03 ホラーハウス





「出かけるわよ。荷物を持ってお父さんの車に乗ってなさい!」

「はーい」





 休日にさ、家族と一緒にたまに行く遊園地があるんだ。


 けど、そこに気になるアトラクションがあって、ずっと中を見てみたいなって思ってたんだけど。


 恐怖の館「ホラーハウス」っていう名前。


 見た目は普通かな。


 特に他の遊園地にある「ホラーハウス」のアトラクションと違いがあるわけじゃない。


 普通にホラー物っぽい絵が描かれていて、骸骨とかお化けとかの人形が入り口に飾ってある。


 でも、やけに気になるんだ。


 それは、声だ。


 その「ホラーハウス」の前を通り過ぎるときに、楽しそうな声で「おいでよ、おいでよ」って聞こえてくるんだ。


 その声がさ、あんまりにも楽しそうだから、一体どんな風なんだろうって思って仕方がない。


 興味が強くなるばかりなんだ。


 だから、つい行きたくなっちゃう。






「ねえ。お母さん、お父さん。あのホラーハウス行ってみたい」


 けれど、僕がそう言うと、二人は怖い顔をしてダメだって言うんだ。


 いつもそう。


 ホラーハウスだけはダメなんだ。


 お母さんもお父さんも、怖いのが苦手ってわけじゃないのに。


 むしろ、けっこうホラーものの映画とかテレビ番組とか好きな方なのに。


 ホラーハウスだけだめだって。


 なんでだろう。


 僕がホラーハウスに近づこうとすると、二人とも僕の腕をぐいっとひっぱって、その場から早く離れようとするんだ。


 家にはホラーハウスの新聞記事があるくらい、なのに。


 本当は二人とも好きなんでしょ?


 なのになんで?


 変なの。






 釈然としない思いで、その日も「ホラーハウス」に入ることなく遊園地を出ていく。


 と思ったら、お母さんが忘れ物をしたみたいだ。


「大変、ないわ! レストランにお気に入りのポーチを忘れてきちゃったみたい!」


 慌てた様子でお母さんがレストランへと戻っていく。


 お昼によった時、どこかに置いて出てきちゃったのかな。


 だから、僕とお父さんは出口の前で待つことになった。


 急に暇になったなと、ぼんやりしながら考えていると、近くにいた人がこっちにやってきた。


 冷や汗をかきながらお腹を抑えた男の人が、お父さんに「トイレがどこにあるか知りませんか」と言っている。


 辺りをみまわしても、近くにスタッフさんはいないみたいだから、お父さんが指をさして詳しく道のりを教えてあげていた。


 これはチャンスだ。


 僕はお父さんの視線が外れた隙に走り出した。


 





 念願のホラーハウスだ。


 アトラクションのまえにいた係員さんに僕は、チケットを見せて入っていった。


 のりものチケットがちょうどあまってたんだ。


 捨てなくてよかった。


 わくわくしながら入ったホラーハウスは、不気味な雰囲気に満ちていた。


 普通だったら怖がるだろうけれど、僕はそういうのが大好き。


 臨場感のあるアトラクションだなと思いながら、先に進んでいった。


 ホラーハウスの中では、不気味な妖怪やお化けの人形がたくさん並べられていた。


 なかには仕掛けで動くものもあって、なかなか楽しかった。


 角から突然おばけの首がのびてきたり、牢屋の中が突然光って白骨体が呪いの言葉を呟いたり。


 色々な所に工夫が散りばめられていたから、何度も来たくなった。


 あれっ、急に電気が消えちゃった。


 そういう仕掛けかな。


 足元が急に冷えてきたな。


 霧まで出てきた。


 すごいな、このホラーハウス。


 演出が凝ってる。


 でも、辺りが見えないから進みづらい。


 遠くの方に、人魂みたいなのが光ってるからそっちの方に歩いていってみよう。






 結構歩いたな。


 この建物って、どれだけ広いんだろう。


 外から見たときは普通に見えたのに。


 ようやく人魂のもとにたどり着いたけど、これからどうしよう。


 辺りを見回していたら、足元がびちょびちょに濡れてしまった。


「うわっ、冷たっ!」


 目を凝らしてみると、そこに川があるのが見えた。


 ええっ、部屋の中なのに?


 なんだか変だぞ。


 首をかしげていたら、何かを踏んづけてしまった。


 花だ。


 川の周りにはたくさんのきれいな赤い花が咲いてる。


 これ、なんて花なんだろう。


 なんか物騒な名前がついてたような気がするけど。


 思い出せないな。


 首をかしげていたら、どこからともなく人魂が集まってきた。


 えっ、なにこれ?


 戸惑ってると、人魂の一つがゆらゆら揺れながら話しかけてくる。


「覚えているかい、お前のおばあちゃんだよ。おおきくなったねぇ」

「おばあちゃんの声だ!」

「おばあちゃんは今、暗くて冷たい場所にいるんだ、どうか助けておくれ」


 おばあちゃんの声で喋る人魂は、そのままふらふらとどこかへ移動しようとする。


「待って!」


 おばあちゃんは確か数年前になくなったはずだとか、しゃべる人魂なんておかしいとか考える余裕はなくなってた。


 なんでか、頭の中がもやにつつまれたようになって、ぼんやりするんだ。


 だから、遠ざかっていく人魂に手を伸ばしながら、前に進んでいく。


 川に入って歩くことになるから、靴とか足が濡れちゃうけど、もうそんなのどうでもよくなっていた。


 そのまま、人魂を追いかけ続けた。






「どうしてどこにもいないの?」

「おーい、いったいどこに隠れてるんだ! 怒らないから出てきなさい!」


 その日、その遊園地では閉園間際の時間に誰かを探す夫婦が目撃された。


 その時刻よりも少し前、一人の少年がその遊園地には存在しないはずのホラーハウスへ向かっていくのが目撃されたが、話の真偽は不明のままだった。


 その夫婦は後に泣きながら取材者の前で、息子から目を離したことを後悔する事になる。


「私の地元でも、存在しないはずのホラーハウスに入っていなくなった同級生がいたんです。私があの時、忘れ物をしなければ……、ううっ!」

「お前は何も悪くない。しっかりするんだ。まだあの子が帰ってこないときまったわけじゃないだろ」


 その遊園地で発生した行方不明事件は、その後何十年も未解決事件として扱われることとなる。


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