06 理科室
学校に広まっている怪談の中で、理科室の人体模型が動くっている話は、定番だよね。
でも定番すぎるっていうか、もう少し意外性がほしいっていうか。
ぶっちゃけ聞き飽きたかな。
もうちょっとひねりがほしいところだよ。
友達数人で輪になって怪談話。
理科の授業が始まる前の、暇つぶしだ。
皆いろいろな話をしてくれるけど、どこかで聞いたような内容ばっかりで、少し退屈。
もうちょっと変わった話が聞きたかった。
そう思って、実際に口に出したら、「そりゃオカルトマニアなんだから、あんたは知ってて当然でしょ」って言われてしまった。
それはそうかもしれないけど、人数がそろうと「知らない話があるかも」って、期待しちゃうもんなんだよ。
新種で斬新で未発見で未知の話が出てくるかもってさ。
私は、オカルトが好きだからいろいろな怪談話を知っているけれど、こういうときはちょっと損した気分。
皆が新鮮な気持ちで聞いている怪談の結末をすでに知っているから。
次の怪談話を始めた友達を見て、知らない内容だったらいいなと思うけど……。
「この学校の音楽室にはね、なんと動く絵画が……」
「職員室の床には実は……」
「隣町の洞窟で昔……」
やっぱり知ってる話だった。
「はぁ、知らない怪談話どっかに転がってないかな」
しょんぼり気味でテンションが下がっている私は、今は運動場に立っている。
体育の授業で野球をやってるから、外野ポジションとして暇を持て余しているのだ。
野球が苦手な子だと、全然ボールを飛ばせないから、時々こうなるんだよね。
ぼうっとしていると、視界の隅に何か違和感を感じた。
目を凝らして見ると、理科室の教室で何かが動いているように見える。
「ん? 骸骨」
見間違いかなと思った。
それで目をこすってまた見た、動かなくなっていた。
いつもしまっているはずのカーテンが開いている、それだけだった。
やっぱり気のせいだよね。
私はその事を特に気に止めたりはしなかった。
数日後、朝早くに学校に登校した私は、廊下を歩いていた。
今日は特別授業がある日だ。
私達の将来にために、色々な職業の人を呼んで、ためになる話を聞くって授業。
私、学級委員だからこういう時は準備しなくちゃいけないんだよね。
しかもその授業は一限目だから。
こうして朝早くに学校へ来てるってわけ。
ふぁ、眠いな。
今日来る人はたしか研究者なんだっけ?
色々な生物の体から人間の役に立つ物質を探してる人みたい。
だから理科室で話を聞くことになってる。
私は、授業が始まる前にその人に会って、事前にクラスメイトから集めた質問の中身を教えておかなくちゃいけないんだ。
後は授業中の段取りの確認とか、研究内容を発表するための資料を理科室にあるスクリーンに写しておいたり。
なかなか大変だから、考えただけで疲れてきちゃうよ。
そんな事を考えているうちに、理科室に到着。
カギはあいていたから、もう到着してるみたい。
「失礼しまーす」
声をかけて部屋の扉を開けた。
しかしそこには誰もいなかった。
「あれ? おかしいな。鍵はあいてるのに」
一旦ここに来たけど、トイレとかで離れてるのかな。
辺りを見回してみたけど、それらしき人影はない。
たくさんの実験道具が置かれた理科室は、棚が多くて一度では隅々まで見渡せない。
私は仕方なく、あちこち移動する事になった。
ホルマリン漬けのカエルの瓶。
アルコールランプ。
大きな地球儀。
理科室にはいろいろな物があった。
その中には、怪談話では定番の人体模型も。
「そういえばこの前、何かが動いたように見えたけど。ちょうどこれなら窓から見えるかな」
ほかの物は日光の影響を避けるため、窓から離れた所にある棚に置いてある。けれど、人体模型だけは窓の近くにあった。
この前の事は、これが何かの拍子に動いたりとかしたんだろうか。
小さな地震が起きたりして?
人体模型を眺めながら、考え込んでいると、なぜか一瞬ぴくりと動いたような気がした。
見間違え?
考え込んでいたら、背後から女性に声をかけられた。
今日、話をしてくれる研究者の人だ。
ピシッとスーツを着こなすその人からは、ミステリアスな雰囲気を感じる。
「うふふ、人体模型に興味があるのかしら?」
「あっ、おはようございます」
振り返った私は挨拶をした後、「そういうわけじゃないですけど」と言葉を返す。
研究者さんは人体模型に近づいて、ゆっくりと撫でた。
「私たちの研究のことは知ってるわよね」
「まあ、はい。先生からさわりだけは聞いてます」
「成果を出すためには、いろいろな生物の体を研究しなければならないんだけれど、どうしても倫理や規則に邪魔されてしまうことが多いのよね」
「はぁ」
私はその研究者さんが何を言いたいのか分からず、あいまいに返事をするしかない。
「人間を助けるための研究なのに、人間の体をいじれないなんて本末転倒じゃない?」
「えっ、いやそれは」
そんな事したら、人体実験と同じじゃ?
なんて言葉は言えなかった。
目の前の研究者さんの顔がぞっとするほど冷たく見えたからだ。
それで緊張のあまり変なことを口走ってしまう。
「しっ、失敗とかしたら大変ですし。ニュースとかにもなっちゃうし、警察とかにもつかまっちゃいますよ」
「くすくす。そうね。ダメにしちゃったときは、どこかの学校に標本とすり替えちゃおうかしら……たとえばこの人体模型みたいに」
思わず視線が吸い寄せられる。
この理科室にずっとある人体模型へと。
もしこれが、元は生きている人間のものだとしたら……?
なんて考えていると、研究者さんがぷっと吹き出した。
「あはは、怖がらせちゃってごめんなさいね。若い子とお話するのが楽しくてついからかってしまったわ。さぁ、そろそろ準備を始めましょうか」
「えーっ、ひどいですよ」
なんだびっくりした。
わたしは頬を膨らませつつも、ほっとした気持ちで準備に取り掛かる。
百の怪談よりも実際の猟奇事件一つの方が怖いな、と思いつつも。
授業は滞りなく終了。
片づけを終えて、研究者さんにも挨拶をしたして、その時間は終わった。
けれど、のちに忘れ物をしてしまったことが判明。
放課後に私は、それを回収してくることになった。
再び理科室を訪れると、窓から真っ赤な夕日が差し込んできていた。
また、この前みたいにカーテンが開いている。
そんな理科室には妙な緊張感が漂っていた。
ごくりと唾を飲み込んで踏み入れる。
忘れ物の資料を探すけれどなかなか見つからない。
いやな予感がしてきたから、早く出たかったけれど、それだと先生に怒られてしまう。
急かされるように奥へ向かっていると、人体模型が忘れ物を手にして立っていた。
誰かが悪戯でもしたの?
忘れものに気づいたなら職員室かどこかに届けてくれれば良かったのに。
私は苛々した気持ちで、資料を手にする。
面倒な思いをしてまで取りに来たんだしちょっとくらいならいいかな。
そう思った私は、中を見て絶句した。
「行方不明者、少年、隣町の失踪事件」
顔色を変えた私は、嫌な予感にさいなまれながら、その資料を置いて理科室を出ようとした。
けれど、手首をがっと何者かにつかまれる。
それは、人体模型の手だった。
「――やめてっ、本当の事はちゃんと言うから! 殺さないで! お願い助けて!」
とっさに口走った言葉。
私は口を抑えたけど、遅かった。
室内に入ってきた研究者さんと警察の人が私を取り囲んだ。
はめられた。
私は研究者さんの顔を睨んだ。
「殺人事件の容疑者として、署までご同行いただけるかしら」
私は数週間前。
怪談に興味があったから、知り合いと立ち入り禁止の洞窟に出かけていった。
そこは、友人を殺した人間が、呪い殺されるという話がある場所だった。
だからそこでつい、自分が怪談をなぞってみたくなったのだ。
知っている事ばかりの怪談に刺激を感じなくなっていたから。
気がついたら私はこの手で、犠牲者を作り出していた。
でも、冷静になってから、死体をどうしようかと思った。
それで、木を隠すなら森の中という言葉を思い出して、たまたま近くにあった動物の屍の中に紛れ込ませてきたのだ。
ただ、死に際に私の足をつかんで離さなかった、友人の手が気になっていた。
何度引きはがそうとしても、はがせなくてかなり時間を使ってしまったのだ。
何十分もかけて引きはがしたときは、息が上がるほどだった。
けれど、私のそんな自供をきいた取り調べの刑事さんはおかしいなと首をかしげていた。
「その友人の死体、手首だけが行方が分からなくなっているんだ。君が知っているかと思ったのに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます