20.貴様のことは嫌いだからな?〈後編〉

「言われた通りに対象を指定しても、能力が使える時と使えない時があったんです。それに、同じものを指定していたはずなのに、移動できる時とできない時がありました。カレンさんの言う通りじゃ、こうはならないんじゃないかなと……」


「なるほど……。だとすると、指定できる対象に条件があるのかもな」

「条件?」

「ああ、まずはそれを調べることにしよう。昨日は確か向こうの木とこのベンチ、あとは倉庫前と――」


 それからカレンは、昨日紅葉が能力を使い移動した対象を順番に述べていった。その数が両手の指に収まりきらなくなった辺りで、不意に紅葉がストップをかける。


「ちょっと待って。まさか俺の移動した先全部覚えるんですか?」

「未知の能力を使う相手に対して、少しでも情報を集めるのは当然だろう?」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりにカレンは平然と言ってのけた。だが、能力を使っていた本人よりも詳しく上げ連ねられると、今度はこちらが驚いてしまう。


「それで、失敗したときは何に向かって移動しようとしたんだ? その二つの違いを比べれば何かわかるかもしれない」

「とはいっても、俺はあの時必死でしたし、何に向かって失敗したとかってのは――」


 紅葉は頭を悩ませながら訓練場を見回した。あの時はとにかくカレンから逃げるのに必死で、移動先のことや能力の検証など頭から抜けていたものだから、失敗したときのことなどほとんど覚えていない。


 だが、ふと訓練場の奥に生えていた木を見つけ、紅葉は思い出したように呟いた。


「あの木に能力を使おうとした時に、一回失敗したのは覚えてます」

「あれか? でもあの木はよく移動先に使っていたもののはずだぞ」


「そうかもしれませんけど、最初は違ったんです。追いかけられて真っ先に目についたから、能力を使おうとしたのはいいけれど、全然発動しなくて焦ったのでよく覚えてます」

「ふむ……」


 紅葉の話を聴いて、カレンは口元に手を当てて考えこみ始める。しばらくして、カレンはぽつりと、まるで独り言を呟くように言葉を発した。


「もしかすると、最初だから駄目だったのかもしれないな」

「というと?」


「例えばそうだな。最初に指定したときは必ず失敗するが、二回目からは失敗するとか。他にもありえそうな仮説はあるが、ひとまず考えられるものを順番に確かめていくか。ひとまず、あの木の元まで移動しよう」


 カレンは提案すると同時に、木の方へ移動しようと紅葉に踵を返す。数歩歩いた辺りで、彼女は背後にいる彼が立ち上がる気配がないのを感じ取り、不思議そうに振り返る。


 一方紅葉も、昨日までひたすらに自分のことを嫌っていたカレンが、ここまで協力的に接してくれることに、不思議そうな表情で彼女の顔を見つめていた。


 ややあって、カレンが口を開く。


「どうした。私の顔に何かついているか?」

「いや、あの、昨日はあんなに俺のこと嫌ってたのに、結構真剣に考えてくれるんだなと思いまして」


 紅葉が正直に述べると、カレンはその問いにため息とともに返答した。


「別に、全て兄上の言う通りだったというだけさ。昨日の一件は終わってみれば大したことのない事故だったんだ。本来ならば笑い話にでもしてしまえばいいものを、私はあろうことか殺すつもりで貴様を丸一日追いかけまわしたんだ。非は私にある」


 頭では、アッシュに言われるまでもなく分かってはいたのだろう。だが、肝心の心がどうしても許せなかった。


「それに、貴様がこの世界に来たということは、この国に何かしらの危機が迫っているということだろう? それを前につまらない私情を挟んでも仕方ない。この先戦場に出ることもあるだろうが、そこでくだらない考えに振り回されていたら命に関わる」


 彼女の言葉はもっともらしい意見だった。今まで出会った誰よりも大人で、立派な考え方だ。


 だが、紅葉にはそれがどこかで無理をしているようにも見えた。


「あともう一つ言っておくが、私は今でも貴様のことは嫌いだからな?」

「あっはい」


 それからは、カレンの指示のもと、能力の検証を一つずつ試していった。


 まずは成功例と失敗例の比較から、ある程度の予測を立てていく。


 それができれば、あとは思いつく限り条件を変えながら能力を使ってみる。この時、成功と失敗の結果と、気づいたことはどんな些細なことでも嘘偽りなく報告する。


 指定する場所、もの、人物。指差しの必要の有無。視界の外に対する対象指定。


 合間に休みを挟みつつ検証を行い続け、気付けば太陽は高々と登り切っていた。

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