第10話 演劇科の学生
ホノルル空港からハワイ大学まで。
バスでいくなら、ワイキキ経由で一時間ちょっとだ。
昨晩、ぼくは異星人の宇宙船ですこし寝ただけ。眠気をおさえながらバスにゆられた。
窓からさしこむ昼の日ざしは強く、細目であけておくのがやっとだ。
どうにか眠気と闘い、ハワイ大学のまえでバスをおりる。その瞬間から悟った。自分の考えは、あさはかだったと。
この大学は南国の植物があふれる広大な敷地と、いくつもの建物を持っている。ところが通りから見ただけで人がいないのがわかる。教授どころか、学生も事務員も、人影がいっさいなかった。
休校になったとは聞いていない。でも、となりのハワイ島に異星人が攻めてきた状況だ。だれも大学にはこないのだろう。
いくつか棟に入って見まわる。工学部の研究室から音がした。あいた扉からのぞいてみると、ふたりほど研究生らしき人がいる。
しかし、ふたりとも荷造りをしていて、いそがしそうだった。
「あの・・・・・・」
声をかけたが、やっぱり無視された。
途方にくれて、また大学内をうろつく。
電気も付いていて、鍵もかかっていない。でも、あのさわがしい活気はどこにもなかった。
外にでて、そのままグラウンドまで歩いてみる。野球場にも、フットボール場にも、人影はない。
歩きつかれてベンチに腰かけた。
しばらくのあいだ、うつむいて地面を見ていた。なにもできない。なにができるのか、それすらもわからない状況だ。
「そこのきみ、手伝ってくれないか!」
ふと、遠くから声がした。どこからだろう。見まわすとグラウンドのすみにあるステージからだ。
ドーム屋根のついた大きな野外ステージ。イベントや運動部の壮行会などで使用されているのを見たことはある。いまそこに大学生らしき男の人がいた。
ステージには中世の城のような舞台セットが組まれていた。ぼくを呼ぶということは、なにかを持ちあげたいのだろうか。
「手伝ってくれないか、コーヒーの一杯でもおごるよ!」
言われて、コーヒーが飲みたくなった。
ベンチから立ちあがり、舞台へ近づく。
近づくと、ぼくを呼んだ学生がはっきり見えた。きれいでサラサラした金髪の男性だ。顔の色も白く、髪がもっと長ければ女性と見られそうなほど顔立ちはととのっている。
かれが持っていたのは、たれさがるロープだ。上を見れば、ドーム型の屋根に滑車がつけられている。
舞台にあがり、屋根を真下から見あげた。
観客席からだと、いろいろ気づかなかった。ドーム型をした屋根のあちこちには、なにかを取りつけるための金具がいたるところにある。そのひとつに滑車が取りつけてあった。
滑車から垂れさがるロープを、ふたりで協力して引っぱった。引っぱると、なにを吊るそうとしていたのかわかった。銀の鉄板で作られた三日月だ。
中世の城の上に、銀の三日月か。あるていど吊りあげたところで、かれはロープをセットの柱にくくりつけて止めた。
これで終わりらしい。かれは両手のホコリをたたいた。そしてぼくに手を差しだしてくる。
「演劇科のウィルだ。助かったよ」
差しだされた手を取った。
「天文学部のタツロウです」
「初めまして、タツウロ」
すこし、ぼくの名前を言いまちがえた。それよりウィルと名乗った学生は「初めまして」と言った。じつは初めてではない。
もういまから二年ほどまえだ。ぼくはここ、本校のほうに用事があり、そのとき学内のカフェテリアでぶつかったことがある。
ぶつかったウィルは、ぼくが落とした星の本を見て「へえ」と鼻で笑った。
笑うのも無理はない。このハワイ大学には経済学部などの人気学部をふくめ、100以上の専攻がある。そのなかから「天文学」を選ぶのは、かなり物好きだ。それに本校の学生から見れば、天文学部はハワイ島の分校だ。きっと珍品に見えるだろう。
あのとき、ウィルは鼻で笑った。でもぼくはぶつかったウィルを見て、さすがハワイと思った。サーフィンがにあいそうな、さわやかな美男子だったからだ。
そんなウィルが口をひらいた。
「せっかく来月からやる予定だったのに、あいつらのせいで台なしだよ」
あいつら、とは異星人のことだろう。
「ウィル、きみは帰らないのかい?」
「どこへ? 宇宙人と戦争なんだぜ。アラスカに逃げたって無駄だね」
たしかに、これは地球侵略戦争だ。地球のどこへ逃げても無駄かもしれない。
「タツーローは、なにしに学校へ?」
また名前をまちがえている。それはいいけど急に聞かれて、答えに困った。
「なにか困ってるなら、話に乗るよ。なんだか、見てたら落ちこんでるみたいだった」
ベンチに座って、うなだれていたのを見られたようだ。でも演劇科の学生に言ったところで解決するわけでもない。
ウィルは突然、芝居がかったふる舞いで両手を広げた。
「
「なんのセリフだい?」
「リア王の道化師」
ぼくは舞台セットが、なぜ中世ヨーロッパ風なのかがわかった。
「すごい、シェイクスピアなんてやるんだ。ぼくは一冊か二冊しか読んだことない」
感心したのに、ウィルは肩をすくめた。
「おれは映画でしか見たことないね」
なるほど。シェイクスピアだもんな。
ぼくらは話を切りあげ、構内へもどった。だが残念。コーヒーは飲めそうもない。やはり大学内の店は、どこも閉店していた。
「しょうがない。ペプシで我慢してもらおう」
学生用ラウンジにいき、ウィルが販売機から2本買った。ぼくに1本を投げてよこす。
近くに、四人がけのテーブルがいくつあったので腰かけた。プラスティック製のテーブルとイスで、グリーンやピンク、かなりポップな色をしている。
「で、なにかあったのかい?」
座ってペプシをあけると、すぐにウィルが聞いてきた。
話すべきか迷う。あのアメリカ軍基地で機密情報だかなんだかの書類にサインもしている。
でもだれかに話したい。そういう欲求もあった。ぼくひとりの胸では、かかえきれない。
考えてみると、もっとだれかが、ぼくの相談役をしてくれてもいいのに。アメリカ政府の人のなかで、だれかが相談に乗ってくれれば話は早い。
でも、だれもぼくを重要人物とは見ていなかった。まあ、あたりまえではある。ぼくは天文学部だけど、そんな人はNASAにいけば10年にひとりのような天才がごろごろいる。
周囲を見まわした。学校内には、確実にぼくらだけだ。
「ウィル、これはだれにも、言わないで欲しいんだ」
「オーケー。SNSにしか書かないよ」
ぼくは返答に困った。
「ごめん、冗談だ。シリアスに聞く」
このウィル、陽気な性格は楽しいけど、信頼できるのかわからない。でもぼくは友達もいないし、両親をふくめ古い知人はすべて遠い日本だ。
「よし、話すよ。信じてくれるかどうか、わからないけど」
ここまでの話を、最初から説明した。
ウィルが豪快にペプシを噴きだしたのは、ぼくが「ノック・ノック」というモールス信号を受信したところだ。
「ワオ。きみがあいつらを呼んだんだ!」
「ぼくが呼んだんじゃないよ。たまたま始めて受信しただけだよ!」
「ごめんごめん、きみのせいで、という意味じゃない。きみが返事をしなくてもきただろう。どの道、この星をねらってきているんだから」
ウィルは言い直してくれたが、ぼくのせいである部分もあった。
かれらが地球にきたのはむこうの勝手だが、目的地がハワイになったのは、ぼくが返事をしたせいだった。
ぼくは腕の通信機を見た。数字は着実に減り「992」になっている。
「ワオ! それなに?」
ウィルが通信機におどろいて、ぼくの腕を取った。
「こんなの見たことないや!」
と言いながら、ウィルがあちこちのボタンを押す。
「ウィル、あんまり、さわらないほうが」
すると、ガタガタガタガタ・・・・・・と周囲から音がしだした。ペプシを買った自動販売機がゆれている。
そのとなり、スナックの販売機までも振動しはじめた!
「ウィル、どこ押したんだよ!」
ウィルは両手をあげた。見ると四角い表面の一部に、点滅するボタンがあったので押してみる。さいわいにも、ゆれはおさまった。
「ターツロ、これは・・・・・・デンジャラスだ!」
「そうだよ!」
ぼくは話をもどした。これから地球人は、異星人と九回戦って五回は勝たないといけない。
「絶対、勝てっこないんだ。けど一戦目は、この時計の数字がゼロになるまでに申請しないといけない」
ぼくの話を聞き、ウィルは席を立った。窓ぎわにいき外を見る。
「すごいな。とても学生のおれらに解決できる問題じゃない」
ウィルの言うとおりだった。
ぬるくなったコーラの缶を見つめる。缶の表面についた水滴をぬぐった。
「でも、ぼくはなにか自分も役に立ちたい、そう思うんだ」
「ターツロー!」
「ウィル、呼びにくければ、タッツでも、なんでもいいよ!」
頭をあげると、なぜかウィルがもう一本ペプシを持っていた。
「さっきのゆれで、もう一本でてた!」
やっぱり、相談相手をまちがったのかもしれない。
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