12.力の片鱗

「さて、それではさっそく彼の能力について試してみましょう。ちなみに黒魔女様、今のところはどの程度調べは進んでいるのでしょう?」


「ここに来るまでに何度か試してみましたが、どれも上手くいっていませんね。魔力の扱いについては問題なく行えていますので、能力行使に何か条件があると思われます」


「条件、ですか……。確かここまでの道中では、正面に誰もいない状態で行っていたのですよね? 例えば物だったり、人だったり、何か対象を指定する必要のある能力なのかもしれません。お二人で試してみた時は、ただ漠然と能力が発動するかどうかを見ており、対象となるものを何も指定していなかったため、発動しなかったとか」


 挨拶もそこそこに、紅葉を除く三人がそれぞれ紅葉の能力についての考察を始めた。この先英雄となる彼の能力が、王国を救えるかどうかに直結することを考えれば、真剣になるのもうなずける。


 話に全くついていけない紅葉をよそに、三人の会話は徐々に熱を帯び始めていく。最初こそ必要だから話し合っているような雰囲気だったが、いつの間にか楽しくなりつつあるのか、声色も明るくなりつつあるようだ。


「よし、なら早速試してみましょう。カレンは少し離れたところに立って、英雄様はカレンを狙うように能力を発動させてみてください。何を対象にしているか意識しやすいよう、カレンに指を差しながら能力を使ってみるといいですね」


 三人の中で話が一旦まとまったようらしい。アッシュは呆けている紅葉に声をかけた。カレンはアッシュに言われた通りに、紅葉達から距離を取る。


「いいんですか? もしも条件がそれで合っていて、もしも能力が使えてしまって、もしも俺の能力が危ないものだったら――」


 それまで自分の能力を漠然としか考えていなかった紅葉に、ふとマナの使っている炎が頭をよぎった。もしも彼女の能力のように扱い次第では危険を及ぼすようなものだったら……。


 消し炭になった大蛇を思い出し、紅葉は身震いした。見知ったばかりの人だとはいえ、自分のせいで真っ黒焦げになるのはまっぴらごめんだ。


 それを聞いたアッシュは、笑って紅葉の言葉を否定する。


「なに、それについては心配しなくて構いません。あなたの能力がなんであれ、私の能力でカレンはしっかりと守り通してみせましょう。それにこの場には黒魔女様もおりますから、そうそう大事に至ることはないでしょう」


 後ろにいるマナもこくりと頷いて、カレンに続いて紅葉と距離を取り始める。何かあった時を想定して、カレンの近くにいることにしたのだろう。


 初めて出会った相手であるにも関わらず、カレンも彼らのことを信用しているらしい。紅葉がアッシュに抗議している間に距離を取り終え、おおよそ五メートルくらい離れたところからこちらの様子を窺っている。


「……分かりました。では、お願いします」


 やがて紅葉は観念し、カレンとマナの方に向き直った。


 自分よりもはるかに能力に詳しい三人がこうして手伝ってくれているのだから大丈夫。彼はそう自分に言い聞かせる。深呼吸してまっすぐにカレンを見据え、アッシュのアドバイスの通りに人差し指を向ける。


「それでは、いきます」


 紅葉は意識を集中させ、魔力を指先に込めていく。杖はないが勝手はしっかりと理解している。


 マナから教わったことを一つずつゆっくりと頭に思い浮かべながら、自分の周囲に渦巻く目には見えない靄のようなものを感じ取る。


 何かがかちりとはまるような、今までにない手ごたえを実感した瞬間、思わず紅葉は指先の魔力を一気に解き放った。


 そして、紅葉の意識は途絶えた。

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