15.アッシュの思惑〈前編〉
「見てください黒魔女様、カレンと英雄様、もうあんなに打ち解け合っていますよ」
「いや、あれは別に打ち解け合っているわけではないですよね」
「出会いの形が多少悪いものだったとしても、今後仲を深める場面はいくらでもありますよ」
「その出会いの形の悪さが多少どころでは済まされないのですが……」
訓練場で紅葉がカレンに追い回されている一方で、マナとアッシュは医務室の窓から二人の様子を眺めていた。
カレンから殺気が漏れ出ているのは、遠目からでも分かるほどに明らかだ。それこそ今後の二人の関係なんかよりも、今彼女から逃げきれるかどうかを気にしなければいけないほどに。
『身体強化』の魔法すら教わっておらず、能力もたった一度偶然発動しただけの紅葉が、果たしてちゃんとあの場を乗り切れるのだろうか。不安に思うマナとは対照的に、隣に座るアッシュはとても楽しそうだ。
その横顔は、まるで仕掛けたイタズラが成功して喜ぶ子供のよう。
いや、おそらく彼は本当に――。
「ところで、黒魔女様」
「そんなに畏まる必要もないですし、呼び名もマナでいいですよ。私はそうできた人間ではないですので」
「そうなのですか? では、マナさんで。私も気を遣い合うのは苦手ですので、マナさんも遠慮なくどうぞ」
「そうですか。ですが、かれこれずっとこの話し方で慣れてしまっているので。それだけはご容赦を」
「かれこれずっと、ですか」
ふと、二人の間に沈黙が流れた。マナは下で追いかけっこを続ける二人を眺め、アッシュはそんなマナを見つめている。
相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべながら、アッシュは静かに問いかけた。
「……マナさんが英雄様と共にリィン王国を訪れたということは、今この国に滅びの危機が迫っている、ということでよろしいのですよね?」
「ええ、そうなります」
「そして、此度の国の危機は、マナさんと彼で対処なさるおつもりである、と」
「そのつもりです」
回りくどく確認から入るアッシュに、マナは興味なさげに即答を続けた。彼女は頬杖をつき、窓からの景色から目を離さない。
ぼんやりと考え事しながらも、耳はしっかりと傾けている。だが、顔色を窺い、探りを入れてくる内はまともに取り合う気がない。アッシュもその意思をくみ取って、一つ咳払いして単刀直入に切り込んだ。
「此度の危機についてなのですが、ぜひともあなた方のパーティにカレンを加えていただきたい」
やはりそういった理由かと、マナは表情には出さず内心ため息を吐いた。
それに気付いていないのか、はたまた気にしていないだけなのか、アッシュはさらに説明を加える。
「先に申し上げた通り、私はリィン王国の第一騎士団隊長を務めており、カレンは私の補佐官として騎士団に籍を置いています。カレンを隊長に別動隊を編成し、お二人をそこに組み込めば、より円滑に協力体制を敷くことができるでしょう」
いくら黒魔女とはいえ、外部の人間に情報や人員を流すのは規律や規則が障害になりうる。そのため、二人を部隊内に組み込むことで、その面倒な過程を無視することができると、アッシュはそう弁明した。
高い地位にある人間達が仲良しこよしの集まりでないことくらい、マナも身に染みてよく分かっている。英雄だから、黒魔女だからと特別扱いしてしまうと、その前例が後々どのような形で利用されるか分からない。
だからこそ、王国騎士団隊長の権限が及ぶ範囲内に彼らをおくことで、諸々の不安要素を拭いたい。彼の考えはそこにあるのだろう。
リィン王国直属の機関である王国騎士団、それも騎士団の顔ともいえる第一騎士団と手を組むことができれば、彼女達にとって大きな助けになることは間違いない。
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