第5話 駆られる欲望

「智!目が覚めたか?」

ぼんやりとした意識の中、声を辿ると龍が智の手を握ったまま、今にも泣きそうな顔で智を見ていた。

その後ろでは、神崎と吉永が立っている。

「大丈夫か?」

「びっくりしたよ。いきなり倒れるから・・・」

変わるがわる智に声をかけてくる。智は辿々しく龍に尋ねる。

「心配かけてごめんね。ここはどこ?」

「大学の保健室だ。智、起きれるか?大丈夫なら、今日はもう帰ろう」

龍の言葉に小さく頷き、体を起こすとすかさず龍の手が伸びて来て背中を支えてくれる。

「病み上がりで無理したのか?」

「大丈夫です。少し立ちくらみしただけです」

神崎の問いに、にこりと笑いながら智は返事をする。吉永は軽いため息を吐く。

「あまり、無理をするな。今日は不参加でいいな?」

そう言われて智は俯く。吉永の言う通り、今日行かなければ、あの人とも会う事もない。でも・・・・

「智、行きたいのか?」

龍が困ったような顔で智の顔を覗き込む。いつだってそうだ。龍はいつも何かを察して僕の気持ちを優先してくれる。それがいつも嬉しくて、心地良かった。

「龍・・・僕、行きたい。龍と行きたい」

「そっか。じゃあ、それまでは家で休んでよう」

「ありがとう」

龍は優しく智の頭を撫でて、智をベットから立たせる。その光景を見た2人がふふッと笑う。

「まるで恋人同士だな」

そう揶揄う神崎に、吉永は真面目な顔をして答える。

「いや、これはどう見てもオカンと子供だ」

2人の野次に智は顔を赤らめながらゆっくりと立つと、龍の背中に隠れた。龍は2人を睨んで、また後でとだけ発すると智の手を引いてその場を去った。


「うわぁ・・・綺麗だ」

賑やかな屋上で空を見上げる。空には満天の星空が輝いていた。騒がしいなりにも、星を見るのが本来の目的ではあるので、周りの明かりは小さい。その暗さのおかげか綺麗に星が見えていた。智と龍は騒がしい群れから外れた所で寝そべる。背中には龍が用意してくれたラグが敷かれていた。

「龍・・・いつもありがとう」

「急にどうした?」

「ううん。ただ、いつも言ってなかったなぁと思って。龍はいつも僕の為に色々してくれてたのに、いつの間にかそれが当たり前になっちゃって、それが原因だったのかなと思って・・・」

「原因って何の・・・」

急に言葉を止めた龍を不思議に思って、顔を向ける。

「違うんだ・・・」

「何が?」

智の問いに龍は困惑した顔を見せる。だが、そのまま黙り込んでしまった。

その顔があまりにも辛そうでつい、龍の頭を撫で、大丈夫?と尋ねるが、龍は黙ったまま智を見つめていた。

「ねぇ、龍。僕、もっと努力する。だから、ずっと僕の親友でいて。なるべく龍の負担にならない様に気をつけるから、僕の近くにいてね」

「負担だなんて一度も思った事はない・・・」

そうポツリと呟いた後、龍は顔を空に向けたまま、また黙り込んでしまった。智はそんな龍の横顔を見ながら、約束だよと呟き、空を見上げた。


「悪い、遅くなった」

そう言って吉永が歩いてくる。吉永の姿を見た瞬間、群れの中央にいた神崎が舌打ちをする。

「チッ、もう少し遅くてもいいのに・・・」

「おい、そのコップを置け」

恐らく酒が入っているであろうコップを、バレたかと神崎はため息をついて床に置く。今度は吉永がため息をついてから、後ろを振り向く。

その人影に智はドキリとする。

「先に話してあった俺の従兄弟の葵だ。部外者ではあるが、これからちょこちょこサークルに参加するから、よろしく頼む」

そう挨拶されて、吉永の後ろから1人の男が姿を現す。薄暗い中でもその肌の白さがわかる。170程の背丈にスッと伸びた背筋、整った顔立ちに黒のショート、間違いない・・・あの人だ・・・。

「佐奈 葵です。よろしくお願いします」

灯りに照らされたその顔立ちに誰もが小さくため息をつく。

「わぉ・・・美人じゃん」

静まり返った雰囲気の中、ボソリと呟いた神崎の声だけが聞こえた。その声に葵はムッとした表情を見せる。

その様子を見て、智はある事を思い出す。

そうだ・・・最初は葵さん、確かに神崎先輩を嫌っていた。お調子者で女の子なら誰にでも声をかける・・・そんな先輩を嫌っていたはず。なのに、いつから2人はあんなに距離を縮めたのだろうか。僕も根っから女の子好きの神崎先輩に見込みがないと諦めていたけど、もしかしたら、頑張れば先輩の隣に立てるかも知れない・・・出会うタイミングが違えど、この2人もこれがスタートだ。もし、このタイムスリップに意味があるのだとしたら、僕にもチャンスがあるのかも知れない・・・

遠にあきらめたはずの想いが、沸々と胸に蘇る。そして、わずかな希望に欲を駆られながら、神崎を見つめる。

そんな智を、龍は何故か悲しそうに見つめていた。

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