忌み数
私誰 待文
忌み数
「この世には〈なぜか
「どうしたの急に」
休み時間。
「例えば〈13〉。西洋じゃ相当嫌われてる数だよねっ」
前の席に座っていた女子生徒が、椅子の
「ユウちゃんは知ってる? 〈13〉が嫌われてる理由」
ユウと呼ばれた黒髪の少女は
「あー……確か調和を表す〈12〉を超えた不調和を表す数だとか、キリストが
「さっすがー! 物知りだね」
「まぁ、レイよりは」
ユウの向かい、レイと呼ばれた金髪の少女は
レイがこの
「じゃあこれは知ってる? イタリアだと〈17〉が忌み数なんだってさ」
何で? とユウが興味を示すと、レイは待ってましたとばかりに胸を張り高々と語りだした。
「〈17〉をローマ数字に
そこでレイの語り口は止まった。私が正解できるか試しているのか、それに気づいたユウは〈17〉がなぜ忌み数なのかについて推理し始めた。
「ふっふーん。こればかりは流石のユウちゃんでも分からな」
「あっ、
推理は見事的中してしまった。
レイの勝ち誇った笑顔は、瞬時にこの世の終わりへ直面したかのような
「あっ、ごめん……」
「ひ、ひどいよ……ユウちゃん」
「あー! あああー! ホントーにごめん!」
「VIXIはラテン語で『私は死んでいる』を
高々と上げた鼻っ柱を
「ほ、ほら! 他に忌み数についての雑学、あるでしょ?! 私も知らないとっておきの雑学、レイから聞きたいな~、なんて!」
「……ほんと?」
「ほんとほんと! 期待してるから!」
「それじゃあしょうがないなー!」
ユウの
「あとあと。昔に言われてたのが――〈■〉が忌み数だった時代があったんだって」
「え!?」
瞬間、クラス中が水を打ったようにしぃんと静まりかえった。周囲は何事かと、ユウたちを丸い
「ははは……で、本当なの?」
「何が?」
「〈■〉が忌み数だったって話。自分で振っておいて忘れないでよ」
周囲へ配慮した声量で、再度ユウは
「本当だよ。私も初めて知った時はユウちゃんみたいに驚いたな」
「で、でも、でもさ。さっきまで話してくれた雑学は私も知ってたよ? 〈13〉とかよく聞くし、〈17〉は知らなかったけど理由を知ったら納得できたし。だけど〈■〉が忌み数になるのは、どう考えたっておかしい。レイ、その情報どこで知ったの?」
「えーとね、ユウちゃんをびっくりさせたいなーって思って、インターネットで『雑学 知らない 数字』で検索したら、そういうのをまとめてたサイトが出てきたんだよ」
「一応聞くけど、昨日は何時まで起きてた?」
「ん? 〈3〉時〈30〉分くらいまで調べてて、それからの記憶はないやー」
「……寝落ちしたんだ」
いつの間にか寝てしまったという友人の証言により、ユウの心内における〈■〉忌み数論は、
「悪いけど、私はどうも信じきれない。私も
「えー? じゃあ寝ぼけてて見間違えたのかな。でもそのサイトには、理由もちゃんと書いてあったんだよ」
「理由?」
ここで始めて、ユウの
友人として
「サイトには、何て書いてあったの?」
「おっ、興味持ってくれて
レイは今度こそ胸を張って雑学を披露する。
「〈■〉が忌み数とされてた主な理由はね、音なんだって。〈■〉の読み方の〈1〉つに、日本語でいう"死"と同じ読み方をするものがあって、それが不吉だから
「それはおかしいんじゃない? 〈■〉が死を想起させるのなら、〈9〉だって"苦"って読めるじゃん。悪い意味を表す
「知らないよー私が考えた訳じゃないし」
「それに〈■〉ってよく使う数字じゃん。東とか西を
「えーっと、〈■〉つ」
「犬とか猫とか
「〈■〉足。さすがに知ってるよー」
「あと〈■〉で有名なのがあるじゃん。レイ、
「〈■〉つ葉? あれ、〈6〉だっけ? 〈6〉つ、〈6〉つ葉!」
「〈■〉つ葉で合ってるよ……徳川
「〈8〉代!」
「おいおい…………とにかく、こんなに
「そっかぁ」
(こいつはどこまでアホなんだ)と内心
「でも昔の人は大丈夫だったんじゃないかな。方角が〈■〉つなくても、犬とか猫を〈■〉足動物って呼ばなくても。クローバーは〈■〉つ葉じゃなくったって幸せだったし、数えるのだって〈■〉を飛ばしても平気だったんだよ。きっと」
「絶対ありえないって」
いまいち
「でもね」
という
「〈■〉が忌み数なのは掛け言葉とかじゃないんだ」
「……どういうこと?」
また彼女の言葉に意識が食いつく。我ながら単純な頭だと
「存在」
存在。そう語った友人の
「存在?」
「そう。〈■〉っていう数、それ自体がこの世界全体で忌むべき数だから」
「何よ、急に」
突飛な論を楽し気に話す目の前の人間は、どう見ても幼馴染みである。だがユウはレイの
「〈■〉については書くことはもちろん、口に出すのも禁止。それは〈数〉として存在しちゃだめ」
「レイ……?」
ユウはレイの姿をじっと見つめる。確かに姿形や話の声色は長年
私の前にいるのは本当にレイなのか? 〈■〉歳の春に初めて知り合ってから、今日までずっと
「〈■〉を文字にして残そうとしたら、〈■〉は他の
ふうとレイが気息を
「だ、大丈夫? ちゃんと聴こえてるよ……〈■〉って言ってるじゃん、ノイズになんて聴こえてないって……」
「ユウちゃんにだけだよ。ほら、皆を見てごらん」
彼女ははっとして辺りを見回す。
教室から音がしない。思春期の男女が大勢集まっているとは思えないほど景色は静まり帰り、
「ユウちゃん。昔の人――というより、この世界に〈■〉なんて数は存在しないはずなんだよ」
ユウは
どうして自分がこんなに
「おかしいのは今のレイでしょ……?」
「ううん、だって〈■〉は無い数で」
「〈
とうとうユウは弾かれたように立ち上がり、人目も
「勉強できないにも程度があるって! 昔から〈
「そう? じゃあ」
「
「え?」
「指を折り曲げて、〈1〉から」
ユウは
「ほら」
背筋を
「い、〈1〉」
「いいね、次」
ちらりと他の指に目を
「……〈2〉」
「よし、次」
ユウは視線をやけに多く感じていた。レイのみならず、教室にいる別の人間の視線。それに、最初からこの成り行きを観察している何者かの
「さ、〈3〉…………」
「次」
ユウはもはや正気で物を考えられなかった。このまま数を数え進めれば、絶対に〈■〉を数えることになる。それは正しい行為、常識のはず。
「ねぇ、もういいでしょ……? 何回やったって、指の数は変わらないって」
「指の数じゃないよ。〈■〉がないってことを知るの」
「知るって……〈■〉は、あ、あるよ…………」
本当に?
ユウは〈3〉本の指を折ったまま、過去を
今までの人生で〈■〉と発言した瞬間、ふと違和感を覚えたことはないだろうか?
この世界で〈■〉を
仮に〈■〉がないとしたら、なぜ〈■〉は存在するのか?
〈■〉は在る数なのか?
「……いや」
違う。
〈■〉があるのではなく、元々あった数が〈■〉へ
「はやく。おって」
もしかしたら、〈■〉という数は。
その答えを確かめるかのように、ユウは〈3〉の次の指を折り。
キーンコーンカーンコーン
甲高い
「うぇっ、もうこんな時間!? やっばい、授業の用意してないって!」
レイはばばっとユウに背中を向けると、大慌てで学生カバンの中身をひっくり返した。
一方、ユウは先ほどの一部始終を脳内で
「この世の、忌み数……」
彼女は小刻みに
「1、2、3、4、5、■、6、7、8、9、10……」
変わりようのない自分の指の本数を数え、ふうと深い吐息が
「……変なの」
小声で彼女は悪態をついた。それからは忌み数の話など忘れ、ユウもせっせと数学の教科書を取り出すのだった。
忌み数 私誰 待文 @Tsugomori3-0
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