8.異国の街並み〈後編〉
「く、黒魔女様……! ということは、後ろの方が……!」
「ええ、今回の、引いては最後の英雄です」
「……お引き止めしてしまって申し訳ありません! どうぞお通りください!」
「いえいえ、お勤めご苦労様です。それでは失礼しますね」
明らかな動揺を見せ敬礼する兵士の隣を素通りして、マナは平然と王国へと入っていく。
紅葉もその後に続きながら、兵士達に聞こえないようマナにそっと耳打ちした。
「なあ、さっきの二人、なんかマナを見てすげえびくびくしてなかったか?」
「それも仕方ありませんよ。黒魔女が英雄を引き連れてやってきたのですから。それはつまり、この王国に滅びの危機が迫っているということに他なりません」
「それもそっか。ていうか、黒魔女って?」
「私のことですよ。ほら、黒い服を着ているでしょう?」
立ち止まって振り返り、マナは両手を広げて自分の姿を見せつけた。
黒一色のローブを身にまとい、赤い宝石のついた杖を握る少女は、せいぜい中学生くらいにしか見えない。元の世界ならハロウィンの仮装と勘違いしそうな彼女の出で立ちだが、なぜか長年愛用し着慣れている衣装のようにしっくりくる。
風に揺れる彼女の短い白髪も、やや閉じ気味の瞼の奥に光る緑色の瞳も、すべて塗り潰していくように黒で覆い尽くされた少女は、確かに黒魔女と呼ばれてもおかしいところは何一つもない。
だが、そんな彼女の説明にどこか違和感があるのもまた事実だ。
「そんなことよりも、到着ですよ。ようこそ、リィン王国へ」
具体的にどういったところに違和感があるのか、それを突き止めようとした紅葉の思考を阻むかのように、マナは彼に声を掛けた。
半身になって紅葉の視界から外れつつ、右手で王国を見るよう視線を誘導する。
国境門を抜けた先に拡がっている光景を目にして、紅葉は思わず声をあげた。
「うわあ……!」
中世のヨーロッパといえば、と言われて真っ先に思い浮かぶような街並みが、紅葉の目の前に広がっていた。
国に入ってすぐの広場には噴水が絶えず透明な水を吹き出し続け、その周りでは子供達が元気にはしゃぎまわっている。その向こうには木と漆喰で建てられた家々が立ち並ぶ。まるで絵画で見た景色が、そのまま現実になったような感覚だ。
広場をまっすぐ進んだ先にある大通りは商店街のようで、パン屋に花屋、野菜に魚と多種多様なものが店の前に陳列され、客引きの声と買い物客の声で騒がしいくらいに賑わっている。
道路はすべてレンガで舗装され、道行く人々は靴音を響かせながら街を行き来している。服装も外見も日本人のそれとは全く異なる人々がいつもの日常を送っている風景に、紅葉は感動に目を輝かせていた。
「すげえ……。外国ってこういう感じなんだな……」
「外国どころか、世界すら違いますがね。人通りも多いですし、はぐれないよう気を付けてください」
紅葉は先を行くマナとはぐれないよう気をつけながら往来をかき分けて進むが、やはり見慣れない街並みに興味を抑えられず、辺りを見回しながら中央の一際大きな通りを歩いて行く。
それとは対照的に、マナはそのすべてに一切目もくれず、ただ通り過ぎるだけといったように街の奥へ奥へと進んでいく。
その足取りに迷いはなく、どこか目的地があって進んでいるということは明白だった。
「そういえば、マナは今どこに向かっているんだ?」
ほんの少しだけ人通りが少なくなり、多少余裕が出てきたところで紅葉がマナに問いかける。
マナは足を止めることなく、商店街のさらに向こう、天高く広がる青空へと向かってまっすぐに指を差した。
「向こうの尖った屋根が見えますか?」
彼女が指し示す青空に紛れて、白く尖った槍のような屋根のようなものが数本、街の家々の影からひょっこりと顔を出しているのが見える。
実物に見覚えはないものの、テレビや映画で何度か目にしていたおかげで、彼女が言わんとしているものがなんなのかをすぐに理解できた。
「もしかして、あれに向かってるのか?」
期待と緊張に顔を綻ばせながらも、紅葉は確認のためにと聞いてみる。
その問いに、マナは首を縦に振った。
「ええ。今私達が向かっているのは、リィン王国の中央に位置し、この国の象徴ともいえる存在。リィン王城です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます