05 姉妹愛



 今日の宿題はなんだったかな。


 ああ、思い出した。

 数学の宿題だった。


 数式を覚えるのが面倒くさいから、ちょっと手こずるかもしれない。


 兄貴にコツでも教えてもらおうかな。


「お姉ちゃんのばかーっ!」

「今度は私が遊ぶ番でしょ!? あんたなんか知らないんだから!」


 中学校からの帰り道、帰った後の事を考えていると、耳に飛び込んでくる声があった。


 方向は、ちょうど横からだ。


 通りがかった家の庭から声が聞こえてくる。


 姿を確かめなくても誰の声か分かった。


 それは、とある小学生姉妹の声だったから。


 どうやらケンカしているらしい。


 遊んでいるボールを姉が独占してしまったので、妹が怒っているといった状況のようだ。


 二人の声を聞いて、俺はまたかと思った。


 あそこの姉妹はよくケンカするんだよな。


 うちの近所という事もあって、たまに挨拶するし、遊ぶ事もあるんだけど、色々な事で喧嘩する。


 どうしてそんなに仲が悪いんだろうと、不思議に思っていた。


「おーいお前ら、喧嘩しないで仲良くしろよ!」


 とりあえず通りがかったついでだから、注意してみる。


 すると、こっちに気付いた姉妹が駆け寄ってきた。


 そして互いを指さして「お姉ちゃんが悪いんだもん」「この子が悪いのよ」とまた喧嘩をし始める。


「お母さんとかお父さんに怒られても知らないぞ」


 だから俺はそう言うんだけど、二人は別に気にしていないようだ。


 記憶の中では、この姉妹の両親が、二人に喧嘩を注意している光景がなかった。


 放任主義というやつなんだろうか。


「大丈夫だよ。二人とも私達の事なんてどうでもいいんだもん」

「そうよ、私達が何してたって、きょーみないんだわ」


 俺は小さくため息をついた。


 両親に対しての愛情が薄すぎないか。


 敬いの感情のかけらもない。


 それはこの子達が生意気すぎるからなのか、それとも親の側に原因があるのか。


 なんだか、心配になってきた。


 この子達、将来悪い子にならないといいんだけどな。


 前からこうなんだよな。








 その姉妹と出会ったのは、道に飛んできたボールを拾った時だった。


 妹の方がボールを蹴り飛ばしたらしいのだが、勢いよくやりすぎたらしい。


 そのボールを拾った俺は、こんな所に家なんてあったっけと思いながら、飛ばしてしまった誰かに「こっちにボールがとんできましたよ」と声をかけた。


 そしたら姉妹の声が聞こえてきて、ばたばたという慌てる音。


 とりに来た妹に「お兄ちゃん、遊んで」とせがまれた結果、つきあいが始まった。


 やましい事をするつもりはないけど、現代社会は物騒だ。


 見知らぬ人間を家の敷地内にあげるのはどうかと思う。


 けれど、家にいた両親が「相手をしてあげてちょうだい」と言うものだから、そこから仲良くなっていったのだ。


 他に友達がいないのかな、と思ったんだけど。


 聞いても「そんなのお兄さんに言う必要ないでしょ」「お兄ちゃんに言いたくない」と言葉を返されるだけ。


 それを聞いた時に二人の親でもないのに、すごく交友関係について不安になったんだよな。








 家に帰って、宿題に取りかかろうってなった時。


 兄貴の部屋を訪ねたら、つまみ食いをしていた。


 またこいつは、両親に内緒で何やってるんだ。


 食べ物を見たらお腹がすいてしまったので、つい俺も手を伸ばした。


 そこからズルズルと兄貴の部屋に長居してしまっていた。


 宿題の事を聞きながら、あれこれ世間話もする。


 そんな中で、兄貴がこの地域にある噂を話してきた。


「知ってるか? ある日突然、空き地に家が建つっていう話」

「何だそれ?」


 それはただ単に建設されただけなのでは、なかろうか。


 と思ったが、兄貴は首を振った。


 そういう話ではないらしい。


「空き地だったはずの場所に、一夜で家が建つんだよ。工事の音とか人の足音とかしないのに」

「へー」


 それで、その家の人達はまるで昔からその家に住んでいたかのようにふるまうらしい。


 そして、一か月か二か月かそこら。


 その後はその地域で過ごした彼等は、家ごと消えてしまうのだとか。


 で、その家はまた、全国のどこかの空き地に出現するんだとか。


「それって、何か実際の事件かなにがが元ネタであったりする?」

「ああ、そうだ。よく分かったな」


 そりゃ、意味不明すぎるし、なんだか話があいまいすぎるから。


 もっと裏があるんじゃないかと思ってしまうのだ。


 そんな俺を見て兄貴は、数年前の事を口にしていく。


「数年前に一家心中で家族全員が死亡した事件がどこかの家であったらしい。だけど、その家の子供達はそれを察知していて、家出の計画を立てていたみたいだ。公園で野宿するとか、山で暮らすとかな。大人から見たら馬鹿らしい話かもしれないけど。………そうしていたら何かが変わっていたかもしれないな」

「って、事は家出できなかった?」

「そうだ。間に合わなかった。だから一家心中の事件が起きた。だから、どこか遠くに逃げたいっていう子供達の感情が色んな場所の空き地に家を移動させるのかもな」


 なんだか悲しい話だな。


 本当だとしたら、早く成仏してほしいと思う。


「さて、そろそろ宿題やらないと明日に間に合わないぞ」

「あっ、しまった」


 俺は現実に引き戻されて慌てた。


 結構兄貴の部屋で時間を使ってしまった。


 俺は兄貴に「助言サンキュー」と言ってから、自分の部屋へと足早に向かっていった。







 兄貴から聞かされた物騒で可哀想な話。


 普段、そういった話を聞かないせいか、妙に頭に残ってしまった。


 だからだろう、翌日あの姉妹に会った時、二人の行動が気になったのだ。


 学校からの帰り道、二人が何やらこそこそしながら玄関の前で話し合っている。


「何やってるんだ?」


 尋ねてみると、二人は「しーっ」と人差し指を立てた。


 姉の背中にも、妹の背中にも、リュックがあった。


 まるで今から遠足にでも行くみたいな姿だ。


「お出かけでもするのか?」

「そうだよ、お兄ちゃんも一緒にくる?」

「だめよ。大勢で動いたらばれちゃうでしょ」

「えーっ、お兄ちゃんと一緒がいい」

「だめったらだめ! お母さんとお父さんに気付かれちゃうでしょ!」


 何やら親に内緒でどこかに出かけたいらしい。


 これは注意した方がいいだろうか。


 変な所に行って、あやしい人に連れ去られたり、何かの事件に巻き込まれたりしたら困るし。


 けれど、脳裏に昨日の兄貴の話が浮かんで、ためらった。


 まさか、そんな事があるわけがない。


 考え事をしているうちに、姉妹は動き出してしまったらしい。


「じゃあねお兄ちゃん、また会ったら遊んでね」

「もう二度と会う事はないでしょーけどね」

「ちょっ、待てって! 危ないぞ!」


 足早に走っていく姉妹。


 あいつらは赤の他人なんかじゃない。もう知り合いなんだ。


 遠ざかっていく二人を放っておく事なんて、できるわけもない。


 俺は慌てて、後を追いかけた。


 






 二人を見失ってからどれくらい時間が経っただろう。


 途方に暮れた俺はどうしようか迷っていた。


 諦めて家に帰ってくれていればいいが、そうでなかったとしたら?


 何かが起きてあの姉妹が命を落とすなんて事になったら、後悔してもしきれない。


 俺は、半信半疑に思いつつも、兄貴の話を思い出しながら公園や近くの山を探しに行く事にした。






 地元の人には山菜取りで有名な山。


 そこに足を踏み入れた俺は、姉妹の姿を見つけて安堵した。


 そして同時に、危険な場所に踏み入って迷ったらどうするんだと、怒りも湧いてきた。


 これはきつくしかってやらないとな、そう思って近づくのだが、一足はやく誰かがたどりついていたようだ。


 それは姉妹の両親だ。


 二人の手を引っ張って、家に連れ帰ろうとする。


 保護者が来たのなら安心だ。


 第三者が余計な口出しをしたら、話がこじれてしまうかもしれない。


 だから、そう思ってその場を後にしょうとした。


 けれど。


「やだ、お母さんもお父さんも、私達より見栄とか世間体の方が大事なんでしょ!」


 姉の言葉を聞いて足を止めていた。


「私達、知ってるんだから、明日になったら皆で死んで、この世とさよならするって!」


 これ以上聞いてはいけない。


 そう思っても、足は動かなかった。


 両親は、「そんな事しない」と反論しているが姉はまったく信じていなかった。


「嘘言わないで。だってそうじゃなかったら、私達は学校に通えてるはずよ! 物覚え悪くて馬鹿だからそんな出来の悪い私達を小学校に通わせたくなかったでしょ!?」


 その言葉を聞いて俺はぎょっとしてしまう。


 だから友達がいなかったんだ。


 同年代に遊べる知り合いがいなかったから、俺に声をかけてきたんだ。


「あんた達なんて大っ嫌い、あんな家二度と帰るもんか! 何度も逃げてるのに! 私達につきまとわないでよ!」


 その言葉を聞いた俺はたまらず、駆け出していた。


「こっちだ二人とも!」


 石をなげて、両親の気をそらし、二人に手招きする。


「あっお兄ちゃんだ!」

「えっ、なんでここに!?」

「話しは後だっ、二人とも。はやく逃げよう!」


 噂だとか噂じゃないとか、人間だとか幽霊だとかそんなの関係ない。


 あんな話を聞いて、放っておくなんてできなかった。







 俺達はそれから山の中を逃げ続けた。


 舗装された道と違って、木の根が出ていたり、でこぼこしていたりするから走りづらい。


 だから、思う様に逃げられない。


 なのに、後からおいかけてくる両親は、ぐんぐんスピードをあげてくる。


 振り返って確認すると、もうすぐそこまでやってきていた。


 このままだと追いつかれる。


 そう思った俺は、迷った。


 二人を見捨てて逃げれば、俺は助かるんじゃないかって。


 でも。


「もういいよ。私達につきあって、酷い目に遭う必要ないから」


 姉がそう言って来たので、我に返る。


 見捨てて逃げる?


 冗談じゃない。


 二人はずっと辛い目にあってきたのに、そんな事したら可哀想じゃないか。


「だったら、妹だけでもつれて逃げて。私が二人に捕まって時間稼ぎするから」

「だめだよ、お姉ちゃん!」


 けれど、姉は立ち止まってしまった。


 あっという間に両親に捕まってしまう。


 姉を捕まえた両親は、人間とは思えない姿に変貌していく。


 真っ黒い影だ。


 どこまでも大きくなっていく。


 森の木々よりでかくなりそうだ。


 しかも何本も腕をはやして、森の木々をなぎ倒してしまう。


 やみくもに暴れているようだ。


 その腕の一本がこっちにも近づいてきた。


 妹がそれに捕まってしまう。


「くっ、苦しいよ! 助けてお兄ちゃん!」

「大丈夫か!? いま、外してやるからな!」


 俺はその手を引きはがそうとするけど、力が強くてうまくいかない。


 こんな所で、二人を犠牲にしてたまるか。


 不思議と、もう逃げようなんて思わなかった。


 恐れよりも怒りが強くなっていたからだ。


「この子達の親なんじゃないのかよ。なんでこんなひどい事ができるんだ!」


 俺の親も兄貴も、たまにイジワルしてきたりするけど、でもいつでも俺の事を思っていてくれる。


 家族ってそういうものだと思っていたのに。


 こんなひどい親がいるなんて、考えたくなかった。


「愛してないなら、なんで生んだんだよ。なんでこの子達に愛子って、愛佳って名前を付けたのんだよ」


 俺は二人の名前を思い出しながら、初めて会った時のことを思い出していた。


『はじめまして、愛子よ。この子のお姉さんなの』

『これからよろしくねお兄ちゃん、私は愛佳、愛らしく育つようにってお母さんとお父さんが名前をつけてくれたの。かわいいでしょ!?』


 その名前聞いて、いい両親だなって思ってたのに。


 こんなのはあんまりだ。


 すると、なぜか腕の力が弱まった。


 妹の愛佳から腕が離れていく。


「えっ」


 何が起こったんだ?


 疑問に思っていると、その場に誰かが近づいてくる気配がした。


「おーい、こんな山の中で何やってるんだよ!」


 兄貴の声だ。


「心配したじゃないの」

「まったく人騒がせな奴め。近所の人が山に向かったのを見ていて知らせてくれてよかった」


 それに母さんと父さんの声も。


 気が付いたらあたりは真っ暗になっていた。


 もうこんな時間だったのか。


 夜空には月が浮かんでいる。


 みんな、探しに来てくれたんだ。


 申し訳ない気持ちはあるけど、こんな時なのに嬉しくなってしまう。


 けれど、はっとした。


 今こっちに来たら兄貴たちが危ない!


 そう思って、声を張り上げようとしたら……。


「えっ、お母さん? お父さん? どうして……」


 姉の愛子の不思議そうな声がした。


 ばけものになってしまった方の両親を見つめると、その姿が徐々に消えていくのが見えた。


 もしかして、成仏してくれるのか?


 そう思った予想通りに、ばけものは光の粒になって、そんまま消えていってしまう。


 最後には人間の姿で、悲しそうな顔をして二人の姉妹に「ごめんね」と呟いていた。








 それから三日後。


 例の場所は空き地になっていた。


 家が建っていた事も、誰かが住んでいた形跡も、全部なくなっている。


 周辺の人達の記憶からもさっぱりだった。


 けれど、なぜか俺の記憶だけは残っていた。


 どうしてなのかは分からないけど。


 学校帰りに空き地に寄ってみると、愛佳が出迎えてくれた。


 中学生の姿になって。


 驚く事に、あの家族の中で愛佳だけが生きていたらしい。


 けれど亡霊の呪いにとりこまれて、彼等と一緒に終わらない悪夢にまきこまれていたようだ。


 その期間は小学生が中学生になってしまうほどの時間だった。


 現在の彼女は孤児として、どこかの施設で生活しているらしい。


 けれど、たまにこの空き地にやってきて、俺と話しをしてくれる。


 愛佳は自分だけ助かろうとは考えなかったらしい。


「自分一人で家出すれば、もしかしたら私だけは助かったかもしれない。でもお姉ちゃんも助けたかったから」 


 だからずっと、亡霊と一緒に生活していたようだ。


 大した姉妹愛だなと思った。


 普段はケンカばっかりだったのに。


 愛佳の爪の垢を煎じて、あの亡霊の両親にのませてやりたいくらいだ。


「お姉ちゃんは何度も一人で家を出なよって言ってくれてたんだけどね」


 苦笑いする愛佳は、姉の事を思い出しているんだろう。


 あの後、姉の愛子も成仏してしまったから、寂しい思いをしているのかもしれない。


 だからそんな提案をしていた。


「あー、もしよかったらだけど、これからウチに遊びに来る?」

「いいの? お兄ちゃんの迷惑にならない?」

「ならないって、ウチの兄貴も親もきっと大歓迎だから。嫌じゃなければ、だけど」

「いくいく! どんな所かな!? 楽しみだなあ」

「あんまり期待しないでくれよ。普通の家なんだから」


 俺達は、並んで歩きだす。


 俺は学校であった面白い事とか、楽しい事とかを話して聞かせた。


 愛佳にはずっと笑っていてほしい。


 天国にいる妹思いの姉に心配をかけさせないようにしたいからな。


 歩き出した俺達の背後で、「妹を泣かせたら承知しないんだからね」とそんな声が聞こえたような気がした。



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