19.貴様のことは嫌いだからな?〈前編〉

「さて、私とマナさんは近況について話してくるよ」

「その間ですが、カレンさんにはアオキさんの能力について、もう少し詳しく調べを進めておいていただきたいのです。アオキさん、体調の方は大丈夫ですか?」

「あ、ああ、少しだるかったけど、もう大丈夫」


 あまりの話の早さに気圧されながらも、紅葉はマナの質問に頷いた。正直今は体調なんかよりも、この後カレンと二人きりになることの方がよっぽど不安なのだが、それは表には出さないでおくことにする。


「着替えはここに置いてあるので、これに着替えたらカレンと訓練場で能力検証の続きをやってください。私とアッシュさんは今持ちえる情報の摺り寄せと、今後の行動指針を決めておきます」


「昼食が用意できたら君達を呼びに行くから、食べながらお互いの進捗を報告し合うことにしよう」


 言い終わると、アッシュとマナは医務室から出て行ってしまい、部屋には紅葉とカレンだけが残されてしまった。


 昨日の追いかけっこの後のような、気まずい空気になるのはごめんだと紅葉が口を開きかけた時、それを阻むようにカレンが先に口を開いた。


「……こうなっては仕方ないな。私は外で待っているから、着替えたら呼んでくれ」

「は、はいっ」


 紅葉が頷くと、カレンはさっさと医務室から出て行ってしまう。その背中を見送ってから、紅葉は近くの机に置かれていた服を手に取った。


 用意されていたクリーム色のシャツと黒のズボンは、少し厚手で肌触りがごわついたスポーツウェアのようだった。着替えに袖を通して着心地を確かめ、ベッドから立ち上がって軽く伸びをする。


 元着ていた病衣は畳んでベッドの上に置いておき、外で待っているであろうカレンに声をかけた。


「着替えたか。なら、行こうか。私は木刀を取りに倉庫に寄るが、貴様はなにか欲しいものはあるか?」


 紅葉に一緒に来るように促し、彼を訓練場まで先導しながらカレンは質問を口にする。


 それに対し、紅葉は少し考えてから、いつもマナから借りていた杖のことを思い出した。


「マナの杖みたいなのが欲しいです。あれがあるのとないのじゃ、魔力の扱いやすさが全然違うので」

「あれか……。いや、それは止めておこう。練習でそれに頼り切りになるあまり、実践の場でも補助器具ありきになるのは避けたい。というよりも、昨日、杖無しでも散々能力を使っていただろうが」


「いやー、一応といいますか、念のためといいますか……」

「別に貴様に無理をさせるつもりはない。魔力切れになりそうになったらその場で中断するから安心しろ」


 歩く脚を緩めることなく、カレンは紅葉に説明を続ける。訓練場に入り脇に置かれた倉庫から、昨日使っていたものと同じような木刀を腰に差すと、近くのベンチに紅葉を座るよう促した。


「まずは、貴様の能力の概要を知ることから始めよう。ひとまず、私は『指定した対象のもとに移動する』類の能力だと思っている。ここまでで、何か気になることはあるか?」


 カレンはベンチに腰掛ける紅葉の前に立ち、彼の能力について考察を始めた。能力の内容は紅葉も薄々察してはいたが、まだまだ納得できない部分が多い。


「俺もそんな感じなのかもとは思っていましたが、それにしてはおかしいって思うんです……」

「どこがおかしいと感じた? 言ってみろ」

「い、いえその、たぶん俺の思い違いだと思うんで、気にしなくても――」


 気まずさでしどろもどろになる紅葉に、カレンはため息を吐いた。


「あのな。私が貴様から意見を出されて気を悪くするような、そんな狭量な人間だと思うな。むしろ、今は少しでも情報や意見が欲しいんだ。どんな小さなことでもいい。思い違いや勘違いでも構わない。思ったことは気にせず言ってくれ」


 かがみ込み、ベンチに座る紅葉と目線を合わせて話すカレンの眼は、真剣そのものだった。まるで、昨日のことなど何もなかったかのように、紅葉のために力になろうとしてくれている。


 紅葉はごくりと息をのみ、そして言葉を探して途切れ途切れになりながらも、昨日から感じていた違和感を口にした。

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