第8話 侵略者

 夢からさめつつあった。


 ひどい夢を見たような気がする。


 そう、悪い冗談のような夢だった。ぼくが異星人と交信した夢だ。それがもとで、ぼくは異星人から地球の代表だと思われてしまう。


「起きたかね。軍医の見立てどおりの時間だな」


 野太い男の声だ。


 大学の先生か。ぼくは大学で寝ていたのか。


 ひどく眠かったけど、からだを起こした。


 そしてぼくは固まった。息をするのも忘れた。


 声のぬしは、緑色の顔をしていた。目と鼻、口は人間とおなじ。ただし顔の中央には、鼻を横断するようなよこに深いシワがある。


 見たこともない人間が、ぼくの目のまえにいる。


 なにか言おうとしたけど、言葉がでずに口をパクパクさせた。


「水を飲むといい。軍医の調べだ。きみのからだは、いちじるしく栄養と水分が不足している」


 異星人はそう言って、デスクの上にあるコップに水差しから水をそそいだ。


「オー・マイ・ガー!」


 生粋きっすいのアメリカ人でもないのに、思わずそうさけんだ。


 緑色の異星人が小首をかしげた。


「なぜ、いま、お祈りを?」


 いや、これは神さまと言っても祈りじゃない。そんなことより、ぼくは周囲を見まわした。


 使用感のある黄ばみがかった白い壁。清潔というより殺風景な部屋だ。大きな部屋なのに、ポツンと大きな銀色のデスクが置かれているだけ。


 そのアルミ板のようなデスクのうしろ。イスに背筋よく座っているのは、緑色をした中年だ。


 いや待てよ。相手は異星人。ぼくが中年と思っているだけで、じつは子供かもしれない。


 でも子供という表情でもなかった。緑の異星人は、机の上に両腕を乗せ、こちらをじっと見ている。その顔には、中年の貫禄があった。


 そしてそのデスクの正面。簡易ベットが置かれ、その上に腰かけたぼくがいる。


 自分の服にも気づいた。いつのまにか病院のガウンのような、白い布を頭からかぶっている。


 あわてて顔をさわった。顔はだいじょうぶだ。次に白いガウンの上から、あそこをさわる。


 よかった。どちらもまだ付いている。宇宙人にさらわれた牛が、睾丸こうがんを引きぬかれていたというオカルト話を思いだしたからだ。


「きみは、ひどく不衛生だったので、失礼だが洗浄させてもらった」


 なるほど、そういうことか!


「・・・・・・あなたは、その」


 おそるおそる声にだした。


「私は侵略軍の司令官だ」

「それは・・・・・・その」

「なるほど。わかりやすく言おう。われわれは異星人だ」


 なんということだ。ぼくは心のなかで、もう一度「オーマイガッ!」と繰り返した。


「きみが、われわれと通信した本人。そうにまちがいないか?」

「・・・・・・そうです、多分」

「では、きみが地球の代表者だ。それでは本題に入ろう」


 はいそうですね、とはとても言えない。


「ちょ、ちょっと待ってください。ぼくは地球の代表ではありません」

「いや、あのマヌケな指揮官にも言ったが、それは銀河憲章でさだめてあるとおりだ」

「銀河憲章?」


 思わず聞き返した。


「そうか。そうだな」


 かれはひとり納得したようだった。引きだしから、一冊の本をだす。


 机の上に置かれた本は、大きくてぶあつい。黒い革のような表紙に、まったく読めない文字が浮き彫りで書かれてある。


「簡単に説明しよう。われわれは地球へ侵略しにきた」


 いや、そんなこと簡単に説明されても。そう反論したいけど、いまは寝台のふちに座りなおし、耳をすました。


「銀河憲章へもとづいて、侵略を宣言する。これから9つの戦いをして、きみたちが勝てば、われわれは帰る。負ければ、われわれの植民地となる」


 植民地。ぼくは寝台からおりて立ちあがっていた。


「そんな、待ってください!」

「この星との連絡は、私が代表しておこなう。そしてわれわれとの連絡は、きみだ」


 緑の顔をした司令官は、引きだしから腕時計のような機械を取りだした。それを机の上、ぼくに近いほうへ置く。


「この星の通信手段では不便なので、これをわたそう。いつでも私と連絡を取ることができる」


 おそるおそる手にしてみた。


「さまざまな機能があるが、きみは使用しないほうがいいだろう。制御できない。まずは丸いボタンを押したまえ」


 ぼくは言われるがままに、丸いボタンを押した。すると電源が入ったのか、小さな画面に数字が浮かびあがった。


 数字は「999」だ。


「これから999パセタ以内に、最初の戦いを申請すること。申請がなければ自動的に、第一戦はきみらの負けだ」


 負け。こわくなって通信機をデスクに置いた。


「銀河憲章にのっとり戦いをいどまれた以上、地球にのがれるすべはない。だがそう悲観することもない。私も侵略された身だ」


 意外すぎる言葉を聞いた。この人は侵略軍の司令官なのに。


「あなたも?」

「そうだ。侵略されたからと言って、なげくほどでもない。ふつうの生活には、なんら支障はない」


 緑の司令官は、無表情にそっけなく言った。通信機を手に持ち、ぼくのほうに差しだしてくる。


 どう答えていいか、わからなかった。でも受け取る以外に、手はなさそうに思える。


「これを受け取れば、家に帰してくれますか?」

「無論だ。そのために部下へむかえにいかせた」


 むかえ。あれは送迎なのか。連行ではなく。


「あの・・・・・・なんで英語がしゃべれるのですか?」


 通信機を受け取りながら、聞いてみた。最初からの疑問だったことだ。すると緑の顔をした司令官は、小首をかしげて答えた。


「きみたちの言葉を理解するのも私の仕事だ。かなり手こずって地球時間で12日間かかった」


 12日。ぼくはハワイ大学へいくために、高校三年間をまるまるかけて英語を猛勉強した。


「腕に、はめてみたまえ」


 そう言われでもベルトがない。大きめで四角い腕時計のような機械を、腕の上に置いてみた。


「シュッ」と音が鳴り、ベルトが出現してつながる。


「すごい!・・・・・・あれ、これはどうやって、はずれるのですか?」

「9回の戦いが終わるまで、取りはずすことはできない。盗難や悪用されるのを防ぐためだ」


 緑の司令官はそう言って、もうひとつの通信機を取りだした。自分の腕に付ける。


「えっ、取れない?」


 ぼくは通信機を無理やり取ろうとしてみた。たしかに、びくともしない。


「取れないのであれば、これを付けたままシャワーを浴びろと?」


 敵の司令官は、眉をひそめて答えた。


「プライバシーを心配する必要はない。きみが通信ボタンを押さなければ、こちらには、なにも届かない。」

「ああ、そうじゃなくて。これ、防水ですか」


 司令官は答えなかった。


 いや、馬鹿な質問はやめて、なにかもっと聞かなければ。そんな思いが強烈にわいた。


 宇宙人が目のまえにいる。聞きたいことは山ほどある。でもぼくの頭も混乱している。


「あなたを、どう呼べばいいですか?」


 異星人であっても相手の名前を呼ばなければ失礼になる。そう思ったけど、司令官は顔を曇らせた。


「それは無意味な質問だ。きみたちの声帯では発声できない。私のことは司令官でもいい。われわれ全体のことは異星人でもいいし、侵略者でもいい。緑のくそったれ、でもかまわない」


 あの大統領との会話もそうだが、この異星人のしゃべりには特徴がある。


「おなじようなことを聞きますが、どこで英語覚えました?」

「フル・メタル・ジャケットとプラトーンは覚えやすかった。おなじ仕事だからな」

「な、なるほど」


 たしかに戦争映画なら、おなじ軍人という仕事だ。そしてこの異星人が「くそったれ」という単語を使用する原因がわかった。


 かれらは思いのまま地球の回線をハッキングできるのだろう。そうなると映画をネットで見たのか。


「ひょっとして、司令官らしい制服を着ているのも、映画から?」


 緑の顔をした司令官は、アメリカ海軍の司令官とおなじように、白い詰めえりの軍服を着ている。そでと肩には黄色の刺繍による線も入っていた。


「そのとおりだ。きみたちの文化にあわせてみた」

「ではええと、どうやってきたんです。いえ、そもそもあなたの星はどこに?」

「ミスター・オチ」


 ぼくの言葉を司令官はさえぎった。


「これからの戦いにそなえ、きみたちに情報をあたえることはできない」

「そこを、ちょっと待ってくれませんか。その戦いなんて!」


 緑の司令官がデスクの上を押した。平坦に見えたデスクだったが、押された場所が光った。例の黒ずくめでフルフェイスのような兵士が入ってくる。


「ミスター・オチを家まで。服に着替えさせるのを忘れないように」


 司令官は有無を言わせぬ態度だった。


 帰るのがおしい。ぼくはすこし落ちついてきた。異星人との初遭遇、おそらく科学者なら、だれもがあこがれる瞬間だ。科学者だけではない、人類学者や哲学者でさえ夢見るだろう。


 あらゆる「答え」が、この緑色の男性から聞きだせたのではないか。ぼくらとは文明の進み具合がちがう。


 だが司令官が言ったように、かれらは「侵略者」だった。

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