07 職員室
うちの学校の職員室には秘密がある。
見つけたのは偶然だ。
宿題の提出をしに行った時に、たまたま先生達がいない時があったから。
いろいろこっそり探検したのだ。
学校の「外」に出られる扉とかないかなーなんて。思いながら。
それで見つけたのが床に隠されていた秘密。
隠し扉の存在。
扉を開けて先に進めば、そこにあったのは、
地下室だ。
「うーん、暗いなぁ。よく見えない」
好奇心ってすごく怖いと思う。
それ自体は全然悪いものじゃないのに、時とか場合とかによっては、誰かを不幸にしてしまうんだから。
「職員室の地下にこんなところがあったなんてなぁ」
私は、小さなペンライトで道を照らしながら歩いていた。
そこは職員室の真下だけど、人が通れる空間があったのがびっくり。
隠されていた扉ってなんだかワクワクするよね。
漫画やアニメみたい。
こんな面白そうなものはそうそう見つけられない。
という事で、ついつい進んでしまっている。
「じめじめしてる、なんか虫もいる」
カサカサ動く虫は普通だったら怖がる存在かもしれないけど、私はそういうのには慣れてるから。
とくに抵抗感とかはない。
「ん、なんだろう。奥に祠? みたいなのがある」
地下道の先。
行き止まりには、古びた祠があった。
何のためのものだろう。
それにどうしてこんな所に?
疑問は尽きないけど、とりあえずやる事は一つ。
「こういうこともあろうかと、こっそり持ち歩いていたカメラの出番!」
私は、それを構えてパシャリと撮影。
「へくちっ」
けれど途端に悪寒がしてきて、くしゃみをしてしまった。
足元から冷気が這いのぼってくるのを感じる。
いかにもな雰囲気。
これから何か置きますよって言ってるみたい。
あっ、いってるそばから。
祠のほうを見ると、そこから黒い靄のような物が出てくるところだった。
「生贄ヲよこせ、生贄ヲ」
謎の祠発見、から怨霊が出現して何か言うのは、結構よくあるパターンだよね。
「生贄って何? あなた人間とか食べるの? それ美味しい?」
とりあえず私は、かねてから気になっていた事を訪ねてみた。
せっかくの機会だもの。
貴重な質問のチャンスを活かさないとね。
けれど怨霊らしき黒い靄は沈黙。
その辺りで所在無げに漂ってる。
あれ?
もしかして反応に困ってるとか?
いやいやまさか。
こんないわくありそうな場所にある祠の、そこに住みついてる怨霊が?
「ぬわああああああ! なぜ我を怖がらんのだあああああ!!」
あっ、まさかのパターンだった。
突如錯乱した怨霊さん。
男っぽいから、彼?
が、落ち着きを取り戻すために数分の時間がかかった。
私は、こんなこともあろうかと持参していた水筒で休憩。
「ぜぇぜぇ。信じられん。こんな状況でなんと呑気な」
で、怨霊さんが息切れし始めたところで、あらためていろいろ質問してみた。
すると、イメージに似合わず意外と律義だった怨霊さんが一つずつ答えていってくれた。
Q:怨霊さんはどこのどなた?
A:数百年前に死んだ超絶美青年(※ただし自称)
Q:なんでこんなところにいるの?
A:うっかり死んでなぜかここを離れられなくなったから
Q:この祠は何?
A:必死にここから動こうとしたらポルターガイストが起きて、周辺で祟りだとか騒がれ、勝手に作られた
Q:ここで何やってるの?
A:勘違いした人間が定期的に生贄を備えてきてたので、適当に鬱憤をぶつけて脅かしてからどこかの土地に飛ばしてた
なるほどなるほど。
つまり、色々見掛け倒しということかぁー。
「おい、何か失礼な事考えていないか?」
「まさか、そんな事はありませんにょ」
「にょっていったな! 噛んだな、貴様! 図星だろ!」
てへぺろ。
かわいく自分の頭をこづき、ついでに舌を出してごまかしたりした私は、そそくさとその場を後にする。
「じゃあ、上の学校に戻るので、また」
「ん? 上には学校が建ってるのか? 俺の記憶では寺子屋が立っていたんだが、やはり時代が変わったか」
「これまでに送り込まれてきた生贄さんから、詳しくは?」
「みな、怨霊だ何だと騒ぐか失神するかであまり話にならん」
そういえば普通なら、怨霊が目の前に現れたら驚くものだった。
すっかり忘れていたけど。
今から、驚いてあげたほうがいいかな?
「きゃあああ、おんりょうこわい、たすけてー(※棒読み)」
「やめろ、それは我のメンタルが傷つく」
職員室に戻ってきた私は、何事もなかったかのようにそこから出ていった。
廊下に出て、窓を見つめるとそこには鉄格子がはまっている。
ここは学校。
ただし悪い子やはみだし者を、普通にしてあげるための場所だ。
親とか保護者に匙を投げられた者達が集まる場所。
鼻歌を歌いながら歩いていると、先生に声をかけられた。
とてもおっかない顔をした先生だ。
「藤堂、点呼の時間に食堂にいないとはな。どこへ行っていた!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてますよぉ。いつもそんな様子だと、エネルギー無駄に消費して大変じゃありません?」
「減らず口を叩くな! そんなだから親に見捨てられるんだ」
先生は、おっかない顔で鞭を取り出して周囲をぺしぺし。
打たれてはかなわないので、私はその場からそそくさと移動していった。
周りの状況がこんなだと、怨霊の方がかわいく思えてくる。
だって、普通に戻そうなんて無駄なことはせず、さっさと呪い殺してくれそうだし。
言うことを聞かない生徒を、無駄に暴力と暴言で押さえつけたりしなさそうだし。
「怨霊さんとお喋りするのは楽しかったなぁ。また遊びに行こうかな」
「何を分けのわからない事を言っている。つべこべ言わず、さっさと歩け!」
隣人は大切にしましょう。
人を信じましょう。
疑ってはいけません。
傷つけてはいけません。
お行儀のいい授業ばっかりで退屈だね。
毎日、毎日眠くなっちゃうよ。
頭が悪いのかな。
先生達って私達より年上でしょ?
それなのに、そんな事も分かんない?
やってる事のそれ、意味なんてないのにね。
与えられた教室の中で、私はあくびをかみ殺していた。
授業の内容はとっくにBGMだ。
何のって、お休み用の。
ねぇ。
例えばそこに問題があったとして、どうする?
何が原因でそんな問題が起こってるのか、普通なら調べるよね。
それで、その原因に対応した改善点を考える。
けど、その過程をすっとばして、自分が考えた改善点を押し付けるだけだと、その行為って意味ないんだよ。
良い子になりなさい?
普通になりなさい?
はいはい、立派だね。
言ってることだけは。
『お前たちの顔に泥を塗ってやる! それが私の復讐だ!』
鉄格子のついた窓の向こうで雨が降り出した。
その雨模様は、過去のとある日の天候にそっくりだった。
人生七年。
それだけしか生きていない私は、悟った。
この世界に生きてる中でも、とびっきりろくでもない大人が自分のところに回ってきちゃったなって。
世間には親ガチャなんて言葉があるみたいだね。
子供は親を選べない。
とんだ外れをひいちゃったな。
親はいいよね、捨てたり、拾ったりできるんだから。
『名門の家の名前にふさわしく生きろ!』
『一番になる事だけを考えなさい』
『誰が生活の面倒を見てやってると思っているんだ!』
『私達がいなきゃ、貴方は生まれてこれなかったのよ』
『『だから親のために生きるのが当然だ(よ)』』
私は、そんな親の言いなりになって自分の人生を捨てるのが嫌だったから、悪い子になったんだ。
ねぇ、私をいい子にするならさ、まず親をなんとかしなよ。
「というわけで外に出られないなら、職員室を燃やしちゃおうと思って」
「ひさしぶりに顔を見せたと思ったら、なかなかハードな自分語りをしてくるではないか」
そんなこんなで、鬱憤がたまっていた私は、二回目の職員室燃やしにチャレンジしようとしたんだけど………。
そうしちゃったら怨霊さんの祠も燃えちゃうかもと気づいたのだ。
「大人をまとめて燃やしちゃう前に、怨霊さんは助けてあげないとね」
「さらっと怖い発言するな」
何とか祠を移動させようとしたけど、土の中に建物の一部ががっちり食い込んでて簡単にはいかなそうだ。
これは時間をかけて、作業する必要がありそう。
「でも、先生たちはこの祠で何してたんだろうね。ねぇ、怨霊さん。最近誰か来た?」
「………いや、誰も来ておらぬぞ」
「ふーん」
気のせいかもしれないけれど、黒いもやもやが一瞬びくっと動いたような気がした。
けれど私は、深くは追求しなかった。
「あっ、絵本発見。何年前のやつだろ。こっちにはおもちゃが落ちてる」
祠の周りをぐるぐるしていた私は、近くに落ちていた物を拾い上げた。
怖いお話の絵本だ。
いろいろな話が書かれていて楽しそう。
「誰かの持ち物だったのかな。なになに……、片づけしない悪い子にはお化けが来る? あはは、小さな子供向けすぎ」
「教育用の児童書だ。大人が読み聞かせるやつだな」
「へー」
ぱらぱらとめくっていくと、確かに子供向けの内容なのに、漢字が使われていたりした。
子供は耳で聞いて、大人は目で見て読む。
だからこその仕様だろう。
「子供を言うとおりに動かしたい大人の陰謀書だね」
「身もふたもない言い方だな」
それからも私は、たまに怨霊さんのところに行って、絵本を読んだり、祠を移動させる方法を考えたりしていた。
状況が変わったのは、冬の寒さが厳しくなってきた頃。
「春になれば、新しい生徒を受け入れなければならない。しかしこの学校の定員はいっぱいだ」
「断るのはどうです?」
「馬鹿を言え、良い金づるを逃してたかるか」
「ならどうすれば」
「お前は新任だから知らないだろうが、いい方法がある」
いつものように職員室の隠し扉から怨霊さんの所に行こうと思ったら、話し声が聞こえてきた。
なので、こっそり立ち聞きしてたんだけど。
どうも内容が物騒だ。
一人はこの学校に長く勤めるベテラン教師で、もう一人はここにやってきてまだ一年も勤めていない新しい教師。
「この学校の地下に捨てるんだ。すると、いつの間にかいなくなってる」
「そんな事が!? それは本当なんですか!?」
「ああ、もう何度もやっていることだ」
「けれどそんな事やっていいんでしょうか? 行方不明にさせたなんて知ったら、親達が怒るのでは?」
「まさか。その逆だ。どうせろくでもないガキどもなんだから、代わりに処分してもらえたと喜ぶだろうさ」
参った。
今日は怨霊さんのところには行けそうにない。
私は、くるりと踵を返した。
「大人は関わる子供を選べるけど、子供はできない。ほんとひどい悲運だよね」
表情は変えない。
泣かないし、嘆かない、不安も見せない。
そんな事をしても、何も変わらなかったから。
この学校には、隠れて携帯とかカメラとかを持ち込んでる生徒がいる。
使っているところを見られたら没収されたり、罰を受けたりしてしまうが、あると便利なのでそういう生徒たちは意外と多い。
「大人に困ってる時も、大人に頼らなくちゃ助からないなんて。しんどいのはいつも子供の方じゃん」
私は、同じ生徒達が集まっている場所へ向かった。
ごうごうと燃える炎。
燃えているその規模は、燃やした本人の予想すら超えて、広がり続けていた。
私は、その赤い景色を中から見つめている。
煙が濃くなってきたから、立って移動できない。
這うようにして進むしかない。
でも意識がぼやけてきて、それすらもおぼつかなくなってくる。
鉄格子越しに見る窓の外は夜闇のはずだけど、こんなに室内が明るいと分からない。
脳裏によみがえるのは、たった半日前の記憶。
『もしもし警察ですか?』
『私達、殺されそうなの。助けてください』
数時間後、やってきた警察は大人達に「ただの悪戯電話」だと説明をされて引き返していった。
『ただのいたずらですよ。うちには素行の悪い生徒が何人もいるもんですから』
『こちらで厳しく注意しておくので。ええ、お手を煩わせてすみません』
鉄格子越しに遠ざかっていく背中を見て、隠し持っていた道具を使って私はとっさに火をつけた。
それは期待を裏切られた腹いせなのか、生贄にされる誰かを助けたかったからなのか。
分からないけど、こんな風になるなんて思わなかった。
「警察が戻ってくるぞ! 事情聴取をされたら厄介だ、早く証拠を隠滅しろ!」
足音を聞いて、視線を向ければそこには「先生」がいた。
その手には、いつも罰を与えるために使われているロープがあった。
「何が先生よ。わたしたちに教えられる事なんて、一つも言ってないくせに」
最近、あいつが来ない。
そう考えると、みょうにそわそわしてしまう。
怨霊である俺が人間を心待ちにするなんて、おかしなことだ。
今まで何人も生贄がやってきたが、こわがらないやつはあれが初めてだった。
きっとだからだろう。
「あいつには嘘をついてしまったな」
生贄は定期的に今もやってきていた。
どこかへ飛ばしているが、無事に生きてるかは分からない。
かと言って引き返させるわけにもいかないから、どうしようもなかった。
祠に立てかけてある絵本を見つめる。
怨霊がましで、人間がどうしようもないパターンなんて、よくある怪談話にもでてこないだろう。
おっかない化け物が描かれている表紙と目が合った。
「なんでこんな面倒な事に、全部お前らのせいだ。この疫病神どもめ!」
滅多に聞かない大人の声を聞いて、意識が引き戻される。
「ほら、さっさと先へ行け! ぐずぐずするな! お前らは火事で全員骨も残らず焼け死んだ。そういう事になるんだよ!」
地上につながっている道をみれば、悲惨な姿をした子供達が歩いてくるところだった。
「さっさとばけものに食われるなりなんなりすればいいんだ!」
泣きべそをかく子供、不安そうにする子供。
その先頭に立つあいつの姿は、見るからに倒れそうだ。
「ばけものハどっちダ」
その光景を見た瞬間、俺の意識がどす黒い何かにのまれていくのを感じた。
「触れらなければ何もしない怨霊ト、自ら弱者に近づき虐げる者達ハ、どちらがばけものにふさわしい」
「怨霊さん?」
俺は、怯えたり気絶したりする子供達をどこかへ飛ばして、一番奥にいるそいつのところへ向かった。
「ひっ! ばけもの!」
おれは黒い靄でそいつの体にまとわりつき、締め上げた。
「いたいいたいっ、だれか助けてくれ」
「助けなどコヌ。弱者ヲ助けるべきはお前の方ダろう」
「なっ、何を言って。頼む! 助けてくれ! なんでもするから!」
「貴様ラはそういう言葉ヲ何度モ無視してきたはずだ。ぞれはどうせ、我ノ想像などでハないのだろう?」
反論できない様子の男は、息絶え絶えになりながら、靄の中でもがいている。
そして、反省どころか言い訳をし始める。
「どうせろくでもない大人になるなら、好きに使って何が悪いんだ! みんなそうやって上手に生きてるじゃないか! ましな大人のために役立つなら、こんなガキ共でも少しは生きてる意味がっ、ぎゃっ!」
最後まで聞いていられなかったので、黒い靄で全て覆って押しつぶした。
中がどうなっているのかは、正直わからない。
どうにも力のコントロールがうまくできなかったからだ。
「怨霊さん」
俺は本物の悪霊になってしまった事を感じながら、あいつに意識を向ける。
怖い化け物を作り出すのは、俺の記憶の中ではいつだって人間だった。
『やーいやぃ、ばけもの! ぶさいく! そんな妖怪みたいな顔の人間と遊んでやるかよ!』
『どうせ友達のいない根暗なんだ、殺したって誰も困らねぇよ。そしたら金は俺たちのもんだ』
『よかったじゃねぇか、お前みたいなばけものが人の役に立つなんて、こうでもしなきゃないんだからよ』
この体にまとわりついている靄は、そんな俺の過去をあらわしたもの。
俺は目の前の少女に触れて、どこかへと飛ばした。
「さよならだ」
「待って、怨霊さん。まだおれい――」
仲良くしてくれた唯一の人間に、嫌われるなんて耐えられなかったから。
「思えばお前は、最初からおかしな奴だったな」
「んー、なぁに?」
それはいつかの出来事。
あいつと仲良くなってから、確かにあった忘れたくない記憶。
「なぜ? 我と仲良くできるのだ」
「なんでって? 怨霊さんはいい人じゃん。何もしてなくても、悪口言ってこないし、殴ってこないし。あと、何かしろって命令してこないし」
「それは、普通しないものだぞ」
「だからだよ」と、あいつは言った。
「初めてだったんだ、怨霊さんみたいないい大人に出会えたのは」
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