第6楽章 星光の魔女の役目を問う
「私、決めたわ」
決然とした少女の瞳を魔女は優しげに悲しげに見つめていた。
「私は
それはとても叶えるのが難しい希望だった。
魔女は永い永い時を生きていくことになる。世界が滅びるその日まで、誰にも知られないように、孤独に生きなければならない。
魔女の力を手に入れても、元は人間。悠久の時を生きる寂しさに耐えられるだろうか。孤独に耐えられるだろうか。
永い時を生きて、自分は無理だったと魔女は苦笑する。今目の前の少女を生かしたいと思ってしまった。生かすために、業深い役目を継承するのだ。長い長い先の確約された死を与えるだけ。
ああ、どうして愛してしまったのだろう。
第6楽章
星光の魔女の本来の役目とその宿命、業を聞いたアイシアは、特に何も思わなかった。星光の魔女が世界を滅ぼせる存在であることは、半ば想像がついていた。まあ、星光の魔女が星を引き寄せている、という体質の部分は驚いたといえば驚いたかもしれない。
それよりも問題は、何故そんな重要なことをアイシアに話したか、ということである。
「なんで話そうと思ったの? あと少し待てば、あなたが望んだ通り、あなただけの秘密になったはず」
聞いた印象だと、シェロはただの少女だった頃から「秘密」というものを大切にしてきた。自分の中でだけ育んで、慈しんできたのだ。
シェロは星光が走り続けている目を細めて笑った。
「世界があなたを生んだからよ」
「僕を?」
「そう」
赤紫の髪がふわふわとそよぐ。星の波のように艶めいていた。
「これまで、この世界には星光の魔女以外の不思議の力を持つ存在はいなかったわ。私も住処にあるかつての魔女の日記とかを読んでみたのだけれど、古から、この世界には星光の魔女しか存在しなかったみたい。
でも、興味深い話を見つけたわ。本当に古語で読みづらかったのだけれど、時間だけはたくさんあったからね。遥か昔の……おそらく一番最初の星光の魔女が書いた日記を読むことができたの。その中にはこの世界の仕組みが書かれていたわ」
アイシアはずっと興味なさげにしている。アイシアはどうでもいいのだ。シェロが何を見つけ、何を思い、行動したところで、アイシアはシェロを殺す気はない。
世界を滅ぼすだの、星が魔女を求めて降ってくるだの、超常現象すぎて、理解する気にもならない。まあ、それを言ってしまえば、星をも木っ端微塵にするアイシアの力も相当なものだが。
ただ、話に興味があった。望んで手に入れたわけではない力に何か意味があるのなら、その「意味」に殉じるのもいいかもしれないと、そう思ったのだ。
「この世界は危機に陥ると防衛本能で不思議の力を持つ者を作るみたいなの。星光の魔女は、この世界が持っていた魅了の力を抽出した存在なのですって。星光の魔女が生み出される直前も今みたいに流れ星が世界各地に当たって、この世界を凍えさせようとしたらしいわ。世界に惹かれて、星はここに来ていたのね」
「……? そうだとして、何故その話は継承されなかった? 星光の魔女にも」
「言ったでしょう。古語だったのよ。……つまり、口頭での言い伝えが曖昧になって、昔の手記を読み解こうにも言語形態が変わってしまっていたの。時代というのはそういうものだわ」
シェロはあっさり語ったが、では、シェロはその古の手記を読み解くために、どれだけの時間と労力を割いたのだろう。時間だけはたくさんあった、と言ったけれど、彼女の生きた千年のうち、どれくらいが費やされたのだろう。
そもそも、滅んでいく世界のことなど、知る必要はなかっただろうに。
それでも、シェロはにこにこと楽しげだ。
「時間を浪費したとは思わないわ。世界の仕組みを理解できる機会なんて、他の誰にも訪れないかもしれないもの。もうすぐ、世界は滅んでしまうのだから。
それで、わかったのだけれど、シア、あなたは私を殺すための力を持っているのは、世界にあなただけなの」
殺す。物騒な単語である。けれど、アイシアの隣にいつもある言葉だ。
アイシアの力は命あるものの命を奪うことだ。動物だろうが植物だろうが無生物だろうが、アイシアが「命がある」「生きている」と判断すればその命を奪うことができる。
例えば星。死ぬ寸前の流星の命を奪い、アイシアは世界の危機を救った。星は生き物だとアイシアが判断したからだ。星は動物でも植物でもない。それでも命が宿っていると思えば、命を絶つことができる。そういう能力だ。
能力を使って切った星は砕け、石ころ程度のサイズになり、被害を生まなかった。これがアイシアが人々に感謝される所以だ。
ただ、さすがに星を切ったときはわりと必死だったため、細かい記憶はない。細切れにしたのか、細切れになったのか、わからない。
ただ一つ確かなのは、アイシアが星を殺したことだけだ。
アイシアの力があれば、どんなものでも殺せるだろう。
「でも、なんでシェロを殺せるのが僕だけなの? シェロは星光の魔女とはいえ、元々は普通の人間だったんでしょう?」
「もう普通の人間じゃないからよ。星光の魔女は『不老長寿』と言われているけれど、厳密に言うと『不老不死に限りなく近い不老長寿』なの」
世界は星を魅了する力を地中から抽出し、世界から独立させることはできたものの、その魅了の力は一定以上世界から離れてしまうと、世界に戻されてしまうのだ。つまり、この世界の外に星光の魔女を追い出しても、世界に魅了の力が残されるだけで、振り出しに戻るのだ。また魅了の力を抽出しなければならない。それは星光の魔女が死んだ場合も同じだ。魔女がただ死んだのなら、魅了の力は世界に還元されるだけである。これもまた振り出しだ。
故に、魔女の体を簡単に死なないようにした。まずは長寿にし、病に犯されにくい体にした。その結果、不老になった。若い時期で体の時間を止めれば、死ににくい健康な体のままでいられるからだ。
それから、ちょっとやそっとの怪我では死なないようにした。何の力も持たない人間に殺されては困るからだ。
「この世界が星光の魔女を安全に処理するためには、星光の魔女と同じくらいの不思議の力を持つ存在を作る必要があったの。でも、人間の社会の中で『継承する』という形式が採られるようになって、星光の魔女は勝手に世界を守ってくれるようになったから、世界はそういう存在を作らなくて済んだ」
「……世界を滅ぼせるって、最初からわかっていたわけじゃないの?」
「わかっていたけど、実行に移す魔女がいなかったのよ。大体世界が滅んで困らない私やシアの方が特例なのよ。大抵の人は、人生にいつだって未練を持つわ。……ロティだって、最後の最後に未練を持ったから、
時を経るにつれて、役目への認識が変わったとも言える。最初のうちは「世界を守らなければいけない」という使命感で魔女は動いていた。けれど、時代の変遷や人々の考え方の移ろいにより、「何故」世界を守らなければいけないのか、と考えてしまうようになった。
継承の際に「世界を滅ぼさないため」に生きていてほしい相手を選ぶのも、「何故」を埋めるための言い訳だ。それも移り変わっていって、大切な星光の魔女を殺すような世界を守る必要がない、と決断したのがシェロである。
「私は星光の魔女の死に方を受け入れられない。……星光の魔女は、継承する相手に自分の血を大量に飲ませるの。たぶん、体の仕組みを継承するために体の一部を取り込ませて馴染ませるための血だから、別に手や足を食べたりしてもなんとかなりそうね。まあ、やりたくはないけど。
そうして、ほどよく魅了の力が薄まった魔女はね、最期、魅了の力の残り香に惹き付けられた星に貫かれて死ぬの」
「つらぬ……!?」
シェロに星光の魔女を継承したアーゼロッテは、星屑に体を穴だらけにされて死んだらしい。切り刻まれた方がまだましだったかもしれない、とシェロは語った。
「継承された星光の魔女の最初の一人での役目は、先代の星光の魔女の死を見届けて、星光の魔女を殺した星が、この世界を滅ぼさないように唄うこと。──祈ることなの」
そこまで語って、シェロの笑顔の様相が変わった。それまでは穏やかな笑みだったのに、苛烈な印象を与える嘲笑と冷笑がひやりと華やかな面差しを彩っていたのである。
アイシアはぞくりとした。シェロが世界を呪っていることを肌でびりびりと感じ取ったからだ。
「ふふふ、おかしな話よね。星に殺されるのに、星に祈るなんて、ちゃんちゃらおかしい。
──流れ星は、最期を看取ってくれたお礼に、願い事を叶える、なんて言うけれど、私の願いは叶わなかったわ」
なげやりのように見えるのに、どこか諦めていない信念を宿して、シェロは告げる。
「私は、たった一人の友達ともっとたくさん過ごしたかった。世界が滅んでしまってもよかった。なんでもない話をして、笑い合って、秘密を共有して……そういう楽しい日々をやっと思い描けたのに」
星光を映していた瞳が翳り、暗い色になる。シェロの琥珀色の瞳は不思議な色をしていた。
「だから、世界なんて滅んでしまえと思った」
だから私は星光の魔女になるの、と。
「でもね、ご覧の通り、そんな私を世界は裏切り者だとか、排斥している。所詮は個人のエゴ。少数派の意見なんて、相手にされないのよ。……だから」
シェロはその琥珀色で真っ直ぐアイシアの紫を射抜いた。
「あなたにその意思があるのなら、私を殺してほしいと思ったの」
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