第8話 深まる仲

あれから吉永が迎えに来たが、胸元の服を掴んだまま俯いてる智を心配して、吉永が龍を呼んでくれた。

龍が来るまで、三人で色んな話をした・・・と言っても、吉永と葵が智を励まそうとしているのか、ずっと話しかけていたのを智が力ない返事をしていただけだった。そして、葵とバイトが被るときは吉永が送ってくれると申し出てくれた。

流石に申し訳ないと断ったが、何故か葵が遠慮するなと強く推し進めて話は決まってしまった。

龍が息を切らしながら現れると、吉永達も安堵して、笑みを溢す。

龍は、すみませんと声をかけながら智の側に近寄ると、すぐさま智のおでこに手を当てて熱がないか、怪我はしてないかと確認をする。

その様子を吉永が呆れ顔で見ながら、智と葵に向かって俺はこれ程ではないと異議を立てる。それを聞いた智と葵は互いに顔を見合わせ笑った。


「智くん、準備終わった?」

「あ、はい。お待たせしてすみません」

智はロッカーの扉を閉めると、慌てて葵の元へ駆け寄る。葵は智に走らないでと注意しながら、裏口の扉を開ける。

初日以降、葵とはペアを組まされた為、いつもバイトの日は一緒だった。

店長曰く、葵はしばらく休んでいたとは言え、一年以上もバイトしていたベテランさんだから、智と組めば教える事で葵は勘を取り戻し、智は仕事を覚える、一石二鳥だとの事。そんなこんなで、もう一ヶ月が経とうとしていた。

「今日は龍くんの日だね」

葵はそう言いながら外へ出る。あの日から吉永と龍が交代で迎えに来ていた。ほとんどは帰り道が少し離れているからと2人がそれぞれを迎えに来ていて4人で帰る事が多かったが、どうしてもどちらかが都合付かない日は、どちらかが迎えに来る事になっていた。

今日は吉永が都合が悪く、龍だけが迎えに来る日だ。だが、扉を開けたそこには神崎が立っていた。その姿を見て葵は露骨に嫌そうな顔をする。

「なんで、あんたがいるの?」

「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。吉永に頼まれたんだよ」

「今日は龍くんが来るから大丈夫だって言ったはずだけど?」

「桐崎のお迎えは智で、俺は君のお迎え」

不服そうな顔で葵は神崎を睨むが、神崎は全く気にしてない素振りで智に微笑む。

「智もお疲れ。桐崎はまだみたいだから一緒に待とうか?」

智の頭をくしゃくしゃに撫でながら神崎が智の顔を覗き込む。智は顔が赤くなるのを感じて俯くが神崎は一向にお構いなしで頭を撫でる。

その様子を見ていた葵がため息を吐き、神崎の手を振り払うと、ヤキモチか?と揶揄うように今度は葵の頭を撫で始めた。

「やめろっ!気安く触るなっ!」

声を荒げながら怒る葵だが、神崎は面白そうに声を出して笑いながら両手で更にクシャクシャと頭を撫でていた。

2人のやり取りを見ながら、智はそっと自分の頭に手をやる。さっきまではドキドキと高鳴っていた胸が、今度はチクリチクリと痛み出す。

葵と仲が深まるにつれて、葵が人柄が良く、面倒見がいい優しい人だとわかった。客にも従業員にも評判が良く、何より智の事をとても可愛がっていた。

以前は接点がなかったから、葵の人柄がわからず、ただ自分の好きな人を横取りした嫌いな人という認識しかなかった。

でも、葵の人柄を知れば知るほど嫌いになれない自分がいて、自分に優しい葵にもっと笑顔でいて欲しいと思う反面、仲のいい2人を見ながら、神崎の事もズルズルと諦めきれない自分が何だか虚しく思えていた。

僕にチャンスをくれないのなら、何故、僕は過去へ戻ったのだろうか・・・この先、2人が想い合う日が来る事、そして悲劇が待ち構えている事、また僕は傍観者でしかないのだろうか・・・チクリと刺す痛みが、ズキリと鈍い痛みに変わる。

「智・・・」

不意に名前を呼ばれ振り向くと、龍が立っていた。そして何故か悲しそうな表情をしながら智を見つめる。

何故、龍がそんな顔をしているのか智にはわからなかったが、ただ今は葵と神崎の姿を見るのが辛くて、側に来た龍の胸に寄りかかり、小さな声で帰ろうと呟く。

龍は何も言わず、智の肩を抱き、神崎達に軽くお辞儀をして背を向けた。


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