08 校長室



 私の通ってる学校は田舎にある。


 大人も子供も少ないけど、自然は豊かな田舎に。


 でもだから、あんな事がずっと続いていたのかもしれない。





 最悪!


 私は、動かしてる箒を見つめて憤慨していた。


 ガラスを割った罰で、校長室を掃除しなくちゃいけないんだけど。


 それ、私じゃないんだよね!


 近くを走ってた男子が、筆箱とか投げて遊んでて激突したのが原因だっていうのに。


 なぜか近くにいた私のせいにされちゃった。


 一応私じゃないって言ったんだけどな。


 聞く耳を持ってもらえなかった。


 理不尽だ。


 箒で集めたガラスを塵取りに入れてため息。


 はぁ、面倒くさいな。


 馬鹿らしくなってきた私は、ちょっと休憩。


 自分以外は誰もいない校長室を見回してみる。


 この学校の校長先生は、すっごくフレンドリーで生徒たちにも気軽に接してくれるけど、ちょっと大雑把なとことか、ガサツなところがあるんだよね。


 この間、服にごみがついてるのに気づかずに校門に立ってたし。


 この部屋だって、結構散らかってる。


 大人なんだからもうちょっとしっかりしてとは思うけど、これで行事の時とか会議の時はしっかりしてるからなぁ。


 このあいだ会議室のカーテンが開いてたから、こっそり覗いてみたけど、ちゃんと真剣そうだったし。


 仕事をせず見た目だけ取り繕ってる大人よりは、全然マシだよね。


 どっちもできてるのが良いのはその通りだけど。


 大きく伸びをした後、掃除を再開しようとしたら、変なものを見つけた。


 トロフィーとかが飾ってある棚だ。


 この学校のクラブとか同好会とかが、何かすごいことした時のもの。


 そんなトロフィーの間に、ミイラの標本みたいなのがあった。


 なにこれ?


「……サル?」


 よく見てみると、魚とかカエルみたいなやつもあった。


 こんな変な物飾ってどうするんだろう。


 別にみてても楽しくないし、癒されるわけでもないのに。


「まぁ、いっか」


 あの校長先生は普通の先生と比べて変わってるから、変な趣味とかがあるんだろう。


 私は大して気にせずじ、掃除を続けた。


 あっ、机の下にゴミが落ちてる。


 校長先生の机の下に紙くずを見つけたので、それを拾おうとかがみこむ。


 そしたら、そのタイミングで部屋の扉が開いた。


 校長先生が帰ってきたのかな。


 体を起こそうとしたら、誰かが気になることをしゃべり始めた。


「校長先生、今年の生贄は誰にしますか?」


 えっ?


 何言ってるの?


 聞こえてきたのは、私のクラスの担任の声だった。


 次の声は校長先生だ。


「君のクラスから適当な誰かをお願いしたいな。ほら、テストの点がいつも低い落ちこぼれがいるっていっていたじゃないか」


 出ていくタイミングを逃した私は、そこでじっとしているしかない。


 でも、なんだか怖い話をしているみたいけど、何かの映画の話だよね?


「分かりました。それにしてもうちの学校は大変ですね。初代校長が祠の上に校舎を建てたりしなければこんな事にはならずにすんだというのに」

「本当にね。数年に一回、生贄を捧げないと祟りがくだるなんて、大変な話だよ」

「今年がその年ですから、何かおかしな事が起きないか、いつも以上に目を光らせていなければなりませんね」


 なんだかとんでもない事を聞いちゃってる気がする。


 どうしよう。


 こんなところに隠れているのが見つかったら、私がその次の生贄とやらにされちゃうんじゃ……。


 冷や汗を考えていると、遠くから校長先生を呼ぶ声がした。


「先生、この間の会議のことでお聞きしたい事が」


 すると、部屋の中にいた二人はすぐにここから出ていった。


「では校長先生、生贄をささげる儀式は三日後に」

「そうだね。休みの日だし、その日がちょうどいい」


 はぁ、びっくりした。


 でも、ばれてないよね?


 うちのクラスの落ちこぼれっていうと、あいつの事かな。


 さっき私に濡れ衣着せてったやつの一人。名前はリキ。


 普段から妙に突っかかってくる生意気なやつだけど、さすがに見殺しにするのは抵抗感がある。


 あいつのために、さっき言ってたこと、他の人に話すべきかな。


 でもこんな話、普通は信じてもらえなさそうだし。






 悩んでいるうちに、あっという間に三日が過ぎてしまった。


 誰かに話す事ができなかった私は、心当たりのあるクラスメイトの家を訪ねていた。


 ぼさぼさ頭の少年、クラスメイトのリキが顔を出す。


 もうお昼なのにまだ寝てたんだ。


 私はためらいながらも、その言葉を発した。


「えっと、いきなりだけど今日遊ばない?」

「えっ、なに突然?」


 あっけに取られたような顔をされた。


 私とリキはそれほど仲がいいわけじゃない。


 だからそんな反応になるのも当然だろう。


「ちょうど無料の券があるんだけど、友達はみんな用事があるみたいで。ほら使わないともったいないじゃん」


 私は急いでゲームセンターの無料チケットをみせる。


 好きなゲームを選んで数回プレイできる券。


 リキは怪しそうな顔をしてたけど、了承してくれた。


「まあ、いいよ。着替えてくるからちょっと待ってて」


 待っている間、私は意味もなく周囲を見回してしまう。


 気のせいかな、誰かにずっと見られていりような。






 バスで30分くらいかけて移動すると、やっとコンビニとかスーパーのある町にたどり着いた。


 バスはあるし、宅配便のサービスだってあるんだから、これでも大昔と比べれば格段に便利ではあるんだろうけど。


 やっぱりどうしても都会と比べちゃうな。


 テレビで見る都会は、徒歩5分でコンビニとか、徒歩三分で駅とかが珍しくないって言うから、いつかいってみたいよ。


 そんな風に都会への憧れをあれこれ考えながらたどり着いたのはゲームセンター。


 リキと一緒に過ごすなんて、乗り気じゃなかったけど、お店を見たらテンションが上がってきた。


「よーし思いっきり遊ぶぞ!」

「パンチマシーンとかやって、物を壊すなよ」

「こんなか弱い私が壊すわけないでしょ! ていうかそんなのやらないし!」

「はいはい」


 いちいち余計な一言入れてくるのはムカッとしたけど、でもゲームをしてれば気にならなくなった。


 私達は、カーレースとかリズムゲームとかを楽しんだ。


 無料の券はあっという間になくなっちゃったな。


「はー、クレーンゲームもう1回やりたかったな」

「おれ、1回分の券もってる」

「えっ、じゃあやってよ」

「はぁ、なんでだよ」

「いいじゃんケチ!」


 最後にリキがぶつくさ言いながらもクレーンゲームに挑戦してくれて、景品を取れたのがうれしかった。


 リキに似てかわいげのない表情をした犬のぬいぐるみだ。


「やるよ」

「えっ、いいの?」

「男の俺が持ってても、意味ないし」

「やったありがとう!」


 戦利品をもらってほくほくしてると、つい目的を忘れそうになってしまう。


 リキは日頃は生意気な言動が多いけど、案外悪い奴じゃないのかも。


 ぬいぐるみを抱きしめてると、背筋にぞくっとした感覚が走った。


 気のせいじゃない、やっぱり誰かにみられてる?


 キョロキョロと見回せば、視界の隅に見慣れた顔があった。


 校長先生だ。


 まずい!


「リキ! ほかの場所いこ!」

「ちょっ、引っ張んなって」


 町中にずっといるだけじゃだめだ。


 誰にもみつからないところに行かないと。







 考えた末に私が向かったのは、地元にある山の中。


 ほとんどの人が知らない場所だった。


「いきなり山ん中連れてかれたときは何だって思ったけど、こんな場所があったのか」

「おじいちゃんが前に教えてくれたんだ」


 目の前にあるのは澄んだ泉。


 夕日の光を受けてキラキラと綺麗に輝いていた。


 おじいちゃんはもう死んじゃったけど、私が小さい頃はよく遊んでくれたんだよね。


『いつか都会に出て、仕事や人間関係に疲れたら帰っておいで。田舎はよくも悪くもずっと変わらないからな』


 大きくなったら都会に行きたいって言ってたから、おじいちゃんはそう言ってくれたんだろうな。


 あれ?


『この泉には、秘密があってな……、地下の……と繋がって……』


 なにか思い出さなくちゃいけない事があったような。


「でも何で俺をこんなところに連れてきたんだ?」


 懐かしい思いでいっぱいだったけど、リキの質問で慌ててしまう。


「そっ、それはっ。えっと。そのっ」


 正直に話して信じてくれるかな。


「今日はリキとずっと緒にいたくて」


 はぁ、勇気を出せずにまた誤魔化しちゃった。


「ふーん」


 でもリキはそれ以上、何も聞いてこなかった。


 何か今日のリキは変だな。


 家で変なものでも食べたとか?


「あっ、そうそう。ここだと夜にすっごく星が綺麗に見えるんだよ!」

「さすがにその時間まではまずいだろ。それに、山の中だと危ないし」

「うっ」


 駄目だ。


 そろそろ限界かも。


 どうしよう。


 私が「でも」とか「だけど」とか言ってると、リキの表情がどんどん怪訝なものになっていく。


「お前、なんか俺に隠してないか?」

「そっ、それは」


 言いよどんでいると、足音がいくつも近づいてきた。


 先生たちだ、スマホを片手にとって「見つけました。これから地価の祠につれていきます」と話してる。


 もしかして人海戦術?


 しかもスマホで連絡がとれるなんて。


 こっちは二人だし、スマホはお金がかかるからって買ってもらえないのに。


 大人ってずるい。


「なんだ、先生たちなんか変だ」

「こいつらリキの命を狙ってるんだよ。早くここから逃げなくちゃ」


 信じられないといった様子のリキの手をつかんで走り出す。


 先生たちは後から追いかけてきた。


 けど、だんだん様子がおかしくなってきてる。


 元から生贄を用意するなんておかしかったけど、そういう頭のおかしさじゃなくて。


「黒い靄みたいなのが先生達からでてるぞ。おい、お前何か知ってるんだろ」


 それに応じてリキもだんだんうるさくなってきた


「じっ実は~」


 もう隠すことはできないと思って、私は全部喋ってしまった。


 すると「はぁ? お前すっごく馬鹿だろ」


 めっちゃあきれられて怒られた。


「一人で何とかしようなんて無茶にもほどがある」

「ごっ、ごめん」

「(ぼそぼそ)最初から俺に言ってくれれば、ちゃんと信じたのに」

「え、何?」

「何も」


 いや、絶対それ怒ってる奴じゃん。


 今後、絶対定期的に蒸し返される話題じゃん。


 今後どころか、明日が来るかも怪しいけど。


 ここにいるのがもっと頭のいい人奴だったらリキを守れたのにな。


「でも、ここにいるのが俺で良かったかもな」


 ぼそっとリキが何か呟いたけど、私には聞き取れなかった。


 それどころじゃなかったから。


「ねぇ、なんか辺りが変だよ」


 地面が揺れたと思ったら、急に昔っぽい木造の建物が立ち並んだり、遠くに刑務所みたいな建物が生えてきたりして驚くしかない。


 なにあれ、窓に鉄格子ってめちゃくちゃ物騒!


 そして森の木々が動き、黒い靄につつまれた人間に代わって、こっちを追いかけてくる。


「どうせロクでもなイ」「役ニ立たナい人間」「せめて俺達のために」「死んデ役ニ立て」


 しかもどこからか石が飛んできた。それは、地面の上で爆発して燃え上がる。


 禍々しさを感じる黒い炎だ。熱い。熱が伝わってきた。


 炎はすぐに辺りいっぱいだ。


「こっちだ!」


 リキが炎のない場所を探して指さしてくれる。


 早くここから逃げないと焼け死んでしまう。


 必死に逃げる私達。


「回り込まれたか」

「あっちに行こう!」


「こっちにもいる」

「向こうに逃げなきゃ!」


 けれど、人海戦術で誘導されてしまった。


 捕まってしまうのも時間の問題。


 それに炎が広がりすぎてる。


 これ以上は熱くてもたないよ。


「またここに戻ってきちゃった」


 泉のところに逆戻りしてしまった。


「もしかしたら潜ってたら見つからないかも」

「あほ、息継ぎはどうするんだよ」


 だよね。


 こんなアイデアしか浮かばない自分の頭がうらめしい。


「イタゾ」

「ツカマエロ」


 そんなことをしているうちに人間の追手がやってきて、つかまってしまった、


 暴れるリキを抱え込んだそいつらは、私には見向きもしない。


 そのうち、リキの首をたたいて気絶させてしまった。


 リキが連れてかれてしまう。


「このっ、リキを話せっ!」


 言葉はオブラートに包まないし、生意気だし、濡れ衣着せてくるけど、なんだかんだいっていいやつなんだから。


「あんたらに都合が悪いからって何で殺されなくちゃならないのよ。リキの命はあんた達のもんじゃない!」


 その言葉で、先生達が一瞬動きを止めたような気がした。


 けどそれは気のせいだった。


 殴り掛かった私を突き飛ばした先生達は、リキをそのまま連れていてしまった。


 倒れた時に固い石で頭をぶつけた私は、気絶してしまっていたから。








 目覚めたときは真っ暗な夜だった。


 辺りは普通の森に戻っている。


「どうしよう。どうすればいいの?」


 頭を抱えた私は、必死に考えていた。


 リキを救う方法がどこかにないか。


「そうだ、確か……」


 そんな私の頭の中によみがえったのはおじいちゃんの声。


 前に地震があった時、ここの泉とどこかの祠が繋がったって、言ってた。


 その祠は、生贄を求める祠だって。


 おじいちゃんは信じてないみたいだったから、私をつれてここに遊びにきてたみたいだったけど。


「リキを助けるためだもんね。見殺しにはできないよ」


 私は意を決して、真っ暗な泉の中に飛び込んだ。


 暗くて何も見えない。


 泳ぐこともうまくこなせなくて、すぐに息が上がってしまいそうになる。


 その時、水中なのに誰かの声が聞こえた気がした。


『こっち……、怨……さんは、こっちだよ』


 声に導かれるまま、私は進んでいく。


 真っ暗な、水の中を。


 やがて、光が見えてくる。どこかに上がれるところがあったみたいだ。


 水面らしき所から顔を上げると、そこは洞窟の中だった。


『こんな事しか……ごめ……』


 その声が何の声なのか分からない。


 それきり聞こえなくなってしまったから。


 でも、さっき先生達に襲われたときみたいな邪悪な感じはしなかった。


 だからきっと、いい幽霊とかが味方してくれたんだ。






 洞窟の中を進んで行くと、壁に松明が飾られていた。


 火がともっていて、道を照らしてくれているから進むのに不便はないけど、人が来たという事でもあるから怖かった。


 身震いしながら奥へ進んで行くと、そこには古びた祠があった。


 そしてその祠の前には、気絶したリキの姿も。


「リキ! しっかりして」


 駆け寄って体を揺さぶると寝言で「うっせーばか」と怒られた。


 寝てても生意気……。


 むかっときたので、ちょっとほっぺをつねってやった。


「ったくもう、心配したんだから。ほら、起きなよ」

「ん、ってここは」


 寝ぼけ眼で起きたリキに私は状況を説明。


 二人しておじいちゃんに感謝した後は、さっそくここから逃げることにした。


「ちょっと待て」

「何より。こんなところ、早く行こうよ」

「外に出てまた捕まりなおしたら意味ないだろ。祠壊した方がいいんじゃねーか?」

「それだ! リキ、頭いい!」

「お前が馬鹿すぎなんだよ」


 むかっとしたけど、今回は怒ってはいられない。


 そうだよね。そうしないと、また同じことの繰り返しになっちゃうし。


 私達は手ごろな石を見つけて、祠にガンガンしていく。


 ちょっと心が痛むけど、ここにいるのはいい奴じゃなくて、悪い奴みたいだし。


 リキの命には代えられないよ。


 けれど、作業の途中で祠から黒い靄が出てき始めた。


「急げ!」

「わっ、分かってるよ」

 

 黒い靄を避けながら祠を壊してくけど、リキが捕まってしまう。


「リキ!」

「俺に構うな! あともう少しだろ」

「うっ、うん!」


 心配だったけど、リキを助けるためだと言い聞かせて石をぶつけていく。


 祠はもう長い年月でボロボロになっていたから、時間がかからなかったのが幸い。


 それに、すでに誰かがやろうとしたのか、土に埋まっているはずの部分が半分以上の出ていて、ぐらついていたのも味方になった。


 後もう少し。


 と、いったところで私も黒い靄につかまってしまった。


 ぎりぎりと締め付けられて意識が遠のく。


 諦めたらだめだと必死に意識を繋ぎ止めていると、足元に何かが当たった。


 どうしてこんなものが?


 それは、この場にあるはずのない、子供に読み聞かせるための絵本だった。


 私はもがきながら渾身の力でそれを蹴り上げた。


 すると、絵本がいきおいよく祠にあたる。


 衝撃で古びたそれが、ばらばらと砕けていった。


 同時に、黒い靄もすっと消えていった。


 邪悪な気配は跡形もない。








 あの後は、普通に平和な時間が続いている。


 先生達の記憶はすっかりなくなってしまったみたい。


 何事もなく過ごしている。


 もしかしたらみんな、黒い靄に操られていたのかな。


 リキはあんな事があったにもかかわらず相変わらず生意気。


「いったーっ、ちょっとリキ。サッカーボール近くで蹴らないでよ」

「サッカーやってる近くを無警戒で歩く方が悪い」


 でも。


「はぁ。ったくほら頭見せてみろよ。バンドエードでだめなら保健室に行っとけ」


 ちょっとだけ優しくなったんだよね。


 バンドエードを渡されてドキドキするのは、きっとそんなリキの変化に驚いてるからに違いない。



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恐怖の物語 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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