03 音楽室



 夜になると、うちの学校の音楽室では奇妙な現象が起こる。


 誰も触っていないのに、その部屋のグランドピアノが鳴り響いて、勝手にいろんな曲を演奏しだすらしい。


 ありきたりな怪談に聞こえるんだけど、この学校に今までは聞いたことがなかった。


 ありそうな話なのにね。


 なぜかこの話って、さいきん広まり始めたみたいなんだ。


 それは、誰かが音楽室で確かめたかららしい。


 その人が皆に言いふらしてるんだって。


 なんでそんな事するんだろう。


 人から注目されたいから?


 それにしては、噂を広めた人の事なんて全然聞かない。


 不思議だよね。







 だから私は、興味がわいたのかもしれない。


 仲のいい友達と一緒に、夜の学校に忍び込む事にした。


「うちの学校、警備が緩すぎじゃない?」

「不法侵入しておいてあれだけど」

「もうちょっと、鍵かけとか気をつけようよ」


 友達がこそこそおしゃべり。


 それは確かにそう思った。


 文句を言える立場じゃないけど、警備員は眠ってるし、窓の鍵はあいてるしで、うちの学校本当に大丈夫なんだろうかと思ってしまう。


 普段の授業の時が心配だ。


 だって今、廊下を歩いてる時も見回りの人間が全くいない。


 本当に大丈夫なんだろうか、この学校。


 ここまで来るのにわずか数分。


 うまく行き過ぎてるからか、なんか変に不安になってくる。






 自分の学校についてあれこれ考えていたら、目的地についてしまった。


 友達が声をかけてくる。


「ついたよ、音楽室」


 言い出しっぺの私が、音楽室の扉を開けると、何かがピカッと光った。


 もしかして見回りの人!?


 反射的に目を腕で覆っていると、音楽室の中から少年の声がした。


「あれ、もしかしてお前らも?」

「音楽室の怪談、確かめに来たのか?」

「こんな夜中に来るなんて、勇気あるなぁ」


 誰だっけ?


 目を覆っていた腕をおろす。


 やたらフレンドリーに話しかけてくる男子達を凝視してると、思い出してきた。


 そうだ、同じクラスの男子達だ。


 その男子達は、なんでそこにいるのかを説明してきた。


「俺達もこの音楽室の怪談の事がこになってさ」


 それで、私達と同じように忍び込んだらしい。


 とりあえず結果が気になったので、単刀直入に尋ねた。


「じゃあ、怪談の事はどうだったの?」


 男子達は肩をすくめたり、首をふったり。


 やっぱりピアノがひとりでに演奏するなんて、あるわけないか。


「どうせここに来たんなら、もうちょっと遊んでようぜ」


 落胆していたら男子達がお菓子やジュースを見せてきた。


 用意周到すぎだった。


「無駄足になるだろうから、それなら夜の学校で楽しく遊んだほうがいいしな」


 まあ、ただ行って帰るだけってのもつまらないし、ちょっとはつきあってもいいかもしれない。


 音楽室の隅の方にある大きな楽器、グランドピアノを見つめる。


 うん、特に変わったところはないな。







 私達は、その後男子達とお喋りしながら、お菓子を食べたりジュースを飲んだりして過ごしていた。


 一時間くらいしたら帰ろうと思っていたのに、つい長居してしまった。


 その内に眠気がやってきて……。


 気がついたら、居眠りしていたようだ。


「あれ?」


 ピアノの音で目覚めた私は、音楽室にいる人間が少なくなっていることに気づいた。


 もしかして、誰か帰ったのかな。


 そう思ったけど、違ったようだ。


 ピアノの方を見ると、蓋が開いていて、そこに気を失った人間がすいこまれていくところだった。


 完全に人間がピアノの中に入ると、何かを噛み砕くような音が響いた。


 見間違い、聞き間違いだと思った。


 それか、まだ夢を見てるんだと。


 けれど徐々に意識がはっきりしてきて、これは現実なんだと思った。


「ひっ」


 悲鳴を上げると、男の子の声がした。


「あれ、起きちゃった? 面倒だな」


 その男の子は、私の方とピアノがある方を見て、考え込む。


 ほかの男の子達も、同じような仕草をしていた。


 なんだか、別々の人間じゃなくて、まるで同じ一人の人間みたいだった。


「まあ、いいか。すぐに食べちゃえばいい事だ」


 男の子が達が息を合わせて捕まえようとしてくる。


 私は逃げようと走ったけど、向こうの方が足が早かった。


 音楽室から出られずに捕まってしまう。


 私は、おとなしく食べられてたまるかと精一杯暴れまわる。


「このっ、離しなさいよ! 何でこんな事すんのよ!」

「何でって、人間と同じようにお腹がすいたからだよ。人間だって腹ペコになったらご飯を食べるでしょ? それと同じ」

「同じじゃないわよ! クラスメイトをピアノに食べさせたりしない!」


 男の子は「ああ、それ」と説明していく。


「俺達、実は本当のクラスメイトじゃないんだよね。偽物の記憶を植え付けてるだけで」


 そんな馬鹿な、と思ったけど記憶を掘り起こしてみたら確かに違和感があった。


 目の前の男の子達はクラスメイトだと思ってるけど、まったく思い出が存在しなかった。


「俺達ピアノのお化けは、こうやって人の記憶に潜り込んで、たまに怪談の噂を流したりしてる。それで好奇心にかられてやってきた餌を食べるのが日常なんだ」


 愕然としてしまう。


 つまり自分達は、最初から手のひらの上で踊らされていたみたいだった。


「こうやって話してるうちにピアノのところまで連れてきちゃったけど、最後に何か言い残すことってある?」


 男の子に言われて気付く。


 目の前には人喰いのグランドピアノの姿があった。


 よく見るとピアノのふちには血のようなものがこびりついていた。


 私もさっきの子みたいに食べられちゃうんだ。


 悲惨な未来が頭をよぎった。


 もうダメだ。


 そう思った時。







『本当なんです。うちの子がまだ帰ってきてないんです。机の上にあったメモには夜に学校に忍び込む方法って書いてあって』


「分かりましたから。ちゃんとこちらでもすべての教室を確認している最中ですので」


 電話をしながら廊下を歩いてくる警備員さんらしき人の声が聞こえた。


 それを聞いた男の子は「ちぇっ、時間切れか」と言って、その場から姿を消していった。


 後に残されたのは、私一人だけだった。


「た、助かった、んだよね?」








 十数年後。


 学校の中のどこかの教室で、とある生徒が音楽室の噂を聞いて、悩んでいた。


「確かめたいな。怪談は本当かなぁ」


 けれど、その生徒に一人の女性教師が忠告をしていた。


「遊び半分で夜の学校に忍び込まないほうがいいわよ。それで行方不明になった子の話、聞いた事があるでしょ?」



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