07 ジュエルと瞳



 とある砂漠の中、死にかけていた男がいた。


 その男は、旅の途中だった。


 行きたい場所があったが、運悪く野盗に襲われてしまい重症の怪我を負ってしまっていた。


 このままでは命の火が消えてしまう。


 男はそう思ったが、傷が深すぎてその場から一歩も動けないでいた。


 しかし、そこに助けの手が差し伸べられた。


「大丈夫? しっかりして」


 死を覚悟したその瞬間に、男は美しい瞳の女に出会った。


 キラキラと輝くその瞳は、まるで宝石のようだった。






 生死の境を彷徨う男は夢を見る。


 それは悪い夢。


 悪夢だ。


「お前なんかがーーになれるわけがない」


「できそこないの頭で」


「無駄な努力を」


 巨大な手術用のメスが、そう悪口を言いながら襲いかかってくる夢だ。


 メスはいつも男を切り刻もうとしてくる。


 手術室らしき場所を逃げ回った男は最後に手術台の上に追い詰められてしまう。


 そこには血だまりがたくさんできていて、うまく走ることができない。


 滑って転倒した男は、自分が何の血だまりで足をとられたか知り、驚愕する。


 それは、手術台の上でメスによってきりさかれた自分の血だった。


 




 男を助けた女の名前は、ジュエル。


 宝石のような美しい瞳にぴったりの名前だった。


 ジュエルは男が回復するまで、かいがいしく世話を焼いた。


 包帯をまいたり、薬を飲ませたり、体にいい食べ物を分け与えたりしてくれた。


 献身的な手当のおかげか、驚くほど早く体力が回復していった。


 それは男にとってとても助かる事だった。だが、理由の分からない善意に戸惑いを覚えていた。


 だから「どうしてそこまでして俺を助けるんだ」と、男は尋ねた。


 そしたらジュエルは、「人を助けるのが私の夢だったからよ」と答えた。


 男には意味が分からなかった。


 ジュエルは自分の境遇を男に話した。


 宝石のような瞳を持って生まれたジュエルは、人とあまり関わる事なく生きてきた。


 美しい瞳を褒めるものは存在せず、みなジュエルのことをばけものとして扱ってきた。


 彼女がいたその地域は実りが少なく、環境が厳しい。そのため、変わった容姿をしたものを迫害して、憂さ晴らしをする悪習があった。


 そんな理由があったためにジュエルは、一日中薄暗い蔵の中に閉じ込められ、時折り暴力をふるわれながら生活していた。


 しかし彼女は人々を恨まなかった。


 自分が誰かの役に立てば、人々はばけものでも受け入れてくれると考えていた。


 だからその時期、よく近くにいた者からボロボロの医術書をもらい、医療の知識を学んだ。


「そんなひどい事をする奴らがいたのか」


 助けてもらった男は、ジュエルの境遇を聞いて憤慨した。


 そして、ある提案をする。


「良かったら俺と一緒に医師の町へ行かないか? 俺も医者になる夢があるんだ」


 ジュエルは喜んだ。


 その日から、二人は共に旅をすることになった。








 一か月後。


 男とジェルは苦労しながらも旅を終えて、医師の町へとたどり着いた。


 そこで一つの医師団に頭を下げた二人は、有名な医師の弟子になることができた。


 医師団の旅についていく二人は、各土地で様々なことを学んでいった。


 その結果どちらも、いつか新しい医師団を作ろうと考えるようになった。


 男もジュエルも二人とも、物覚えがよくて手先も器用。


 すぐに治療行為を覚えていったため、それは難しい事ではないように思えた。


 しかし、ことはそう簡単にはいかない。


 ジュエルの秘密に気づいた者達が、彼女を攫おうとしたからだ。

 幸いにも事件は未然に防がれた。

 しかしそれは、未来に暗雲が待ち受けている事に他ならなかった。


「まさかジュエルの瞳に、そのような特殊な力が備わっていたとは」


 男は、ジュエルから打ち明けられた話を聞いて驚いた。


 ジュエルの宝石のような瞳で見つめた人間は、一度の悪夢を見る代わりに、傷の治りや病が早くなるようだった。


 しかし、話に尾ひれがついて、どんな怪我や病でも治せるという噂になってしまっているらしい。


 このまま医師として活動し続けると、ジュエルの身が危険にさらされるかもしれなかった。


 だから男は「君はこれ以上目立つようなことはしない方がいい」と、反対したのだが。


 ジュエルは聞かなかった。


「夢をかなえられないなら、勇気を出して閉じ込められていたあの場所を出た意味がないわ」


 二人は大喧嘩をしてしまう。







 それからしばらく二人は、治療以外では一言も互いに口を聞かなかった。


 けれど、ジュエルが攫われそうになった時に、男はとうとう根負けした。


 休憩中の時間に、どこからともなく表れたごろつき。


 彼等に囲まれた男は、ジュエルを守るためにひん死に重傷を追ってしまった。


「どうして嫌いな私をかばったりしたの?」

「嫌いなんかじゃない、大切だから厳しい事を言ったんだ。君はこんな目にあっても、夢を諦めないのか」

「ええ絶対に」


 ごろつきたちに攫われ、どこかに閉じ込められてしまった二人は、話せなかった時を埋めるようにたくさん言葉を交わした。


 さびれた部屋の中、二人の声だけが響いている。


「君はどうして、君を虐げ利用しようとする者達を許し、助けようとすることができるんだ?」

「それは子供のころに、親切にしてもらった人がいるからよ。閉じ込められていた蔵の、窓の隙間から顔をのぞかせて、話し相手になってくれた人がいたから」


 ジュエルはそのわけを話す。


 過去、蔵に閉じ込められていた自分に話をしてくれた人がいる事。そしてその人物が自分に親切にしてくれて、医術の本を差し入れてくれたからだと。


 だから世の中には悪い人間ばかりではないと思えたのだと。


「その人は私の瞳を、きれいで素晴らしいものだと褒めてくれた。その言葉がとても嬉しかったから……だから、その瞳の力を使って人を助けようと思ったの」


 その話を静かに聞き終えた男は、過去を思い出しながらジュエルに打ち明けた。


 過去に一度医者を目指していたこと。


 しかし、突然かかってしまった病気のせいで、夢をあきらめざるを得なかったこと。


 だから、とある少女のために、自分が使っていた本を渡したこと。


 なぜか奇跡的に、その日から体が回復していったこと。


 ジュエルは宝石のような美しい瞳から、一粒の涙をこぼして微笑んだ。


「あなただったのね。私達はもしかしたら出会う運命だったのかもしれない」


 その言葉を言い終えた瞬間、ジュエルの瞳が淡く輝いた。


 すると、奇跡のように男の傷がすべて回復していった。


 ジュエルの瞳は強く輝きだす。


 男には、まるでもともとあった本来の力を取り戻したかのように感じられた。







「一体何事だ!」


 部屋の隙間からあふれる光に気づいてやってきたごろつき達。


 彼等はその光を浴びて苦しみ始めた。


 そしてみるみるうちに、血まみれになっていく。


 泡を吹いて倒れたり、幻覚を見て混乱するものもいた。


 それは、ジュエルの瞳の真の力だった。


 瞳で見つめた者が過去に負ったダメージを一気に思いださせるというものだ。


 身体的にも、精神的にも、ありとあらゆるダメージを負った者達は、皆すべてその場に倒れ伏した。






 その後、ジュエルに助けられた男は悪夢を見たが、以前のような悪夢はやってこなかった。


 今度の夢は、男とジュエルが、夢をかなえられずに道半ばで倒れるという内容だった。


 それはたしかに苦痛をもたらす夢だった。


 ジュエルの力を知った者達が怪物となっておそいかかり、踏みつぶされそうになったり、まるのみにされそうになったりした。


 しかし、将来の夢の形が確かになったという幸福な事でもあったため、以前ほど恐怖を感じることはなかった。


 夢から目覚めた男はジュエルと話し合い、信頼のおける護衛を雇うようにして医師活動を続けていった。


 命を狙われたり、攫われたりする事がなくなるわけではなく、長く生き続けたわけでもなかったが、二人は支えあいながら多くの人を救っていった。







 医師になった二人が生まれるよりも、はるかに昔。


 小さな村に、他の人とは違う者が生まれた。


 それは、宝石のような美しいな瞳を持った女だったが、その美しさに嫉妬した者の手によって無残に殺されてしまう。


 その亡骸は、生前の美しさが思い出せないほど、激しく壊されていた。


 殺害された少女は悪霊となり、次に生まれてくる同じ境遇の者へむけて、呪いを放った。


 決して人から愛されることがないようにと。


 呪いは形となり、一人の少女を苦しめる。


 亡霊は暗い蔵の中でその様を眺めて、ずっと嗤い声をあげていた。


 けれど、そこにやってきた一人の男の子が呪いを解いたのだ。


「宝石みたいな奇麗な目だね。嫌われてるだなんて嘘みたいだ、ほかの誰かがそんなことを言ったとしても、僕はすごく好きだよ」


 その言葉で、亡霊は自分が愛されて育った時のことを思い出し、成仏したのだった。


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