04 ミラーハウス
今日は休日。
学校はお休みの日。
だから、好きな所に行けるし、好きに遊ぶことができる。
一人でね。
両親と一緒に出かけないのかって?
あんまりないかなぁ。
うちは両親共働きで、平日も休日も忙しい日が多い。
だから、一人で遊ぶことが多いんだ。
でも平気。
休日の過ごし方で困ったことはないよ。
だって私の近所には、すっごく大きな遊園地があるから。
おうちを出てから、歩いて十数分。
駅の近くにその遊園地はある。
全国からたくさんの人たちが遊びに来る、とっても有名な場所。
テレビで何度も放送されてたりするし、雑誌の表紙を何度も飾っているような所。
そこは、たぶん知らない人はいないんじゃないかなってくらい、大きな所なんだ。
私はその遊園地の入り口に行って、とある紙切れを見せる。
それは、一年間遊園地行き放題のパスポート。
これがあるから、休日はぜんぜん退屈しなくてすむんだ。
私は自由にあちこちのアトラクションを楽しんでいく。
私のパスポートは、入場無料だけじゃなくて、乗り物乗り放題もついてるから。
メリーゴーランドとかティーカップ、ジェットコースターとか、好きに遊べちゃう。
今日は、その三つはもう遊んだから、あとはお化け屋敷にでも行こうかな。
それとも、お母さんからもらったご飯代で、食べ物を買おうかな。
迷っちゃうな。
あれこれ考えながらぶらぶらしてると、同じ年くらいの男の子に声をかけられた。
「ねぇ、あっちに面白いのがあるよ。一緒に遊ばない?」
その男の子は、やけに古臭い服を着ていた。
数年前にはやったデザインの服だ。
「行ったことないでしょ、すごく楽しいよ、遊ぼうよ」
その男の子は、指をさして私の腕を掴んだ。
知らない子なのに、すごく馴れ馴れしい。
私はなんだかむっとしてしまう。
今までそんな風に腕を急につかまれたことなんてなかったのに。
乱暴な男の子だな。
「嫌よ、私ほかの所で遊ぶんだから」
だから腕を振りほどこうとしたんだけど、びくともしなかった。
予想以上に力が強いみたいだ。
けれど私はためらってしまう。
だって、そうして私が拒絶すると、男の子はしょんぼりとしたから。
悲しい顔で「一人で遊ぶのはつまらないんだもん」という。
そんなこと言われると断りづらくなるじゃん。
脳裏に浮かび上がるのは、一人で家の中にいる自分の姿。
そういえば私も、昔はひとりぼっちの休日が寂しかったな。
「仕方ないわね。ちょっとだけなんだから」
「やったあ、ありがとう!」
男の子に導かれて向かった場所には、見覚えのない建物があった。
「あれっ、こんなところにあんな家あったかな」
一週間前にもこの遊園地には来たけど、その時は建っていなかった気がする。
ここ数日で急にできたの?
アトラクションってそんなに早く作れちゃうもんだっけ?
首をかしげていると、男の子が私を引っ張ってどんどん先へと向かってしまう。
「ちょっと、待ってよ!」
「早く早く!」
「もうっ」
せかされるままに走っていく。
近づいてみると、何のアトラクションかわかった。
建物に打ちつけられた看板にはミラーハウスと書いてある。
どうやら鏡でできた迷路のようだ。
タイムをはかっていて、早く出てこれた人は景品がもらえるらしい。
「あっ、あのぬいぐるみ可愛い! あんなのがもらえるんだ!」
全然乗り気じゃなかったけど、景品がもらえるならやる気が出てきたかも。
私は入り口で手招きしている男の子の方へ向かった。
中に入ると、予想通り鏡だらけだ。
右も左も、前も後ろも、鏡。
全部が鏡に見える。
「うわー、大変そう」
タイムに挑戦するつもりだったけれど、出口を探すので精いっぱいになりそうだった。
げんなりしていると、先に行っていたはずの男の子が戻ってきて、「道なら詳しく知ってるよ」と案内してくれた。
「すごい、これなら良いタイムが出せるかも」
その案内は的確で、すいすいと前に進んでいく事ができた。
けれど、どれだけ進んでも、一向に出口にたどり着かない。
「ねぇ、まだ出られないの?」
「このミラーハウスは長いんだ」
「飽きてきちゃった」
「だったら、お話しようよ。知ってる歌とかアニメの話を教えてよ。僕、流行とかよく知らなくて」
仕方なく私は、知ってることを色々話し始めた。
同年代の子達なら当たり前に知ってる事でも、いちいち大げさに反応してくれるから、つい時間も忘れてお喋りしちゃっていた。
けれど、
「あれっ」
ふと鏡に視線を向けた時、違和感を感じた。
なぜか鏡にうつった自分が、変な動きをしたような気がした。
気のせいかと思ったけれど、二度視線を向けると、確信に変わった。
「やっぱり動いてる。ねえ、この鏡変だよ」
だから、私は男の子にそう言ったんだけど、その瞬間男の子がぱっと手を離したから転びそうになった。
「ちょっと、危ないじゃ……。あれ、なんで? さっきまでそこにいたのに」
文句を言おうとしたけど、その相手が見つからない。
混乱していると、あり得ない場所から声がかかった。
「こっちだよ」
それは鏡の中だ。
鏡の中に、男の子が映っていた。
「嘘、なにかの手品?」
「あははっ、そんな分けないよ。ねぇ、君もこっちに来てずっと一緒に遊ぼうよ」
笑い声を上げる男の子は、こっちに手を伸ばしてきた。
鏡をこえて、手が伸びてくる。
「やめて!」
その手につかまてしまったらまずい。
そう思った私はその場から逃げ出した。
けれど、どれだけ探しても出口が見つからなかった。
このまか、ここにずっといなくちゃいけないの!?
「誰か、ここから出してよ!」
走ってると、鏡ばかりの景色にくらくらしてきた。
休憩したくなったけど、あの不気味な男の子に追いつかれたくなかったからやめた。
けれど、案内がなくなったから鏡のある場所とない場所の見分けが簡単につかなくなったのが大変だ。
手とか肩とか頭とかをあちこちぶつけてしまう。
それでも探し続けて、出口らしき扉を見つけた時はほっとした。
これでここから出られる。
はやる心を胸に、扉に手をかけようとしたら、体が動かなかった。
腕を後ろから引っ張られていたからだ。
ゆっくりと振り返ると、そこには鏡から上半身を出した男の子がいた。
そう思ったけれど、「あははっ、鬼ごっこ楽しかった! もっとやろうよお姉ちゃん」
悲鳴も口にすることなく、私は鏡の中に引きずり込まれていった。
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