫でるくらいいいだろ?神崎は良くて、なんで俺はダメなんだ?」

「神崎先輩にも許可した覚えはありません」

「出たよ。何で俺を目の敵にするんだか・・・」

「ぼ、僕は撫でてくれるなら、誰でもいいです」

「・・・・何だと?」

智を睨む龍の姿に、神崎と吉永は憐れな視線を送る。そのやり取りを見ていた葵もいつの間にか落ち着きをとり戻し、声を出して笑っていた。

「とりあえず今日は帰ろう。神崎は悪いが少し付き合ってくれ」

場が和んだのをきっかけに吉永が笑顔で話す。神崎も笑顔で頷き、葵の肩を抱き寄せると葵が怒り出す。

「馴れ馴れしく触るなっ!」

「いいだろ?俺の大きな手で守ってやる」

「満で充分だ」

「ツレない子猫ちゃんだ」

「よせ・・・まじで鳥肌たった」

両腕を摩りながら眉を顰める葵だが、神崎の手を振り解く事なく歩き始めた。

「2人には・・・そうだな。今日の話し合いでどうするか決めるから、話ができる時が来るまで・・・それまで何も言わずに待ってて欲しい」

吉永の言葉に、智と龍は頷き三人を見送ると、智達も家路へと歩き始めた。

「智・・・」

「ん?」

「誰でもいいのか?」

思い詰めた様な顔で智に龍が問うと、智はつい吹き出してしまう。

「そうだね。僕は撫でられるは好きだ。でも、龍の手が一番好きだよ」

そう言って微笑む智に、そうかと呟き満足気な表情で笑顔を見せる。智は早く帰ろうと呟き、龍の手を引っ張った。

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