第5楽章 星光の魔女の宿命と役目

 少女は魔女と友達になりたかった。だから、大勢いるだろう空を見上げる女の子の中から自分を選んでくれたことが嬉しかった。話してくれたことが、跳び跳ねて喜びそうなほどに嬉しかった。

 その裏にどんな事情があろうとも、少女は魔女が大好きでその事実は一生かかったって変わらない。

 けれど魔女はその少女の無垢さが怖かった。失望されるかもしれない、詰られるかもしれない。やっと見つけたかけがえのない存在。だけれど複雑な心が入り乱れる「少女」という年代の彼女に嫌な思いをさせたくなかった。

 魔女の葛藤をよそに、魔女のことを好いて、友達のように尽きることのない好奇心をぶつけてくる少女。騙しているような気がして、その真っ直ぐな眼差しを魔女は真っ直ぐ受け止められなかった。

 星光の魔女の本当の役目。魔女が少女に話しかけて、魔女の秘密を明かしていく本当の理由。それを知ってしまったとき、この少女は絶望しないだろうか。

 世界の知らない、星光がもたらした残酷な真実を、できるなら継承したくなかった。

 けれど、この子が生きる世界を滅ぼしたくなかった。

 全ては魔女のエゴだ。

 少女には生きていてほしい。それなら、選択肢は一つしかないのだ。

 魔女は苦しみながらも決断した。

「大切な話があるの」

 少女は無垢な顔を魔女に向けた。

「なあに?」

 ──こんなに葛藤するのに、不思議と、出会ってしまった後悔はないのだ。



 第5楽章



「ねえ」

 アーゼロッテはシェロと知り合ってから数日、毎日彼女の元を訪れていた。シェロは毎日会いに来てくれるのが嬉しくてたまらなかった。アーゼロッテが自分を選んでくれたからだ。

 今日に至っては、アーゼロッテと一緒に箒に乗って空を飛んでいる。面白いことに、夜空はいくら上昇しても近くは感じなかった。星は人々が思うよりずっと遠くにあるからだ。

「どうしたの、ロティ?」

 シェロは無邪気にはしゃいでいたが、アーゼロッテに呼び掛けられて振り向く。その目には少しアーゼロッテが寂しそうに映った。友達と二人きりで星空を飛んでいるのに。

 けれど、寂しさや悲しみを孕みながら、どこか決然とした表情をして、揺れながらも、アーゼロッテのオリーブの瞳はシェロを真っ直ぐ見据えた。

「大切な話があるの。あなたと私の、大事な話」

「私とロティの?」

 シェロは真剣で深刻そうなアーゼロッテの言葉に鸚鵡返しする。アーゼロッテは深く頷いた。

「この話を聞いたら、シェロと私の関係は変わってしまう。シェロは私に失望したり、軽蔑を向けたりして、私から離れていくかもしれない。それくらい、気分を害するかもしれないこと。それでも、聞いてくれる?」

 シェロは目をぱちくりとした。数日の付き合いだが、アーゼロッテは進んで冗談を言うような人物でないことはわかっていた。

 アーゼロッテがシェロに真摯に向き合ってくれるからこそ、シェロはアーゼロッテのことが大好きなのだ。けれど、アーゼロッテが深刻に考えてしまうのも、シェロはわかった。

 これはシェロの憶測でしかないが、アーゼロッテは以前に、友達とつらい別れを経験したのだと思う。友達はアーゼロッテを選んでくれなかったのだ。なんとなく、だけれど、アーゼロッテと話していて、時折垣間見える寂しそうな顔がシェロをそう思わせていた。

 アーゼロッテが悲しむのは、シェロも悲しい。アーゼロッテが何を話そうとしているのかはわからないが、シェロがアーゼロッテを軽蔑する可能性のある限り、この話は聞くべきではないのだろう。

 ……シェロの心は決まっていた。

「ロティ、聞かせて」

 ちょっとやそっとのことで、シェロはアーゼロッテを蔑んだりしない。それはアーゼロッテが星光の魔女だからというのもあるが、アーゼロッテがアーゼロッテだからである。シェロは魔女云々は関係なく、アーゼロッテという人物が好きになりつつあった。

 シェロが軽蔑するかもしれない話を聞くべきではない。けれど、アーゼロッテがずっとそれを抱えて苦しむのはもっと良くないと思ったのだ。

 シェロはそっとアーゼロッテを抱きしめる。慈しむように。

「私はロティが大好きよ。家族よりもずっと好き。だから、ロティと私のための大切なことは、何一つ逃したくないの」

 オリーブの目が綻ぶ。それを見て、シェロは嬉しくなった。

 シェロはアーゼロッテを信じている。アーゼロッテも今、シェロを信じてくれたのだ。

 ちらちらと流れていく星の中で、アーゼロッテは語り始めた。

「あなたに星光の魔女を引き継いでほしいの。でも、星光の魔女の役目……宿命は、とても残酷なの。だから本当は、私が終わらせるつもりだった」

「終わらせる? 星光の魔女を?」

「いいえ」

 きっぱりと否定したアーゼロッテの目に灯る見たことのない光に、ぞくりとシェロの背筋を何かが駆け抜けた。

 とんでもないことを聞いてしまっている気がする。これ以上聞いたら戻れない。そんな危機感と、それでも知りたいという好奇心が同時に浮上してきて、シェロは結局、何も言えなかった。アーゼロッテを止めなかった。

「終わらせようと思っていたのは世界よ。星光の魔女には世界を終わらせる力がある。でも、世界の救世主というのもそう。星光の魔女はね、この世界のために、星に捧げられる生贄なの」

「いけにえ……」

 どこから説明しようかしら、とアーゼロッテは口の中でぶつぶつと呟き、それから疑問を投げ掛けた。

「シェロは星光ほしひかりの魔女のこと、星光せいこうの魔女とも呼ぶっていう話、聞いたことある?」

 忘れもしない。アーゼロッテと出会った日にそういう話を耳にした。

星光ほしひかりの魔女は本来、星光せいこうの魔女と呼び、死んで星光ほしひかりになった魔女を星光ほしひかりの魔女と呼ぶのだと聞いたわ」

 ふむ、とアーゼロッテが少し考える。


「それは半分正解かな。星光ほしひかりの魔女が死んだら星になるという説は私が魔女になる前から唱えられていた説よ。継承されているのね。

 でも、正確には今の私は星光せいこうの魔女ではないわ。まだ星光ほしひかりの魔女なの。──いえ、星光せいこうの魔女と呼ばれることになる魔女なんて、一人しか存在し得ないわ」

 そう語るアーゼロッテの顔は苦虫を噛み潰したようだった。

星光ほしひかりの魔女とは……この世界に近づいてくる星たちを逸らすために幻惑の魔法を使う存在なの。唄には星たちに届けるための幻惑の魔法がかかっているの。それで、この世界は守られている。でも、星光ほしひかりの魔女の幻惑の力もいつかは尽きる。

 ……なんでこの世界には流れ星が多いか、考えたことはある?」

 問われて初めて、今まで考えたことがなかったというのに気づいた。流れ星が流れるのなんて当たり前すぎて、理由なんて考えたことがない。

 でも、流れ星に焦がれていた。女の子はみんな。流れ星が流れる夜は必ず星光の魔女が現れる。憧れの存在を目にすることができる夜だ。胸が踊って眠れないなんてざらである。

 まさか、魔女の役目がそんなだなんて思いもしなかった。もう既に多すぎる情報量だが、アーゼロッテの話は続く。

「流れ星が多いのは、この世界に星光ほしひかりの魔女がいるから。星光ほしひかりの魔女に惹かれて、星たちは降ってくるのよ」

「そんな、それじゃあ……」

「そうよ。星光ほしひかりの魔女がいるから、世界は守られているのに、そもそも星光ほしひかりの魔女がいなければこんな問題は発生しないの。星光ほしひかりの魔女はね……いらない子なの」

 シェロは表情を凍らせた。まさか、憧れ続けた存在が、「そもそも世界に存在しない方がよかった」だなんて、衝撃が大きすぎる。

 更に話は続いた。

「その事実を知られたら、星光ほしひかりの魔女は排斥されてしまう。だから『秘密』にして、継承して魔女は孤独に生きて、死んだ。

 ……でもね、星光ほしひかりの魔女にはもう一つだけ、選択肢があるんだ」

 こくり。シェロは小さく唾を飲み込んだ。ばくばくと破裂しかねない胸の辺りを押さえる。


「それが星光せいこうの魔女になること。──世界を守ることをやめ、降り注ぐ星を止めずに、世界を滅ぼすという選択肢よ」

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