第11楽章 世界の終わりと旅の始まり

「星には星の命が

 人には人の命が

 在ると云う

 在ると云う

 いつか共に眠り就く」



 第11楽章



 ばらばらに崩れて消えていく世界に、シェロははなむけの唄を贈った。星光の魔女が星を眠らせる唄だ。

「おやすみなさい、もう二度と目覚めない世界」

 シェロは笑っていた。それは幸せそうでありながら、嘲笑であった。口には出さないだけで、シェロは世界のことを滑稽だと思っていた。世界を守るために生み出した存在に裏切られ、皮肉にも世界を守るために作られた唄で見送られる。世界に意思があるとして、今、どんな気分か聞いてみたいくらいだ。

 シェロは晴れ晴れとしていた。千年かけた願いがようやく叶ったのだ。もう誰も、犠牲にならなくて済む。この世界は終わりを迎えたのだ。

 未練などなかった。敢えて言うのなら、アイシアと共にこの世界の終わりを眺めたかったというくらいだ。けれどアイシアはそれを望まないだろう。彼女は口にしなかったが、ずっと死にたがっていた。世界の滅亡と同時に消えてしまってかまわないと考えていた。

「シアは幸せだったかしら?」

 きっとアイシアは、星に潰されて死んだ。世界と共に。もう会うことができない紫色の目の彼女は、望んだ通りに死ねただろうか。

 まあ、もういない人のことを思っても仕方ない。ただ、アイシアには感謝している。……どういうわけか、アイシアが願ったことは叶っているのだ。

 この世界が滅んでも、シェロにだけは生き延びてほしいだとか。シェロの願いが叶ってほしいだとか。

 シェロは世界と共に心中する覚悟だった。最後の星光の魔女になるつもりだった。どちらにせよ、世界が終わるのだから、この世界にとってシェロは最後の魔女だ。

 それが生きて、夜空だけになってしまった空間にぷかぷかと浮かんでいる。魅了の力が消えたのか、星がシェロめがけて飛んでくることはない。

 星が瞬くだけの空を、シェロは生まれて初めて見た。それはとても美しい景色だった。

 アイシアが願わなければ、その願いが叶わなければ、見ることのできなかった景色だ。シェロはとても幸せ者だと思った。もちろん、シェロ自身の頑張りもあるが、アイシアが願ってくれなければ、ただ星に潰されて死んでいただろう。世界の終焉を笑うことなどできなかっただろう。

 もう二度と出会えないような友達を失って尚、シェロは笑うことができた。その友達がシェロに残してくれた道が、案外悪くないものだから。

 さて、どうしようか、とシェロは考えた。箒を操る力は消えていないようで、試しに方向転換するように箒の先を動かしてみれば、目指した方向に動く。

 シェロはもう縛られる世界がない。どこにでも自由に行けるし、どこまでも自由に行けるのだ。まあ、地面がないので上下左右はわからないのだが。ただ、シェロが前だと思えばそれが前ということになるのは面白い。シェロの考えを否定する者がいないのは心地よかった。

「好きに飛んで、時々唄って、星を眺めていようかしら」

 世界が滅びる前、アイシアと語らったことを思い出す。自分が生き延びたら、星に唄って、新しい世界でも探そうと。

 星はこんなにたくさんあるのだから、どこかに違う世界があるかもしれない。星には星の数だけの死があり、人には人の数だけの死がある。それなら、世界という物語だって、そこかしこにあるはずなのだ。

 どこか、シェロが落ち着ける場所が見つかったなら、その世界に腰を据えて、もう世界の救世主だとかを背負わないで、静かに暮らしたい。……いや。

「私にそんなことはできないわね」

 シェロはそっと、スカーレットのルージュが塗られた自分の唇をなぞった。

 シェロは不思議なことが大好きで、神秘なものに焦がれて星光の魔女になったのだ。きっと新しい世界を見つけたら、じっとなんてしていられない。大好きな不思議や神秘を探しに、夜を駆け回るだろう。

 素敵な星空を知って尚、果てない喜びを得るために、今正に舵を切っているのだから。

 いつか、あの世界があったことを誰かに伝えたい。大切な友人が二人いたことをどこかの世界に刻みたい。シェロはそれくらいの出会いと別れをした。

 けれど、冒険はまだまだこれからだ。シェロはシェロだけのために生きたことはない。だから、ここからはシェロがシェロだけのために生きて、冒険をする時間なのだ。あの世界があったとき、シェロは不老長寿を得たけれど、どれだけの時間があるのかわからない。世界が消えてしまったから、不老長寿もなくなったかもしれない。いつだって、時間はどのくらいあったって足りないのだ。

 だから心の赴くままに、悔いのないよう、シェロは飛び回ることにした。星たちの間を役目もなく、誰にも邪魔されることなく旅することなんて、誰にでも訪れる機会ではないだろう。

 星たちは思うより遠くから、光を飛ばしていることを知った。星が常に近くにあるような生活をしていたから、シェロは星が大きいことは知っていても、到底掴めないほど遠くにあるものだとは知らなかった。どれだけ箒で近づいてみても、星の大きさは変わらない。それくらい遠くにあるのだ。

 星には星の命がある。星光の魔女の唄はそういう唄だ。……どれだけの命を燃やしているのだろう、と途方もない気持ちにもなるし、それほどまでに命を輝かせることのできる星はやはり神秘的で素敵だと思う。大切な友人は星に殺されたけれど、シェロは星を恨む気にはならなかった。

 誰が悪いでもなかったのだ。世界だって、なりたくてああなったわけではないだろう。最後まで生き延びるために色々した。もしかしたら、滅びを渇望したのかもしれない。逃れられない運命を受け入れたのかもしれない。だからアイシアが死神に選ばれたのかもしれない。

「ままならないわね、世界って」

 世界は無数の命でできている、まだ輝いていないだけの星のようなもの。命はいつか尽きるものだから、わざわざシェロがお膳立てしなくとも、いつか勝手に滅びたのだろう。

 シェロはどうしても、世界を許せなかっただけだ。たまたま力があったから、世界を滅ぼそうとした。力がなければ、星空を見上げるだけの人々と同じだっただろう。

 人々の人生とは、似て非なるものなのだが、シェロは誰にも似ていない、自分だけの特別な人生が欲しかった。だから星光の魔女に憧れたり、慣習に添わずに世界を滅ぼしたりしたのだ。

 それが正しいとか、間違っているとかは、正直どうでもいい。けれど、シェロの人生は誰かと比べて「似て非なる」ではなく、完全にシェロだけしか体験できないもので塗り固められていた。シェロはそう信じている。

 大体、世界が滅んだのに生き延びる、なんて、誰にでもできることではないだろう。

 シェロは擦れ違う星たちに唄いながら、呟いた。

「いつか、私と共に眠り就く星が現れるのかしら? 私はどんな世界に辿り着いて、どんな終わりを迎えるのかしら。

 終わりを迎える前に、私の物語を聞いてくれる人は現れるのかしら。新しい世界は、私を歓迎してくれるかしら」

 不安のような言葉の連なりなのに、シェロの目はいつものように星たちを映して煌めいていた。この先に待つ未知が楽しみで楽しみで仕方ないのだ。シェロはそういう女の子だ。

 少女のまま、止まってしまったシェロの時間を、心を、動かす針はどこにあるのだろう。シェロが飛ぶ星空の中に、それは落ちているだろうか。


 ただひとつ、確かなことは、星はもうシェロのために流れたりなんてしない、ということだ。

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