13.アプローチ
紅葉が目を覚まし、最初に目に入ったのは、見慣れない白い天井だった。
背中から伝わる柔らかい感触からして、どうやら自分は医務室かどこかのベッドに寝かされていたらしい。
ベッドは部屋の窓際に置かれており、窓の外には青い空が広がっている。カレンに能力を使おうとしてからそう時間は経っていないようだ。
彼女に能力を使おうとした時何が起きたのか、どうにも頭がぼんやりとして上手く思い出せない。
「気が付きましたか」
紅葉が声のする方に顔を向けると、マナとアッシュがベッドの側に置かれた椅子に座り彼の様子を見ていた。
「あの、俺はさっき何を――」
紅葉が上体を起こそうと体に力を込めると、顎に鋭い痛みが走り、とてつもないけだるさと吐き気に襲われた。
目眩を起こして再びベッドに倒れ込もうとする彼を、アッシュが見事な反射神経で優しく受け止める。
「無理は禁物です。アオキさんはもう少し横になっていてください」
「体に異常はないとはいえ、ああも綺麗に気絶させられたんです。もう少し休んだ方がいい」
気遣いの言葉を浴びせつつ、アッシュは紅葉をゆっくりベッドに寝かせる。
だが、紅葉はベッドに運ばれるに至った経緯が気になって仕方がなかった。とてもではないが、その理由を聞いておかなければゆっくりもできそうにない。
「まあ、それはともかくとして、です」
訓練場で何があったのか紅葉が問おうと口を開きかけたその時、アッシュが突然遮るように話し始めた。
その表情はなぜか楽しそうで、興奮した面持ちを隠せないでいる。
「さっきはとても面白いものを見せてもらいましたよ! 初対面だというのに、まさかあんなことをするなんて!」
「待ってください。面白いことって、俺はさっき何かしたんですか?」
彼が一体何を喜んでいるのか、彼の言う面白いものとはなんなのか。記憶に残っていない出来事に何かあったのかは分からないが、ろくでもないことが起きたことだけは察せられた。
「覚えていないんですか?」
「正直、ちょっと思い出せない」
「それでは、僭越ながら私が説明しましょう」
紅葉の様子にマナは怪訝な顔を見せ、その隣で満面の笑みを見せるアッシュが説明を始めた。
「英雄様が能力を使った瞬間、あなたはカレンの目の前に立ち、彼女の胸に手を置いて、唇を奪おうとしていましたね」
「……え?」
思いもよらぬアッシュの説明に、思わず紅葉は言葉を失う。
「それに驚いたカレンさんがあなたの顎に拳を叩き込み、脳震盪で運ばれて今に至ります」
「え、え……?」
さらに説明を付け加えるマナの言葉にただただ戸惑いを隠せない。
「確かに、ひいき目なしに見てもカレンは魅力的な女性だと思いますが、まさか出会ったその場でいきなりアプローチとは、英雄様もなかなか積極的ですね」
混乱する頭で彼らの話を整理すると、こうなる。
紅葉が魔力を放ち、カレンに向けて能力を使用したその瞬間、紅葉はカレンの目の前に立っていた。
指差ししていたはずの右手は彼女の胸当ての上に置かれ、彼女の顔が紅葉の鼻先に触れそうなほどに迫っている。
カレンのまっすぐな瞳と視線が合い、紅葉は目を離せないでいた。
石のように動かなくなる紅葉に対し、カレンの行動は素早かった。
懐に入られた紅葉に対し一歩引くことで距離を取り、空いた空間に滑り込ませるように右の拳を捩じり込む。
正確に紅葉の顎に突き刺さった拳が彼の脳を揺らし、そのまま何をされたかもよく分からないまま紅葉の視界は暗転していった。
二人から話を聴いているうち、紅葉はみるみる顔を青ざめさせていった。
記憶に残っていなくとも、カレンが近づいたのではなく、紅葉の方から彼女に距離を詰めたことは分かる。
傍から見れば、紅葉がカレンに迫っていったと見られてもおかしくはないのかもしれない。
そして、それが紅葉のアプローチと捉えられてもおかしくはないのかもしれない――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます