第7話 思わぬ再会

「はぁ・・・疲れちゃった」

のそのそと着替えを済まし、パタンとロッカーを閉じると智は深いため息を吐く。

過去に戻ったからと言っても、体力は大人のままだと思ったのに、この気怠さは当時の智そのものの体の弱さから来る物だった。

お疲れ様ですとか細い声で挨拶を交わし、外へ出ようとドアに手をかけると奥から店長に声をかけられる。

「智くん、ちょっといいかい?」

店長の呼びかけに返事をすると、レジの方にいる店長の元へと歩み寄る。

「紹介するね。彼は佐奈 葵くん。元々の従業員だったんだけど、事情があってしばらく休んでたんだが、明日から復帰する事になった」

そう言って紹介された先には、あの綺麗な顔立ちの葵が立っていた。急な展開に智の鼓動は激しく鳴り響く。

「君は・・・」

智の顔を見るなり、驚いた顔で葵が口を開く。その表情を見て、知り合いかい?と店長が尋ねる。

「従兄弟の後輩で、先日サークルにお邪魔した時に会ったんです」

葵の説明に店長はなるほどと相槌をし、笑顔を浮かべる。2人のやり取りを聞きながら智はどうして?と頭の中に疑問が走る。

以前はサークルで何度か顔を合わせていたものの、仲も良いわけではなく、サークル以外はほとんど接点がなかった。だから、神崎に恋人だと紹介された時は心底驚いた。なのに、今回はこんなにも接点ができてしまった。それが不安でたまらなかった。

「智くん?大丈夫?」

無意識に胸元の服を握り締め、口を開こうとしない智を心配して店長が顔を覗き込む。肩に手を置かれ、やっと智は我に戻る。

「す、すみません。大丈夫です。あ、葵さん、お久しぶりです」

戸惑いながらも挨拶をすると、葵も少し戸惑った表情で笑みを返す。

「て、店長。僕、今日初めての出勤で緊張したのもあって、少し疲れたみたいです。先に失礼してもいいですか?」

「おぉ、そうだったか。気付かなくてすまないね。明日、無理そうだったら連絡くれるかい?」

「そ、それは大丈夫です。早く慣れないと体も慣れないので・・・」

「そうか?でも、無理はするなよ。体があってこそだからな」

「はい。心遣いありがとうございます。あ、葵さん、これからよろしくお願いします」

そう言ってお辞儀をすると、智は失礼しますと挨拶して店の外へ出る。しばらくぼーっと歩いていると、ガクンっと足から崩れ落ち、思わず着いた手を擦りむく。さっきから何が起きているのか理解が出来ない智は、倒れ込んだままの状態で固まっていると、後ろから足音が聞こえた。

「智くん、大丈夫?」

振り向くと葵が心配そうな顔で駆け寄ってくる。そして、ゆっくりと智を立たせ、膝についた土埃を叩く。

「どこか具合悪い?」

「あ・・いえ、少しクラクラして・・・」

「君、体弱いんだろ?もう少ししたら満が僕を迎えに来るから、一緒に帰ろう」

「吉永先輩が?」

「あぁ。ちょっと色々あってね、暗い時間になると満が心配して迎えに来るんだ。君の過保護君と一緒だ」

苦笑いをしながら、智の手を引き、近くの垣根に腰を下ろす。智も誘われるがまま、腰を下ろした。

「吉永先輩と仲がいいんですね」

「そうだね。年が近いのもあるし、互いに助け合ってきたからね。今では互いの一番の理解者だ。君もあの過保護君とはそんな仲だろ?」

「龍の事ですか?龍とは幼馴染で、家も近所で親同士が仲がいんです。僕は小さい頃から入退院を繰り返してたから友達もいなくて、龍が初めての友達なんです。でも・・・」

「でも?」

「僕はいつも龍に助けてもらってばかりで、葵さんと吉永先輩達みたいに互いに支え合った関係では無いんです。僕は理解者でいるつもりでも、龍にとっては違うのかも知れません・・・」

そうだ・・・僕は龍に甘えてばかりで、龍の一番の理解者だと鷹を括って、結局、龍に愛想をつかれた・・・何がいけなかったのか、未だにわからずにいる・・・僕は迷惑だけかけて、龍の理解者でも何でも無い・・・そんな思いが頭を駆け巡り、口を閉ざして俯く。

「僕は違うと思うな」

「えっ?」

「龍くんが君を支えてるのと同時に、龍くんにとっても君は支えてくれる存在だと思うよ。じゃなきゃ、こんなに長い間一緒になんていれないと思うよ。一番近い仲だからこそ、言えない事もある。それを無理して理解しようとしなくていいんだ。もし、彼が言えない事で辛そうな顔をしていたら、君が歩み寄って、寄り添ってあげたらいい。そしたらきっと彼も思いを話してくれるかも知れないよ」

優しく微笑む葵の笑顔に智は心が温かくなるのを感じた。それと同時にチクリと胸が痛む。

あぁ・・・きっと神崎先輩は、葵さんのこういう所に惚れたんだろうな・・・僕にはない大人の優しさだ・・・それでも、僕は・・・少しずつ大きくなる痛みに、智はぎゅっと胸の服を掴んだ。

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