08 ユメと船
夢を叶えられる女の子になってほしい。
そんな願いをこめて、名付けられた少女ユメ。
ユメは、きれいな海がある港町ブルーカーブで生まれた。
両親は二人とも漁師で、数年前まで季節問わず忙しくしていた。
そのため、ユメは、町の多くの人の手を借りて育てられた。
住人全員が知り合いといっても過言ではない。
そんなユメが育ったブルーカーブの気候は温暖で、町は一年中穏やかな温かさに包まれている。
住民の気質もその気候に似て穏やかであり、隣人に優しく接するような者達ばかりであった。
そんなブルーカーブで生まれ育ったユメもまた、そのような気質の持ち主だった。
その日、ユメはとあるお店に向かっていた。
道中で重い荷物を持ったおばあさんの手伝いをしたり、知り合いの家から逃げ出した犬を保護したりなど、寄り道をしながら。
想定より三倍も時間をかけてたどり着いたのは、人通りの少ない場所。
ユメが向かったお店は、人目をしのぶように路地裏の奥にあった。
ユメは、「こんにちは!」と元気に挨拶しながら、ひっそりと建つ店の玄関を開ける。
店内には左右に大きな棚が二つ。
棚の上には、たくさんのガラスの小瓶が綺麗に並べられていた。
ユメは、室内灯の光を受けて輝くそれらの間を通って、店の奥にあるカウンターへ向かう。
そこには、腰の曲がったおばあさんが、帳簿を見ながらそろばんを弾いていた。
「おや、ユメちゃん。また来たのかい?」
人が近づく気配を感じてか、おばあさんが顔をあげる。
そのおばあさんは薬剤師で、風邪薬や解熱剤などを町の人達に売っていた。
両親が最後の航海に出た日にこの町にやってきた人だ。
その時はまだ、一人で何でもこなすだけの元気があった。
しかし高齢になって、一人で作業ができなくなってしまったため、ユメの手を借りていたのだった。
「おはよう、おばあさん、今日も手伝いに来たよ」
「ありがとねぇ。本当に助かるよ」
「気にしないで、困った時は助け合い。それがモットーだから」
「ユメちゃんは良い子だねぇ」
おばあさんに挨拶をしたユメは、さっそくお店の手伝いをしていく。
薬の瓶を棚に並べたり、床にたまったほこりを掃除したり。
やがて開店の時間になると、ぽつぽつとお客さんがやってきたので、ユメはそのお客さんの対応も行った。
ユメがそのお店で働いているのは理由がある。
おばあさんの手伝いをするという理由もあったが、一番大きい理由は別。
それは、とある薬を手に入れるためだった。
魔法が使えるようになる薬。
その薬が、ユメはどうしても欲しかった。
実はユメには、前からずっと行きたい場所があった。
それはこの丸い星の、反対側にある海だ。
ユメの両親は大きな船を操縦する船長だった。
それで、世界中の海を渡っていたのだが、数年前に反対側の海で行方不明になってしまった。
だから、ユメは両親を探すためにその海に出かけたかったのだ。
しかし、船を買うのはお金がたくさん必要だった。
船の操縦を覚える時間も必要だし、船が壊れた時の修理の事を考えなければならない。
それでは時間がかかってしまう。
だから、ユメはてっとりばやく魔法に頼る事にしたのだ。
魔法なら不可能だと思える事でも、すぐ可能にしてくれると。
魔法は空想の存在。
現実にはないものだと人々は言っているが、ユメは確信していた。
魔法は必ずあると。
なぜなら……。
「ふぅ、ちょっと疲れちゃったねぇ。ごめんねぇユメちゃん、少し奥で休憩させてもらってもいいかしら?」
「分かった。あとは私に任せて!」
疲れた顔をしたおばあさんが店の奥の部屋へ移動していく。
ユメはその後も店の仕事をこなしていった。
けれど、お客さんが途切れた時に、奥の部屋をそっと開ける。
時間があいた時などはこうやって、おばあさんの様子を、じっとのぞき見ていた。
部屋の中のおばあさんは、色々な植物をすり鉢ですりあわせている。
薬の調合だ。
休んでいるはずのおばあさんは、店で売るための薬を調合している事があった。
そんなおばあさんは、調合の時は不思議な光をまとっていた。
それは、キラキラとした綺麗な光だ。
光は時折り、強くなったり弱くなったりする。
すり鉢で薬を作っていくリズムと連動しているようにみえた。
そして、薬が完成。
するとキラキラとした光ができあがった薬に集まっていった。
ひときわ強く虹色に輝いてから、光は消えていく。
その光景を見たユメは、おばあさんの事を魔女だと思い。おばあさんの作った薬の事を魔法の薬だと結論付けていた。
しかし、おばあさんは魔女などではなかった。
数年前にこの町にやってきたおばあさんは、人の生命力を吸い取るばけものものだった。
数日後、具合が悪くなった人達が大勢お店に押し寄せてきた。
そのため、手伝いをしていたユメはずっと大忙し。
港町に感染症の病気が流行しているのではないかと考えていた。
だからユメはお年寄りであるおばあさんに、店の奥から出てこないようにと気遣った。
しかしおばあさんは、「大丈夫」と言っていつも通りに仕事をし始める。
そしてやってきたお客さん達に、薬を販売していった。
その時のユメは、おばあさんの事をまったく疑ってはいなかった。
「やっとお客さんがいなくなったね。おばあさんは休憩してて、私が残りのお仕事をやっておくから」
客足が途切れた時、ユメはそう言っておばあさんを店の奥へ向かわせる。
そして、ユメはいつも通り薬を並べたり、店内の掃除をしたりしていった。
「私も病気がうつっちゃったかもしれない。家にいた方がいいかな。でもそれだとおばあさんが一人で仕事をしなくちゃいけないから、大変になっちゃうしどうしよう」
これからの事を考えたユメは、他の人に手伝ってもらおうかと考えた。
しかし、病気が流行しているなら、その病人と接する仕事には危険がつきもの。
ユメには良い案が思い浮かばなかった。
だから悩んでいたユメはうっかりしていた。
いつもの様に奥の部屋を覗いてしまっていたのだった。
扉を少しだけあけて気が付いたユメ。
しかし閉める事はできなかった。
そこには、おばあさんがいるはずだった。
しかし、部屋の中にいたのは、服を着た大きなばけものだった。
水色の泡のようなものをまとったそのばけものは、ひひひと笑い声をあげていた。
「馬鹿な住人達だねぇ、ここの町の者達は。私が毒を盛っている事に気付きもしないで」
ユメは聞こえてきたそのセリフに驚き、口を押えた。
「風邪だのなんだのの治療薬に遅効性の毒をまぎれこませて飲ませるのは面倒だったけど、その手間に見合う収穫がありそうだ」
おばあさんだったその化け物は、邪悪な声でひひひと笑い続ける。
「最初にユメの両親を実験台に使えて良かったよ。ちょうど長い航海をするところだったから、船ごと消せば誰にも怪しまれないしね」
ユメはすぐに思った。
この出来事を、ほかの人間に知らせなければと。
そういえばと思い出すのは、今日店に来ていたお客さんの顔ぶれ。
全員、今までにこの店に来たことのある者達だった。
しかし、両親の死の真相を聞いて動揺していたユメは、近くにあった缶を蹴り飛ばしてしまった。
それは、薬剤を保管しておくためのもので、いつもはそこに置いていないけれど、今日に限って置き場を変えていたのだった。
「誰だ!」
おばあさんの声が大きな店に響く。
ユメはわき目もふらずに走り出した。
港町の中を逃げるユメ。
今は昼の時刻のはずだったけれども、辺りは暗闇に包まれていた。
コウモリが無数に上空を飛びかい、ユメにつきまとう。
地面からは無数の泡が浮かび上がってきた。
その泡はユメの足元にからみつき、転ばそうとしてくる。
ユメはそれにあらがって、逃げ続けた。
おばあさんがいた店から遠くへ、より遠くへ逃げようと考える。
しかし、周囲を飛んでいたコウモリから、おばあさんの声がした。
それは今まで聞いていた優しい声ではなく、人を威圧するような恐ろしいしわがれ声だった。
「逃げるんじゃないよ小娘! この港町の住人がどうなってもいいのかい!?」
その言葉を聞いたユメは立ち止まらざるをえなかった。
知り合いばかりのこの町で、お世話になった人たちが傷つくのは見たくなかった。
「お願い、私はどうなってもいいから皆は助けて!」
「いいだろう。おとなしく捕まってくれるんなら、ほかの住人は見逃してやろうじゃないか」
ユメの周りにたくさんの水の泡が集まってくる。
そも泡はやがて水のかたまりになりユメを包み込んだ。
息ができなくなった苦しい思いをすることになる。
呼吸ができなくて、意識が薄らいでいくが、そこに港町の住人達がやってきて、水のかたまりを壊した。
「大丈夫かいユメ!」
「いったい何があったんだ?」
「どうしてこんな水がユメを襲ってるんだ!!」
助かったユメはおばあさんの企みを皆に話した。
それを聞いた住人達は憤慨した。
しかし、魔法を使うおばあさんは強かった。
その場に追いついてきた、かつておばあさんだったもの……泡のばけものが立っていた。
「こうなったらまどろっこしい真似はやめだ。証拠が残るけれど、この手で殺してやろうじゃないか!」
するとたくさんの泡が港のほうから現れて住民たちに襲いかかった。
抵抗しようとする者達は多かったが、毒を盛られていた影響でうまく動けない。
住民たちはその泡になすすべもなくやられてしまう。
ユメは彼らを助けようとしたもののうまくいかず、逆に泡につかまってしまった。
このままではユメも港町の住人達も、死んでしまうだろう。
しかし、一匹の犬が泡のばけものに襲いかかった。
それはいつかの日に飼い主の元から逃げ出し、ユメが捕まえた犬だった。
泡のばけものは悲鳴を上げながらその犬から逃げ出していく。
地面の上の泡が犬を捕まえようとするが犬はすばしっこく動いているため、ばけものの魔法でも捕らえることができなかった。
やがて逃げ続けた泡のばけものは、港へと追い立てられた。
しかし、海の中へ飛び込こんだばけものは、不気味な声でひひひと笑った。
「水がたくさんあるならこっちのもんさ、よくもやってくれたね! 生意気な犬もろとも海の藻屑にしてやる!」
ばけものは魔法で大波を起こして、自分に牙を向いた犬を海へとさらっていった。
「あぶない!」
慌てたユメが犬を抱きかかえると同時に。
そのため、ユメは犬と一緒に海中へと引きずり込まれてしまった。
水の流れがユメ達の体をもてあそび、ぐんぐんと海底へ引きずり込んでいこうとする。
海面の光はものすごい速度で遠のいていった。
しかし、そんなユメの体を押し上げるものがあった。
それは大きな船だ。
両親が乗っていた船だった。
犬を強く抱きしめながらユメは、その船のでっぱりに捕まった。
海面から顔を出したユメは、水を吐き出して呼吸をする。
抱えていた犬も無事だった。
港に視線を向けると、そこに立っていたばけものが唖然としているのが見えた。
けれどそれも束の間。
すぐに怒りの形相に変わり、ばけものが海面の上をすべるようにして移動し、ユメ達の方へ向かってきた。
身構えるユメだったが、そんなユメを守るように移動した船が、ばけものへ体当たりした。
「なぜだ! なぜこの船がこんな場所にいる! もっと沖の方に、誰にも見つからない深海に沈めたはずなのに!」
叫び続けるばけものは船体のどこかに服が引っ掛かりでもしたのか、そこから離れることができない。
「こんなもの魔法で……! 嘘だ! 魔法が効かない! やめろ、どこへ連れていくつもりだ!」
ばけものは船とともに暗い海の底に沈んでいって、二度と姿をあらわさなかった。
それから数年後、大きくなったユメは夢をかなえて船乗りになっていた。
両親を探しに星の裏側までいくというユメはなくなったものの、世界中の海を航海するという新しい夢を抱いていた。
ブルーカーブの港では、そんなユメの出港をたくさんの人が祝福していた。
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