第10話 星座と神話

「智、起きれるか?」

龍の声に瞼を開くと辺りは真っ暗になっていた。智は慌てて飛び起き、今、何時?と龍に尋ねる。

「まだ22時だ。二時間くらい寝てたな。少しは疲れ取れたか?」

「うん・・・ごめん」

「気にするなと言っただろ?それよりちょうど観測に行くらしいから起こしたんだ。行けるか?」

「もちろん!」

智の答えに龍は笑みを溢し、リュックからラグと薄いタオルケットを取り出し、智に行こうと手を差し伸べる。智は小さく頷いて手を取ると引かれながらテントから出る。

すると葵が真っ先に智を見つけ、駆け寄ってきた。

「智くん、もう大丈夫なの?」

「はい。片付けとかサボっちゃってごめんなさい」

「そんな事、気にしないの。ほら、みんな待ってるよ。行こう」

笑顔で智を見つめる葵に、智も笑顔で返す。すると何処から湧いて出てきたのか、神崎がぬっと手を伸ばし、智の頭をくしゃくしゃに撫で回し始めた。

「良くなってよかったな、智。これで楽しみにしてた観測行けるな」

満面の笑みでもみくしゃにする神崎に戸惑いながらも、智はありがとうござますと小さく答えた。すると龍が神崎の手を掴み振り解き、智を背に隠す。

「出た、出た。過保護ちゃん。全く、俺をバイキン扱いしやがって。俺は一応先輩なんだぞ?少しは敬え」

「・・・敬うところがありません」

「生意気なやつ・・・」

互いに睨み合う2人に智は慌てて間に入る。

「龍・・・失礼だよ。先輩もやめて下さい」

「智くん、大丈夫だよ。龍くんはともかく、この人は本気で怒ってないから」

葵はため息を吐きながら言葉を続ける。

「あんたも揶揄うのはほどほどにしなよ。それより、ほら、あっちで女の子達が呼んでるよ」

「だって、楽しいんだもん。ほんじゃ、俺は女の子達と観測に行きますか。あっ、葵ちゃん、妬くなよ?」

「誰が妬くか!さっさと行け」

「ちぇ、またフラれた」

口を尖らせながら神崎は女の子達の元へと駆け寄っていく。葵は心底、嫌そうな顔をしてその後ろ姿を見送った。それから、智達に行こうと声掛け、歩き始めた。


テントの場所から少し離れた広場に移動すると、各々場所を決め腰を下ろす。

智も龍が敷いてくれたラグに腰を下ろすと、龍が寝そべる様に促す。

言われるがまま横になると、龍は智にタオルケットを被せ、隣に寝転ぶ。

「綺麗だ・・・」

「そうだな」

「ねぇ、龍。星にはね、色々神話があるって知ってた?」

「星座にはあるのは知ってるが、他の星にもあるのか?」

「うん。星は星座だけじゃないでしょ?それぞれ星になった神話があるんだ。今の時期だと・・・ほら、あそこのこと座」

「こと座?」

「そう。あそこにある青白い一等星ベガが目印でね、今日は星が綺麗に見えるから、その隣に並行四角形が並んでるでしょ?それがこと座だよ。一等星のベガは織姫とかで有名だけど、その全体のこと座には神話があるんだ」

空に向かい指で形をなぞる様に智は線を描く。

「どんな神話だ?」

「こと座はね、有名な琴弾きだったオルフェウスのお話なの。どんな人でも獣でさえも惹きつける琴の名人がね、妖精エウリディケと恋に落ちて結婚するんだけど、エウリディケは早くに死んでしまうんだ。それを悲しんだオルフェウスが死者の国から妻を取り戻したくて、冥界で琴を弾いてその場にいる者達を魅了するの。そして冥界王のハデスも魅了して妻を取り戻す為の条件を聞き出すの」

「条件・・・」

「そう。妻を取り戻したかったら冥界の入り口まで決して振り返ってはいけないってね。オルフェウスは後ろから足音が聞こえる度に振り返りたいのを必死に我慢するんだけど、足音が聞こえなくなってきてつい振り返っちゃうの。振り返った事で妻は消え、取り戻せなくなった悲しみでオルフェウスはその場で命を落としてしまうの。その事を哀れに思った大神ハデスがオルフェウスの琴を星に変えたんだ」

「なんか、悲しい話だな」

智の話を聞いてポツリと呟く龍にふふッと笑いながら、顔を向ける。

「星の神話って意外と悲しい物語が多いんだ。たまに笑っちゃうのもあるけどね」

笑いながら話す智に龍も顔を向け微笑む。

「本当に星が好きなんだな」

「うん、大好き。だから、龍にもいっぱい教えたい。龍に教えたくて沢山勉強したんだよ。寒い日はきっと僕は見にいけないから、そんな日はプラネタリウムに行ってさ、龍と沢山星が見たい」

「プラネタリウム・・・そうか、だから・・・」

「ん?どうしたの?」

「いや、何でもない・・・なぁ、智。もし伝えたい事があるのに、伝えられない時ってどうしたらいい?」

「どう言うこと?なんで、伝えられないの?」

「関係が崩れるかも知れないから・・・いや、何でもない。忘れてくれ」

意味深な言葉を口にする龍を見ながら、やっぱり龍は理由があって自分の側を離れたのかも知れないと思った。でも、関係が崩れるかも知れないという言葉が、龍に尋ねるのを躊躇わせる。それと同時に智は神崎の事を考える。

僕も関係が壊れるのが嫌で何も言わずにいた。それが、ずっと僕の足を掴み、歩くのを阻めていた。その手を振り解けず、あの悲劇を目の当たりにして更に身体中を蝕んだ。そう思うと胸が苦しくなり、ぽつりと呟いた。

「僕は言わずに後悔した事が沢山ある。それはずっと自分をがんじがらめにする。だから、僕は言わずに後悔するより、言って後悔したい。その方がきっと前に進めるはずだよ」

「そうだな・・・」

龍の言葉を最後に2人は黙ったまま、星を眺めた。

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