9.かつての英雄達〈前編〉

 リィン王国のほぼ中央に位置する王城、リィン王城。


 王城という名称で呼ばれてはいるものの、実際には議会や王国騎士団の駐屯地、さらには有力貴族の居住区も兼ねられており、そのほとんどは国家を運営するための施設となっている。


 時代に応じて幾度となく増改築が行われ、そのたびに形を変えてきた継ぎはぎだらけの王城だが、まるで歪な違和感が見られない。


「すげえ……。こんなところ初めて入った……」


 そんな地理の教科書にあるような、もしくは漫画かゲームに出てくるような、西洋風の城と広大な庭を目の当たりにし、紅葉は感動に震えていた。


 城の周り一面に広がる庭には芝生が青々と茂り、その中をレンガで舗装された通路が曲線を描いて各出入口まで伸びている。正門からでは全貌は分からないが、もしも上から見下ろすことができれば、きっと緑色のキャンバスに白い線で綺麗な紋様を描いているように見えることだろう。


 リィン王国に入った時と同じように、城の門兵から猛烈な勢いで最敬礼を受けながら庭に入った紅葉は、まるで絵画の中に入り込んだような景観の中を、ため息をこぼしながら歩いていた。


 元いた世界ではただの至って普通な男子高校生だった彼にとって、異世界の風景はどこを切り取っても特別なものだ。ましてや、訪れることすら想像していないような場所に入り込んだものなのだから、彼の興奮が冷めやらないのも無理はない。


 自分達の横を追い抜いていく馬車や芝生の手入れを行う庭師の様子を眺めながら進む彼は、ふと、王城に近づくにつれ庭の様相が少しずつ変わってきていることに気が付いた。


 先ほどまで何も置かれていなかった芝生の上に、通路を挟むように銅像が設置されているのだ。性別、年齢、そして服装に至るまで、てんでバラバラな銅像達に目を通

しながら紅葉はマナに声を掛ける。


「なあマナ、この銅像って、何をした人のものなんだ?」

「この庭に置かれている銅像は、全て歴代の英雄達をかたどったものになります」


 歴代の英雄達。


 つまり、紅葉と同じようにこの世界に訪れ、リィン王国を守り通した者達の像ということになるのかと、紅葉は真横に設置された男性の銅像に目をやった。


 それに気づき、マナが銅像の人物について解説を始める。


「そちらは歴代の英雄の中でも最強と謳われているヴェッキの像ですね。現代でも特に人気の高い英雄ですよ」

「歴代最強、か……。そんなにすごい人だったんだ」


「ヴェッキの『決して死ぬことのない能力』はどんな致死性の傷を受けても、たちどころに完治させてしまう過去最高クラスの自己治癒の能力でした」

「要するに、不死身?」

「ええ、不死身です。どんな苦境にも笑って前に進み続けた彼の勇姿は、彼の活躍から五百年経った今もなお語られ続ける英雄譚となっていますね」


 あまりに規格外な能力すぎて、紅葉はあんぐりと開いた口が戻らなかった。そのまま彼は、もう一度銅像を見上げる。


 マナの語る彼の経歴に驚いてというのもあるが、それ以上に彼がヴェッキの銅像を気にしたのは、ヴェッキの像にどことなく見覚えがあるような気がしたからだ。


 腰に差した刀と呼ばれる片刃の剣。


 時代劇で目にするような袴姿。


 髪の毛すべてを剃り落とした、特徴的な坊主頭。


 あれ、ヴェッキってもしかして日本人? 今から五百年前というと、大体戦国時代くらい?


 そんなことを考えていた紅葉だったが、先に進んでいくマナに後れを取っていることに気が付いて、慌てて彼女の方へと駆け寄った。


「ずいぶん見惚れていましたね」

「ちょっと見覚えというか、もしかしてって思うことがあったからさ」

「そちらの世界でもヴェッキは著名なお方なのかもしれませんし、アオキさんと同郷の可能性もありますからね。もしや、お名前に聞き覚えが?」


「いや、まったくないな……」

「そうでしたか。ではこちらの方はどうでしょう?」


 そういうと、マナはすぐそばにあった女性の像を指さした。

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