16.アッシュの思惑〈後編〉

「なるほど、それで?」

「それで、とは」

「そうすることで得られる、あなたの利はなんでしょう?」


 リィン王国直属の機関である王国騎士団、それも騎士団の顔ともいえる第一騎士団と手を組むことができれば、彼女達にとって大きな助けになることは間違いない。


 間違いない、が、彼がそれだけの理由でマナと手を組むとは思えない。たとえそれが王国を救う英雄と黒魔女であったとしても、だ。


「失礼ですが、どうもあなたが善意だけで動くようなお方には見えませんでしたので。ましてや、王国の第一騎士団隊長という地位のあるお方がわざわざ時間を割くくらいなのですから、何か思惑があって私達に接触してきたと考える方が自然です」


 高い地位にある人間達が仲良しこよしの集まりでないことくらい、マナも身に染みてよく分かっている。


 おそらく最初に出会った時から、アッシュはこういう話に持っていくつもりだったのだろう。いや、そもそも、彼らと出会ったのがはたして本当に偶然だったのかすらも怪しい。


 あの時すでに、マナ達が王国に到着したことは王城内に知られていた。ならば、偶然を装って自分達から彼女達に接触することもできたはずだ。


 ここでようやく、マナがアッシュに向き直った。


「さすがはマナさん。お見通しでしたか」


 睨みつけるマナに対し、アッシュは観念したように首を振った。


「いつの時代も、人の考えることは同じというだけの話ですよ」

「ということは、同じようなことがこれまでにも何度かあったと?」


「ええ。何せ黒魔女は、千年前からその役割を担い続けていますから」

「なるほど、それはどおりで……」


 リィン王国の人間ならば、国家守り続ける英雄と黒魔女を知らない者はいない。


 不必要に言葉を重ねずとも事情を理解してもらえるのは楽でよかった。


「……カレンについて、どう思われますか?」


 マナの話に納得して頷いたアッシュは、ぽつりと呟くように言った。


 先ほどまでの楽しそうな笑みは消え失せ、真剣な眼差しがマナに刺さる。


「どう、と言われましても、会ったばかりの私には分かりかねます」

「それでも、訓練場での剣さばきと、英雄様との鬼ごっこは見ていたでしょう? それについての所感だけで構いません」

「そう、ですか……」


 顎に手を置いて、マナはカレンについてのことを思い返し始めた。


 自分たちと出会った時、紅葉の能力についての発言、そして、彼のことを追いかける今。


 やがて言葉を選びながら、マナは少しずつ話し始めた。


「……素晴らしい剣術に加え、アオキさんの能力を知るきっかけとなる思考の速さ。今も彼を『身体強化』のみで追い続け――」


 そこまで言って、ふとマナは気が付いた。


「能力なし。いや、『身体強化』が彼女の能力ですか」


 短く発せられた言葉に、アッシュが頷く。


「……マナさんの言う通りです。カレンの能力は『身体強化』で、さらに生まれつき保有する魔力量も乏しい。魔法の習得も絶望的です。それでもなお、英雄ヴェッキに憧れて騎士を目指し、学園では剣術だけで校内二位、それも歴代の卒業生達にも引けを取らぬほどの成績を収めました」


 この世界では各個人固有の能力とは別に、修練によって後天的に習得が可能な魔法が存在する。特にカレンの能力である『身体強化』は代表的な魔法の一つといってもいいほど、この世界では広く普及していた。


 魔法は能力に比べ出力が落ちるとはいえ、能力が『身体強化』というのは、実質的に能力なしとほぼ同義といってもいい。


 そんな状態にあるにも関わらず、能力持ちの級友達を押しのけ、校内二位にまで上り詰めた彼女の努力は計り知れない。彼女の剣術と知力がそれを裏打ちしている。


「しかし、実質的に能力を持たないカレンに対する風当たりは強く、彼女を認めない騎士団員が大勢いるのも事実です。今は私の秘書業を任せることで、どうにか騎士団に籍を置くことはできていますが、それもいつまでもつことか……」


「それで、私達と行動を共にさせることで、英雄と黒魔女のパーティの一員という箔をつけさせ、彼女を認めさせるということですか」

「まともなやり方で納得されないならば、まともでないやり方を行えばいいだけの話ですから」


 彼のいう事にも一理ある。目的のためならば手段を選ばない彼の姿勢には共感すら覚えた。


 他ならぬマナ自身、もはやまともとは呼べないのだから。


「……本来ならば、半端に夢見させてやるよりも、もっと地に足付けた暮らしを見せた方がいいのでしょう。嫁の貰い手でも探して、慎ましやかな生活を送る方がカレンのためになるのではと何度も思いました」


 アッシュが一度言葉を区切る。一呼吸入れて、次の言葉を口にする。


「ですが、どうにも、放っておけないんですよね」


 そう言って、アッシュは顔をすくめてみせた。先ほどまでの真剣な眼差しが緩み、騎士団長としてでもなく、貴族でもなく、一人の兄としての本音が少しだけ透けて見える。


「彼女の努力は誰よりも身近で見てきたつもりです。決してお二人の邪魔にはなりません。ですので、どうぞ、よろしくお願い申し上げたい」


 アッシュは立ち上がり、マナに対し最敬礼を行った。その後頭を下げながら、右手をマナに差し出す。


「……私を利用する分には全く構いません。得られるであろう地位も名誉もお好きなようにしてください」


 マナも彼の敬礼に対して立ち上がり、差し出されたアッシュの手を握り返した。


 マナの手が触れた一瞬、アッシュの手がぴくりと反応する。


 この握手が何を意味するか、マナの口から発せられるよりも前に理解して、アッシュは頭を下げたまま安堵の表情を浮かべた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

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