04 家庭科室



 うーん、いい匂い。


 クッキーがうまく焼けたみたい。


 オーブンからとりだしたお菓子は、思った通り、こんがり綺麗。


 ちょっとつまみ食いしちゃおうかな。


 クッキーをつまもうとしたら、先輩に怒られちゃった。


「こらっ」

「ごめんなさーい」


 私は先輩にあやまる。


 せっかくおいしく焼けたのに、説教がいつまでも続いてたら食べられなくなっちゃう。


「わざとじゃないんですってばー」


 私は必至に謝った。







 家庭科室で、できあがったばかりのクッキーをかじりながら、私たちは次回作るものを話し合っていた。


 私達家庭科クラブは、自分達で自由に作るものを決めてるから。


 今回はお菓子だったから、今度はおかずになるような料理がいいな。


 そんな事を考えていたら、家庭科室の怪談の話になっていた。


「クッキーさんって知ってる?」

「なにそれ」

「変な名前」

「ちょっとかわいいかも」


 クッキーさん。


 それは小さいクッキーの姿をしたお化けだ。


 可愛い響きの名前だけど、とっても怖い存在。


 出会った人をクッキーにして、ほかの人間に食べさせちゃうんだって。


 なんだかまどろっこしい事するおばけだなぁ。


 でもお化けの行動に意味のある理由なんて求めちゃいけないか。


 どうせどっかの誰かが作った作り話なんだろうし。




 


 いつも何気なく使っている家庭室に、あんな噂があるだなんて知らなかった。


 でも、すぐに忘れちゃいそう。


 私、オカルトとか怪談とかそういうのあんまり興味ないから。


 きっと明日になったら、きれいさっぱり記憶から消えてる。


 もう話の最後の方とかも忘れちゃってるし。


 そういえば、クッキーさんにあった時の対処方法どうすればいいんだっけ?






 その日、授業が終わった後。


 帰る支度をして廊下を歩いていたら、家庭科の先生に声をかけられてしまった。


「ちょっとこの荷物を家庭科室に届けてくれないか?」

「ええーっ」

「そう嫌な顔するなって、ちょっと行ってくるだけだろ?」


 今日は見たいテレビがあるから早く帰ろうと思ったのに。


 でも先生が困った顔で何度も「頼むよ」と言ってきたから、断りきれなかった。


「分かりました。はぁ~」

「ありがとな。家庭科室で片づけをしてる先生にもよろしく行っといてくれ」


 私は心の中で文句を言いながら、家庭科室に向かう。


 テレビに間に合うように早足で届けたかったけど、この荷物が何気に重くて。


 いつも通りの歩調で歩かなければならなかった。


「先生、荷物届けに来ましたー」


 そんな感じで家庭科室に到着した私は、扉の前で声をかける。


 すると、荷物を持った先生が顔を出した。


「あら、ありがとう。ちょうど職員会議が始まるところだったから助かるわ。奥の種に置いといてくれる?」


 ここで渡したかったけど、無理そうだ。


「はーい」


 私は先生とすれ違うようにして、部屋の中に入った。







 いい匂いがするな。


 まだ放課後になってから、少ししか経ってないから、授業で作ったものの匂いが残ってるんだ。


 家庭科室に入ると、甘い匂いがしてお腹がすいてきた。


 家は夕ご飯の時間が早いから、この時間になるとお腹が鳴る事もあるんだよね。


 空腹と匂いが気になりつつも、奥に棚に向かう。


 重かった荷物をそこに乗せたら、ようやく頼み事が終了だ。


「ふぅ」


 息をついて肩をまわしながら家庭科室を見回していると、さっきはなかったものが目に入った。


 家庭科室の台の上に、クッキーが入ったお皿が乗っている。


 いつの間に?


 私が入ってきた後に、誰かがやってきた気配はしなかったのに。


 首をかしげつつも、そのお皿の近くへ。


 じっと見つめてみると、すごくおいしそうで食欲がわいてきた。


「一つくらいならいいよね」


 誰が置いたのかは知らないけど、目を離したのが悪い。


 心の中でそう結論付けて、手を伸ばした。


 指で摘み上げたクッキーを口に放りこむと、サクサクとした食感とほのかな甘みがひろがった。


 満足感をかみしめていたら、突然目の前をクッキーが横切った。


「クッキーさん?」


 間違いない、この前聞いたやつだ。


 私はクッキーさんを夢中で追いかけていく。


 すると、いつの間に体が縮んでしまっていたようだ。


 小さくなった私は、自分と同じくらいのサイズであるクッキーさんを頑張って追いかけて、その扉を発見した。


 コンセントをさす穴のところが変わっている。


 可愛らしいチョコレートの扉になっていた。


 私の目の前でクッキーさんはその扉をあけて、中へ。


「うーん、どうしよう」


 私はちょっとだけためらったけど、扉の向こうから漂ってくる甘い匂いに勝てなかった。


「ま、いっか」


 よく考え乗せず、チョコレートの扉をあけて中へ入っていった。







 家庭科室に突然出現したチョコレートの扉。


 その向こうには、お菓子の世界が広がっていた。


「わあ、すてき!」


 森や平原、川や岩、そこらに咲いている花全てがお菓子で出来ていた。


 私は試しに、足元にあるを折って口元に運んでみる。


 半透明の色をしたそれは、パロパリ砕ける飴細工だった。


「うーん、甘くておいしい。ほっぺがとろけちゃいそう」


 食べたこともない変わった味。だけど今まで食べたお菓子の中で一番美味しい。


「他のはどんな味なんだろう」


 川はのど越しのいいジュースだし、木はサクサクしたウエハース。


 木の実はグミで、葉っぱはチョコレートだった。


 私は状況も忘れて、食べるのに夢中になっていた。






 我に帰ったのは、お菓子ではできた兵隊に周りを囲まれた後だった。


「なに、こいつら」


 勝手に食べたことを怒っているのか、チョコボールでできた兵隊は、荒々しい手つきで私を捕まえて、縄で縛り上げた。


「いたた、ちょっとやめてよ! あんた達のお菓子だって知らなかったんだってば」


 一応謝ってみたけど聞く耳持たず。


 縛り上げられた私は、お菓子でできたお城の牢屋に連れていかれてしまった。


 その牢屋の中には、巨大な棒とか包丁とか、調理道具がそろっていた。


 調理台らしきものに乗せられた私は、青ざめる。


 もしかして、私をお菓子にしようとしてるの?


「やめて! 私はお菓子の材料なんかじゃない、人間よ」


 必死に抵抗する私に、コック帽を身につけた料理人らしきチョコボール達が近づいてくる。


 数人がかりで大きな包丁を持った彼等は、私に近づいてきて。


「やめてっ!」


 その包丁を振り下ろした。








「はっ、えっ夢?」


 家庭科室の机に突っ伏していた私は、顔を上げ辺りを見回す。


 お菓子でできた木や花なんてどこにもなかった。


「なんだ夢か。よかった」


 ほっとした私は、窓の外が赤くなっているのに気がついた。


「うわっ、結構ねむっちゃったかも。後半だけでも見れたらいいけど。間に合うかな」


 だから、テレビに間に合うようにと急いで家庭科室を出ていく。


 外に出るとき、何かが足元を横切っていったような気がしたけど、きっと小さな虫か何かに違いない。


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