第9話 ホノルル空港
帰りのシャトル、小型の宇宙船に乗る。
地上へおりるのは家の近くの空き地にしてもらった。
家の庭におりて、おなじアパートメントの人が見たら大騒動だ。だが、それは無駄な心配だった。
部屋へもどると、大勢のアメリカ軍兵士だ。
「すこし待ってください。でかける用意をしますから」
親切と言っていいのか、アメリカ兵士は待ってくれた。
しかし二日間で、二度も軍施設に連行された日本人は、かつていただろうか。
なぜぼくが宇宙船にいったのがバレたのか。そう思ったけど、よくよく考えれば尾行もされていただろうし、家も監視されていたのだろう。
だったら余計に思うのが、ぼくが宇宙船に連れ去られるとき、助けてくれてもいいのに。
軍用のヘリコプターで、またオアフの基地へ着く。
着くやいなや、昨日とおなじようにスクリーンのまえに立たされた。
いや、昨日とはちがう。スクリーンのむこうには大統領がいなかった。ギャザリング参謀議長と知らない人が大勢。
「接触はするなと、聞いてなかったのかね!」
ものすごい形相で怒ったのは、ギャザリング参謀議長だ。
「す、すいません。でも、無理やり連れていかれたもので」
「なにをした」
「ぼくはなにも。むこうの司令官と会っただけです」
「どこの国のやつだ?」
「・・・・・・どこって異星人ですよ。昨日も話したでしょう!」
ぼくがそう言うと、スクリーンむこうの大勢がざわついた。
軍人のようではなかった。技術者の雰囲気がする。NASAの職員だろうか。
「あの・・・・・・大統領は?」
疑問に思い聞いてみる。ギャザリング参謀議長が、面倒そうな顔をした。
「大統領は、現在G20の会議中だ。きみが気にすることではない!」
怒られて思わず首をすくめた。昨日から怒られっぱなしだ。
「それで、やつらはなんと言ってきた」
「一回目の戦いを申請するようにと」
「一回目だと?」
ギャザリングが聞き返してきたので、ぼくはバックから銀河憲章をだした。
「この銀河憲章へもとづいた、侵略戦争のようです。9回の戦いをおこない、負ければ、かれらの植民地になると」
ぼくが取りだした本を、よこから兵士がもぎ取った。カメラに近づける。
スクリーンのむこうが、またざわざわしていた。説明をつづけていいのか判断に困ったが、ぼくはむこうへ見えるように腕時計をかかげた。
「999パセタまでに、かれらへ申請するようです。999パセタは彼らの時間単位です」
ギャザリングは、ぼくのことを無視して兵士に言った。
「それも密閉して至急こちらに送るように」
「はっ!」
答えた兵士が、ぼくの左腕をつかんだ。
「すいません、これ取れないんです」
ギャザリングが、またぼくをにらんだ。
「どういうことだ」
「それが、その、戦いが終わるまで、ぼく以外は地球の代表になれないそうです」
「なんだと?」
ギャザリング参謀議長の顔が、いよいよ血管を浮かせて怒っている。
「いいかね、これ以上、事態をややこしくしないでくれ!」
「ぼくが進んで手をあげたわけじゃないですよ!」
すこしぼくは頭にきた。異星人に返信したのは悪かったのかもしれない。でも、ぼくが地球代表へ立候補したわけでもない!
「もういい。専門家にまかせ、きみはくれぐれも勝手な行動を取らないように」
「あの、ぼくも天文学が専門ですが」
ぼくの言葉は無視され、スクリーンは切られた。
そのあと、ぼくはふたたび身体検査を受けて解放された。
すんなりと帰っていいのか。やはりそれは意外だった。でも、まえとおなじ。オアフ島だ。軍施設へは、いつも片道切符。
財布を持ってきていて良かった。昨日の借金を返し、ぼくはまたホノルル空港にむかう。
空港にむかうバスの途中で気が付いた。街の通りには、にぎわいがない。静まりかえっている。
街に人影がなかったこととは反対に、ホノルル空港は混乱のきわみだった。
正確には「ダニエル・K・イノウエ国際空港」と名がついているけど、ぼくは面倒でホノルル空港と言っている。
大きな空港ロビーには、大勢の人がいた。団体のツアー客から、裕福そうな家族にカップル。
ハワイをおとずれていた世界各国の人たちだ。それが、われさきに帰国しようと押しよせている。
チケットカウンターでも、人が押しあいへしあい。
ついにケンカが起きた。アジアとヨーロッパの男性が取っ組みあいを始めている。
そこへひとりの男性が割って入った。
どこか見おぼえがある、と思ったら、ハワイ島のヒロでぼくをつかまえた警備員だ!
警備員さんは巨漢で、悪く言えば太っちょな体型をしている。だけど、とんでもない。アジア男性もヨーロッパ男性も、ぶんと投げ飛ばしてしまった!
まわりの人たちが拍手を送っている。それにこたえて警備員さんが手をあげたとき、ぼくに気づいた。
「おお、おまえか。だいじょうぶだったか」
やっぱり、この人は悪い人ではない。ぼくは歩みよった。
「いま、アメリカ軍基地からの帰りです」
今日は灰色の制服を着ていない。アロハシャツを着たクマみたいな警備員さんは、ぼくの顔を気の毒そうな目で見た。
「すまなかったな。あのとき、おまえを信じてやれば」
警備員さんは悪くない。いきなり「宇宙人がくるぞ」と言われて信じる人はいない。
「日本に帰るのか?」
そう聞かれて、思ってもみなかったのでびっくりした。
「いえ。いまは帰れません。政府に協力しないと。警備員さんは、どこの国ですか」
「おれは生まれも育ちもハワイ。ハワイアンだよ」
そう言って彼は「ALOHA」のポーズをした。親指と小指を立てるあいさつだ。
「しかし、こんな光景を見ることになるとはなぁ」
警備員さんは、そう言って腰に手をあてた。しみじみと空港内をながめる。言いたいことは、ぼくにもわかった。
いつものホノルル空港なら、二種類の人がいる。目を輝かせて足取りの軽い人は、たったいまホノルル空港に着いた人だ。反対が、なごりおしそうにブラブラしている人。これは、これから帰る人たちだ。
世界各地にリゾートはあるが、ちょっと特別な島、それが「ハワイ」だとぼくも思う。それがいまや、だれもがハワイから逃げようとしている。
「早く日本に帰れよ」
警備員さんは、そう言った。出て行け、という意味じゃない。ぼくのことを心配してくれている。
たしかにそうだ。日本に帰るべきかもしれない。政府の人に言えば、帰れるかもしれない。
だけど、それも悲しかった。研究室に閉じこもっているぼくだけど、それでも、ぼくもハワイは好きだった。
「ぼくも天文学が専門ですが」とギャザリングに言った自分を思いだした。
そうだ。ぼくは天文学部の学生だ。ハワイがこんな状況になって、なにもできないのだろうか。しかも、ぼくがきっかけを作ったというのに。
オアフ島からハワイ島へいく飛行機をあきらめた。
混雑しているのもあるが、なにかぼくにできないか。そういう思いが胸の内にわいている。
ホノルル市内へのバスに乗った。
めざすは大学だ。だれか教授がいれば相談できるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます