第10楽章 星光と魔女のダンスで終焉を
いつか、共に。
第10楽章
夜でもないのに、星が流れた。そのまま地面に落ち、死をもたらしながら世界を抉っていく。
「始まったわね」
シェロは箒に乗り、落下した星を眺めていた。もう既にいくつもの星が世界を抉っている。今ので一体、何人が死んだことだろう。
世界の滅亡が始まった。星光の魔女の不思議の力が綻び始めたのだ。
星光の魔女が代替わりするのには理由がある。それは確かに世界を滅ぼさないためではあるが、それだけではないのだ。
星光の魔女は不老長寿を得るが、その力はいつか着実に衰えてしまう。唄で星の軌道を逸らすのにも、限界が訪れてしまうということだ。
唄は眠り逝く星たちへの子守唄。星たちが魅了の力に惑わされず、落ち着いて眠れるように贈る唄なのだ。鎮まって。燃え続けたあなたたちは、最期くらい安らかに。そういう祈りの唄なのだ。
星光の魔女に与えられた唄の力で、星たちは鎮まり、眠りに就く。けれど、星光の魔女は年を経るごとにその身に宿る魅了の力と同化し、魅了の力が強まっていく。その同化と共に強まっていく力と、星たちを鎮める力の天秤が傾くと、星たちは星光の魔女めがけて飛来するのだ。会いに来たよ。ずっと探していた、愛しいひと、というように。
星を鎮める力が弱まる前に、新しい魔女に引き継ぐことによって、天秤はバランスを取り戻す。ただ、同化の残滓を抱きしめるように、星たちは星光の魔女へと向かい、星光の魔女は星たちの愛に潰されて、その生涯を終える。
そんな終わり方をしたくなかった。故にシェロは箒を操り、空を見上げる。上空には無数の燃え尽きようとする星たち。全て、シェロめがけて落ちてくるものだ。
シェロの唄は、もうほとんど意味を成さないものになっていた。それもそうだろう。普通は数百年で代替わりをする星光の魔女を千年も続けたのだ。唄の力より魅了の力が勝って然るべきなのである。
もちろん、星と共に死ぬのも選択肢の一つだ。けれど、シェロはそれを選ぶ気はなかった。
「シェロに、生きていてほしい」
そう言ってくれた。アイシアは星に願ってでもそれを叶えたいと言ってくれた。叶わないと知ってなお。
シェロは星光の魔女の運命に抗い、たくさんの決まりごとを破り、果てには今、世界を滅ぼそうとしている。だから、抗うことをやめる理由がないし、躊躇う理由もなかった。
生涯最後となるであろう友達の願いを、叶えたいと思ったのだ。
星がシェロめがけて落ちてくる。シェロは箒を操り、それを避けた。星は落ちるとき、軌道を変えられない。一直線に落ちてくる。そこに希望を見出だしたのだ。
疲れるとは思うが、降り注ぐ星たちが世界を滅ぼし終わるまで、シェロが箒で星を避け続けていれば、シェロが星に殺されることはなくなる。耐久戦だが、星から逃げきれればシェロの勝ちだ。世界が滅びれば、シェロの勝ちだ。
シェロは世界のために死ぬのが嫌なのだ。世界のために殺される。そのために生きる星光の魔女という存在が嫌なのだ。そうしないと生き延びられない世界なんて、滅んでしまえ、と千年思い続けてきた。
つまりは、世界より先に死んでやる気はないということだ。
生き延びてほしい、と言ってくれたアイシアのためにも、シェロに世界を託して死んだアーゼロッテのためにも、もちろん、シェロ自身のためにも。
星は次々と飛んでくる。シェロは今までにないくらいの速さで空を駆け抜けた。先程までいた場所を星が抜けていく感覚はとても冷や冷やする。死は真隣に存在するのだ。
「……シアの感覚とは、違うかな」
死神と呼ばれるアイシアも、常に死と隣り合わせの人生を送ってきたようだが、アイシアの「死と隣り合わせ」はどちらかというと、死をもたらす側だっただろうから、シェロが焦りながら箒を操って、飛来する死から逃げ回る現在とはまた違うのだろう。
そう考えると、少し面白くなってきた。
「つまり、今の私は、シアと追いかけっこをしているようなものなのね」
本当に友達みたいだわ、とシェロは星たちの間を縫うように飛びながら呟いた。アイシアとの追いかけっこと考えたら、なんだか楽しくなってきて、力が湧いてきたような気がするのだ。
シェロは星色に輝く目で、死の間際の星たちを見上げ、両手を広げた。
「さあ、いらっしゃい。私を愛する友人たち。最期のその瞬間まで、私と遊び、踊りましょう」
自らに死をもたらそうとしてくる星たちを歓迎するようなシェロの言葉。それに歓喜したように、星たちが無数に瞬く。遊ぼう、踊ろう、楽しもう、と。
そこに死への悲観はなかった。求めるままに、踊るように星たちはシェロに向かって飛来し、シェロはそれをひらりと避け続けた。シェロは楽しんでいた。
「ふふふ、ははははは! なんて楽しいのかしら! 星光の魔女の真実を知ったときは、絶望さえ覚えたというのに。
私は今、生きてきた中でいちばん、星光の魔女になれてよかったって思ってる!!」
その言葉は見た目年齢相応の無邪気さで、空の中を舞った。そう、彼女は少女だった。少女のまま、時間を止められて、世界を背負わされた女の子。これまで、過酷な運命と戦ってきて、今も戦っている真っ最中なのに、シェロは運命なんて楔がないかのように自由に飛ぶ。
眼下で壊れていく世界など、もはやどうでもよかった。今、この瞬間が楽しい。生きていてよかった。もっとたくさん遊びたい。
シェロの心は複雑なことを考えていなかった。数々思い悩んだ千年が嘘のように晴れて、清々しい気持ちになる。
シェロが普通の人間だった時代に、友達なんていなかった。シェロは周りと線を引いて過ごしていたから。一緒に遊ぼうと言われたこともなかったし、言ったこともなかった。
それが、こんなにもたくさんの星たちに愛されて、踊るように、遊ぶように、世界に終焉をもたらしながら、楽しんでいる。これはシェロが星光の魔女にならなければできなかった経験だ。
やはり、あの夜、アーゼロッテと出会ったことは運命だった。出会うべくして出会ったのだと確信できる。
世界が星に潰されて、壊れていく音はまるでワルツのようだった。星光の魔女が星たちと踊るためのワルツ。静寂をもたらすけたたましい音楽。
そう思ったら、シェロは星を避けるのが尚のこと楽しくなってきた。
そんな中、シェロの耳に知った声が届く。
「ねえ、シェロ」
「なあに、シア」
アイシアはここにはいない。星をも切り裂く力を持つ彼女は、空を飛ぶ術を持たない。だからここにはいないはずだった。
それでも、アイシアの優しく、しっとりと鼓膜を揺らす声は続いた。穏やかではなかったアイシアの人生の分の慈しみを全て込めたような声が。
「どうか、あなたの願いが叶いますように」
……それは、星が届けた声だった。確信はない。けれど、たぶん、きっとそう。
シェロは唖然とした後、呆れたように笑った。
「本当にシアはとんだお人好しね。あなたも死ぬかもしれないのに」
世界の崩壊は着々と進んでいる。それは砕かれた星がないということだ。つまり、アイシアは星をも切り裂く死神の力を使っていない。
アイシアは元々、世界が滅ぶことを望んでいた。それが今になって、世界を救う救世主になるなんて、きっと天地がひっくり返っても起こらない。
「……馬鹿な子。星になんて願わなくてもいいのに」
流れ星が願いを叶えてくれるなんて迷信だ。シェロはそう思っている。もしそれが本当なら、アーゼロッテは死ななかったはずだ。あれだけ星の降る夜に願ったのに、アーゼロッテは死んでしまった。
だから、迷信なのに。
それでも、奇跡は起こった。
星たちの気紛れか、はたまた迷信が実は本当だったのか。アイシアが世界に生み出された特別な存在であったからか。可能性はごまんとあり、そのどれが本当であるかはわからない。
けれど、星が止んで、シェロが眼下の世界を見下ろすと、世界は星によってばらばらに砕けていた。世界は崩壊し、次第に跡形もなく消えていく。
そう、世界は滅んだのだ。そして、シェロは生き残っている。
──奇跡は、起こったのだ。
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