02 恋愛



 朝の時間、小学校に行くためにバスに乗っていると、話し声が聞こえてきた。


 中学生のお姉さん達が、目の前で恋バナをしている。


 ひそひそ声だったけど私はそのお姉さん達のすぐ後ろの席だから、しっかり聞こえてしまっていた。


 お姉さん達は、誰々が好きとか、誰々と誰々がくっつくとか、色んな事を喋ってる。


 大抵は楽しそうな話題ばかりなんだけど、たまには悲しい話もあった。


 好きなのに両想いじゃなかったとか、すれ違いが重なって別れてしまったとか。


 そんな話をしている時は、すごく辛そうだった。


 やっぱり、恋愛って楽しいばかりじゃないんだな。


 脳裏に思い浮かぶのは、家族の姿。


 母も父も、恋愛をして幸せになったわけじゃないから。







 学校で授業を受けた私は、チャイムの音を聞いて中庭へ向かった。


 今は放課中。


 だけど遊んではいられない。


 園芸委員である私は、放課に花へ水をやらなければならないからだ。


 面倒だとは思わない。


 花を育てるのは好きだったから。


 ホースを引っ張ってきて、花に水をあげていると、誰かが話しかけてきた。


「君、いつもここで水やりしてる子だよね」


 男の子だ。


 花が好きなのか、興味深そうに花壇を眺めている。


「もしよかったらだけど、話をしない?」


 ちょうど暇だったから、私は「いいよ」といった。


 その後男の子は、色んな話をしてくれた。


 そのどれもが面白くて、つい夢中になっていた。


「またここに来て話をしてもいいかな? 男のくせに花の話をすると、皆にひかれちゃうから」


 ひどい奴がいたもんだ。


 何を好きになるかなんて、人の自由なのに。


 なんだか他人事には思えないな。


 私も運動好きなのに、こういう事やってるから。


「また面白い話聞かせてよ」

「うん」







 その日から、雨の日以外の水やりの日は毎日、男の子と話した。


 もしかしたらこれが恋ってものなのかも。


 男の子のことを思い浮かべると心臓がドキドキした。


 でもそれなら、絶対にあの秘密は知られてはいけない。


 じゃないと、せっかくのこの恋が終わってしまう。


 私は、いつものようにバスに乗って、いつものように学校に行って、いつものように花の世話をするんだ。








 朝。


 家の中で目覚めた私は、学校に行く用意をして、玄関へ向かう。


 テーブルの上に突っ伏して返事をしない母に「いってきます」の挨拶をして家を出た。


 広げたスーツの上で子供みたいに寝転がっている父にも、ちゃんと挨拶を言ってきた。


 しばらく挨拶していなかったけど、今なら口を聞いてもイライラしないような気がしたから。


 バス停でぼうっとしていたら、ほどなくしてたくさんの通勤客や通学者を乗せたバスが到着。


 乗り込んだ。


 バスに乗っていると前の席の、中学生のお姉さん達がまた恋バナをしていた。


 どんな表情をしているのかなんて、顔を見なくても分かる。


 だって、とても楽しそうだし、嬉しそうだ。


 今日はいい話ばっかりだな。


 友達のカップルがうまくいってるとかそういう話。


 聞いていると、私までなんだか幸せな気持ちになってくる。






 学校についた私は、いつも通り学校で授業を受けて、花の世話を行った。


 今日はちょっと元気がないな、多めに水をあげようかな。


 ホースで大量の水をまいていると、今日もあの男の子がやってきた。


 そして、二人だけのおしゃべりの時間。


 男の子と話す時間は楽しい。


 初めのうちは内容が興味深かったから、楽しみにしていたけれど、今は純粋に男の子といられるのがいい。


 けれど、そんな楽しい時間は唐突に終わった。


「今日、君の家に遊びに行ってもいい?」


 私は焦った。


 それは、絶対にだめだからだ。


 私の家を見られたら、きっとこの恋は終わってしまう。


 それだけは避けたい。


 だから私は、男の子の訪問を断った。


 本当は、学校の外でも会えるのはすごく魅力的だったけど。


 家だけはダメなのだ。


「そっか、残念。また今度に、声をかけるね」






 家に帰った私は、急いで庭を掘っていた。


 見られたくないものを、絶対に見えない場所に隠さなくてはいけないから。


 外で男を作って遊び歩いて、たまにしか帰ってこない母や。


 同じく外で女性と遊んで、たまにしか家に帰ってこない父だったものを。


 互いに、叶わない恋に夢中になって、相手に振り向いてもらおうと必死になっていた。


 相手は遊びで、仕事で母と父につきあってあげてるだけなのに。


 そんな家族が嫌いだった私は、二人を楽にしてあげるために、睡眠薬を大量に使った。


 母が前に不眠症だった時の薬が、大量に残っていたから。


 理解できない両親の事を嫌いだったけど、今は少しだけ許せそうだった。


 恋愛って、夢中になるにあたいするものなんだと分かったから。


 だから、隠す。


 あの人に嫌われないために。


 恋を実らせるために。


 両親をまた嫌いにならないために。


「さようなら。お母さん、お父さん」


 穴に放り込んだそれが、息を吹き返すことはない。


 もうずっとそうだったのだから、今更確認することでもない。


 汚れた物を庭に埋めちゃったから、何か綺麗な物でも上から植えたいな。


 そうだ、花壇を作ろう。


 お花は綺麗だから好き。


 喋らないし、動かないし、私が頑張れば頑張った分だけちゃんと応えて綺麗に成長してくれるから。


 精一杯機嫌取りしたり、外に行かないでと我儘を言ったり、お世話をしたりしても何も応えてくれない両親じゃないから。






 数日後、学校で水やりをしていた私は、待ち望んでいた言葉を聞いた。


「今日こそは君の家に遊びに行ってもいいかな」


 いつでも大丈夫だと私は頷いた。


 だって、お父さんとお母さんには、ずっとカイガイでオシゴトしてもらうから。


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