05 ミカとゴーストハウス



「………ちゃん、どうしたの?」


 話しかけられた私は、通学路に落ちているその人形を拾って、友達に見せた。


「この人形が落ちてたんだ。多分あそこの家の窓からなんだと思う」


 見上げた視線の先には、これから向かう家の窓。


 開いていて、カーテンがなびいてる。


 家がどこか分からなかったけど、この人形のおかげで目的地を見つけることができた。


「この家であってると思う」

「じゃあプリントのついでに届けちゃおうよ」

「そうだね。きっと落とちゃって困ってるだろうし」


 友達に向かってそう言った瞬間、手の中の物が消えてしまった。


 視線を戻して首をかしげていると、なぜか何を考えていたのか忘れてしまっていた。


 まあ、いいか。


 私は対して深く考えなかった。






 私は、目の前の家を見て、帰りたくなった。


 けれど、背後にいる者たちが期待を込めた視線を送ってきているから、そんな選択肢はないに等しい。


 私はため息をついて、表札の下についているチャイムのボタンを押した。


 遠くから、ピンポーンという音が聞こえてくる。


 これでお客さんが来たことが伝わったはずだけど。


 家の中から住人が出てくる気配はない。


 どうしようかなと考え込んでいると、家の扉が勝手にあいた。


「扉が勝手に……」


 人の影はない。


 何かの拍子に自然に開いてしまったのだろうか。


 まさか……、家の中にいる人ならざる何かが開けたとか?


 いや、そんな馬鹿らしい事があるわけがない。


 どんなに古ぼけた家だったとしても、幽霊なんているわけがないんだから。


 私は、背後で震えている者たちに、とりあえず「行ってくるね」と伝え、歩き出す。


 開いた扉から家の中へ。


 掃除がきちんとされていないらしく、あちこちに埃が積もっていて、クモの巣がはっている。


 見るからにお化けが出そうな家だった。


 いやな想像を頭からふりはらって、大声で叫んだ。


「ごめんください! クラスメイトのミカちゃんにプリントを届けに来ました!」





 私はその建物を見て、一目でそう思った。


 でも入らないという選択肢はない。


 一週間後に控えたイベントのプリント。


 きっとないと困ってしまうだろうし。


 休んだクラスメイトのミカちゃんは、体が弱い。病弱な子。


 よく学校を休むから、先生が学校のプリントを届けていた。


 けれど今回はどうしても外せない用事があったみたい。


 私達女子グループに声をかけてきた。


 だから皆でどんな家かなって話をしながらここに来たんだけど……。


 まさかこんなオンボロ……じゃなく古臭い……でもなく歴史のありそうな家だったとは。


「ごめんくださーい、誰かいませんかー」


 とりあえず声をかけてみるけど、何の返事もない。


 家の人はどこかに出かけてるのかな。


 なんとなくバツが悪くなって引き返す。


 空き巣とかと誤解されたら嫌だし、もしもここが自分の家だったらと思うと、誰かに勝手に入ってほしくはない。


 だけど。


「開かない?」


 閉めたはずのない玄関が閉まっていて。


 いろいろやってみても開かなくなってしまっていた。


 この家、建て付けが悪すぎる。


 脳裏にかすめた、お化けがいたずらした可能性を排除して、そう結論付けた。


 窓の外には、離れたところで待っている友達。


 どうにかして、外から開けてもらおうと思い、口を開くけど。


 その瞬間、ものすごい勢いで雨が降ってきた。


 さっきまで晴れていたのに、当たりは薄暗くなっていて、雷まで鳴っている。


「えっ、傘持ってきてないのに」


 どうにかしてこの家から出られても、これでは家に帰れない。


 外にいる友達も傘を持ってなかったから、きっと今頃大変だ。


 窓の向こうに視線を凝らすけど、滝のような雨のせいで何も見えなかった。






 外が暗いから、振り向かなくても窓ガラスの反射で室内が見えた。


 何か動くものがある?


 ……と思って、目を凝らすとそこには骸骨の姿が。


 悲鳴を上げようとしたら声がかかった。


「いらっしゃい、来てくれたんだ。もしかしてプリント?」


 知っている声。クラスメイトのミカちゃんだ。


 私はほっとして振り返る。


 すると、そこには想像通りの人物がいた。


「うっ、うん。先生に頼まれて。それよりおうちの人は? 玄関あいてたから勝手に入ってきちゃったけど」

「パパとママはお出かけなの。病院に行って、私の薬をもらってきてくれるんだって」


 ミカちゃんが玄関に近づいて触れると、さっきの事が嘘のように簡単に開いた。


「でも、カギをかけ忘れちゃったみたい」

「そっ、そうだったんだ」

「それより、外すごく雨が降ってるけど、傘持ってないよね」

「うん、天気予報は晴れだって言ってたから」


 外はやっぱり土砂降りの雨。

 みんなの姿は見えないけど、いくらなんでもこんな時に、外で待ち続けたりしないはず。

 きっと帰ったんだろう。


 玄関をしめて、しっかり施錠したミカちゃんはにっこりと笑う。


「雨がやむまで、お家で遊んでいかない? 今外に出たら風をひいちゃうよ」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 




 ミカちゃんの部屋にやってくると、そこにはたくさんのゲームがあった。


 テレビゲームとかもあるし、ボードゲームとかもたくさん。


 やったことがない珍しいものもある。


「へぇー、いろんなゲーム持ってるんだね」

「うん、さみしい思いをさせたくないからって買ってもらったんだ」

「お母さんとお父さん優しいんだね」

「……うん」


 ミカちゃんは、おすすめのゲームを持って来て床に広げ始めた。


「これやってみて。すごく面白いんだよ」

「見たことないなぁ。どんなやつなの?」


 私は、ミカちゃんにルールを説明してもらいながら、そのボードゲームを始めた。


 人生ゲームっていって、架空の人生を体験できるやつだ。


「わー、また負けた!」

「えへへ、また私が勝ったね」


 ミカちゃんは楽しそうに笑って、得意げな表情になる。


 悔しいから何度も挑戦してみるんだけど、全然勝てない。


 これってコツとかあるのかな。


「もう一回!」

「分かった。じゃあ、最初からね」


 それにしてもゲームばっかりだな。


 女の子の部屋って言ったらもっとぬいぐるみとか可愛いものがあると思ったけど。


 まあ、私も手入れが大変だからって、ぬいぐるみ置いてないんだけどね。


「ミカちゃんはぬいぐるみは好きじゃないの?」

「あんまり。もう人形が一つあるから、他のを買っちゃうとその子が嫉妬しちゃうかなって」

「そっかー」






「むにゃ、やったー、私の勝ち。ん?」


 気がつかない間に眠ってしまったらしい。


 窓の外は真っ暗になっていた。


 相変わらず、雨はざあざあと降り続いて、雷も鳴ってるけど。


 ボードゲームに夢中になっていた私は、いつのまにかミカちゃんの部屋のベッドで眠っていたみたい。


「うわっ、もうこんな時間!? 早く帰らないと!」


 お母さんとお父さんが心配してしまう。


 でも、こんな天気だから電話をして迎えに来てもらおうかな。


 傘を借りて出ていっても、きっとずふ濡れになっちゃうだろうし。


「そうと決まればミカちゃんに聞かないと」


 見回しても、この部屋の中にはいない。


 けど、病気で休んでたんだから家の中のどこかにはいるはずだ。


 探しに行こう。







 電気ついてないな。


 よく見えないから歩きづらい。


 時々雷の光が窓から差し込むから、それを頼りに歩いてるけど。


 ミカちゃんの姿は全然見つからない。


「どこにいるんだろう」


 真っ暗な中、人の気配がしない所を進んでいくのは、かなり疲れる。


 早く見つかってくれればいいんだけど。


 そんな中、通りがかった部屋の中から、ガチャンと何かが落ちる音がした。


「わっ、なに!?」


 もしかして中にはミカちゃんがいるのかな?


 そう思って扉を開いてみた。


 けれどその部屋には誰もいなかった。


「なに、この部屋」


 でもそんな事より、部屋の内装が気になった。


 だって、骸骨の模型があったり、水晶があったり、魔法陣があったりして不気味。


 ここで怪しい儀式が行われているんじゃないかと思えてくる。


 中でも目を引くのは、部屋に並べられている人形。


 数十体もあるその人形は、どれも同じ顔だった。


 しかも。


「ミカちゃんにそっくりだ」


 顔がクラスメイトの女の子とよく似ていたのだ。


 私は、扉を閉めて外に出る。


 なんだか怖い。


 あの部屋を誰が作ったのか知らないけど、もうここには来ないでおこう。


 ミカちゃんには悪いけど、傘を見つけたら帰っちゃおうかな。


 そう思って廊下を歩いていくと、次の瞬間家の近くに雷が落ちた。


「わっ!」


 大きな音と共に、まぶしい光が家の中に差し込んでくる。


 その時見えたのは、壁に張り付けられたたくさんの写真、天井から吊るされているたくさんの人形。


「ひっ」


 ありえなかった。


 部屋に入る前、さっきはこんなものなかったのに。


 こんな一瞬で、誰かがやったの?


 人形はさっきのあやしい部屋にあったものと同じだった。


 じゃあ写真は?


 怖かったけれど、ゆっくり近づいて目を凝らしてみる。


「ミカちゃんの写真だ。でも、隣には写ってるのは、お母さんとお父さんなのかな」


 そこには仲のよさそうな親子の写真があった。


 数秒見つめて我に帰る。


 そうだ、こんな事してる場合じゃない。


 帰らないと。







 不気味な家を進んでいった私は、だけど迷子になってしまった。


「気のせいじゃない、なんか道が変わってる」


 それは、行きに通ってきた記憶がアテにならないためだ。


「どうしよう」


 途方に暮れていると、近くの部屋の扉がひとりでに開いて驚いた。


「わっ」


 室内は暗くてよく見えなかったけど、目を凝らしているうちに電気がついた。


「もしかして、ここに入れってこと?」


 こんなあからさまに怪しい部屋に入る人間なんていない。


 私だってそうだ。


 けど、「助けて」ってなんだか悲しそうな声が聞こえた気がして、思わず足を踏み入れてしまっていた。


 そこには、たくさんの棚が並んでいた。


「こんなにたくさんの本、何の本だろう。あっ全部治療の本だ」


 とある病気を治すために集められたのかな。


 皆違う本だったけど、同じようなタイトルだった。


 試しに本を手にとって、ページをめくってみると、脳裏に知らないはずの光景が蘇ってきた。


 小さな人形を抱きしめてた女の子がベッドの上で悲しそうにしている。


 その女の子の横で、男女が言い争っていた。


『あの先生にお願いすれば、ミカの病気は必ず治るわ』

『いやだめだ、俺が言う先生の方がいい』


 ミカちゃんの家族だ。


 どうやら、治療方針でもめているみたい。


 両親の言い争いを聞いているミカちゃんは悲しそうな顔のままだった。


『ああっ、ミカ! こんな歳で死んでしまうなんて可哀想に』

『大丈夫だ。パパたちが高名な先生を見つけて必ず蘇らせてやるからな』


 ミカちゃんは病気に勝てずに死んでしまった?


 だから、両親は高名な先生とか、さっきの部屋にあった黒魔術とかで蘇えらせようとしたの?


 頭の中の映像が終わったから考えをまとめていると、その部屋にミカちゃんがやってきた。


「気づいちゃったのね」

「ミカちゃん」


 クラスメイトのミカちゃんは最近学校に来ていない。


 最後に教室で姿を見たのは、一か月も前だ。


 そんな事を考えていたら、ミカちゃんが悲しそうな顔で頷いた。


「うん、予想通り。私は死んじゃってるの。でも、お父さんとお母さんがやった魔術の影響で、魂だけがこの世から離れられなくなっちゃったんだ」


 ミカちゃんの口から語られたその言葉に、私は何も言えなくなる。


「もう私の事であの二人が苦しむのは見たくない。お願い、あの部屋を壊して」

「分かった、けど。それならどうして最初にそれをお願いしなかったの?」


 初めからそう言ってくれてれば、ミカちゃんがいなくなった後に怖い思いをせずにすんだのに。


 非難するような気持ちが湧いてきたけど、続いた言葉に私はまたしても何も言えなくなってしまった。


「魂だけになってからは、体の辛さに悩まされることがなかったから。友達と思いっきり遊びたかったんだ。怖い思いをさせてごめんね」


 なんだか自分が情けなくなって、泣きたくなった。






『部屋を壊すなんて許さないぞ!』

『ミカの復活を邪魔する人間は敵だわ!』


 気まずい思いをしていると、部屋に声が響いた。


 それはさっき頭の中で再生された、ミカちゃんの両親の声だ。


「ミカちゃんのお父さんのとお母さんも死んじゃったの!?」

「違うわ。二人とも今ごろ海外の霊能者を訪ねている頃だから、これは強すぎる二人の思いが発生させた怨念なの」

「えええっ」


 私はたまらず部屋を飛び出した。


 向かうのはさっき入った黒魔術の部屋。


 ミカちゃんも後ろからついてくる。


『待て!』

『行かせないわ!』


 天井から吊るされていた人形の目が光る。


 紐がちぎれてひとりでに動けるようになった後は、こっちに向かってきた。


 そのうちの何体かの人形が窓ガラスに激突していって、「何してんの!?」と意味がわからなさすぎて叫んでしまった。


 でもその理由はすぐにわかる。


 武器を作るためだった。


 ガラスの破片を手にした、とてもやばい人形達が誕生した。


『ミカは俺達が(私達が)絶対に守る!』


 それくらい心配してくれるのは子供として嬉しいかもしれないけど、やっぱり怖い!


「危ない!」


 今だってミカちゃんがとっさに突き飛ばしてくれなかったら、人形に刺されていたかもしれない。


 急いで起き上がって走り出す。


 ミカちゃんも無事だったようだ。


「ミカちゃん、さっきの黒魔術っぽい部屋がどこにあるか分からない?」

「この家の構造は完全にランダムに変わるから。私にも」


 申し訳なさそうに言うミカちゃんをこれ以上は責められない。


 とにかく気合で探し出すしかないようだ。







 走り続けてどれだけが経っただろう。


「わわっ」


 何度目かの人形の突進を避けた私は、ついに目的の部屋を見つけた。


「あった!」


 体当たりするかのように扉にぶつかり、部屋に飛び込んだ私は、ありったけの力でそこらにあったものを壊し始める。


「ミカちゃんはここの部屋の物、触れないの!?」

「自分をこの世にとどめている魔術の発生源には干渉できないみたい」


 難しくてよく分からなかったけれど、私が頑張るしかないという事だけは分かった。


 ミカちゃんはその代わり襲ってくる人形に対処してくれている。


 こうなったら、器物損壊とか考えてられない。不法侵入も結局しちゃってるし!


 ミカちゃんの安らかな成仏と、後は自分の安全もかかっているし!


 私は、半分砕け散った骸骨ののかけらを手にして、最後に残っていた水晶を砕きにかかる。


 その途中で体から何かが抜け出していくような感覚があったけれど、必死だったから考える余裕がなかった。


 ミカちゃんが背後で「危ない! 逃げて!」と叫んでいる。


 何かやわらかいものが背中に当たる感触がした。


「これで終わり!」


 私は、それにかまわず水晶を壊しきった。


 すると、すぐ背後まで迫っていたらしい人形が、雄叫びを上げながら消えていった。


 ミカちゃんの脇をすり抜けて来たようだ。


 危なかった!


 時々聞こえていた怨念の声も、もうすっかり聞こえなくなっている。


 部屋の外に出てみたら、人形はもちろんたくさんの写真もなくなっていた。


 窓ガラスからは、夕日が差し込んできていて、家の外から友達が何かを叫んでる声が聞こえてきた。


 ひょっとして、この家の外ではあんまり時間が経ってないのかな。


 ミカちゃんの方を見ると、その体が透けて消えかかっていた。


「もうさよならの時間だね。最後にお願いがあるんだけど」


 私はミカちゃんから一枚の手紙を受け取る。


「おとうさんとお母さんへの手紙を、私の部屋に置いてきてほしいの。いいかな」

「当たり前だよ。友達の頼みだもん」

「じゃあ、消えるところは見られたくないから、別のところにいってるね」

「うん」


 名残惜しい気持ちをこらえながら、背中を向ける。


 けれどやっぱりさみしくなっちゃったから、振り返った。


「ぐすっ。ミカちゃん、また遊びたいよ」

「大丈夫、いつまでも向こうで待ってるから」


 抱きつこうとしたけど、生きてないからか広げた腕がからぶってしまった。


 それがどうしようもなくさみしくなる。


「またね、ミカちゃん」

「うん、また」


 私は、これ以上友達を困らせないために、手紙を持って歩き出した。






 彼女が歩き去ったのを見届けてから、私はあの部屋へ戻る。


 めちゃくちゃになった部屋の中で、唯一消えなかった人形に話しかけた。


 一度触れようとしたけれど、この体じゃ触れられないのが悲しい。


「あなたがあの子をこの家に導いてくれたんだよね。ありがとう。最後も私の友達を守ってくれて」


 思えば病気と戦っている時も、ずっとそばにいてくれた人形だ。


 もしかしたら何らかの意識が宿っていたりするのかもしれない。


 自分には感じ取れないが。


「手紙にあなたを大事にするように、お父さんとお母さんに書いておいたから。私の代わりに二人によろしくね」


 最後に言葉をかけて時間が来た。


 完全にこの世から消え去る瞬間、その人形がかすかに笑ったように見えた。


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