6.とらっく
「そういえば、アオキさんはどうやってこの世界に来たのですか?」
王国に向かう道中も残り半分に差し掛かり、一度休憩を挟んでいた紅葉に、ふとマナが問いかけた。
だが、紅葉は彼女の質問には上手く答えられそうになかった。なにせ彼自身、この世界にどうやって来たのかが全く分かっていないのだから。
「聞き方が悪かったですね。では、この世界に来る前に、何か大きな衝撃を受けるようなことはありませんでしたか?」
「大きな衝撃?」
答えあぐねている彼の様子に気付き、マナは質問を変えた。
大きな衝撃とはどういうことか。マナが加えて説明する。
「歴代の英雄達は、元の世界で何か大きな衝撃を受けたショックでこの世界にやってきたという共通点があるのです。例えば、雷に打たれたとか、火で焼かれたとか」
「いや、そんな大層なことは何も……、いや、待てよ……?」
雷に打たれたり火で焼かれたりしたって一体どういう状況だったんだよと思いながら、元の世界にいた頃の記憶をたどる紅葉は、この世界に来る直前の出来事を思い出した。
確か元の世界にいた時の最後の記憶は、高校からの帰り道だったはずだ。そこから一緒に返っていた友人達と別れ、一人交差点で信号待ちをしていた。
その時ふと聞こえてきた轟音、ブレーキ音、振り向く先に見えた巨大な影。全身に伝わる衝撃。そして途切れた記憶――。
「もしかして、トラックに轢かれた?」
「とらっく、とはなんでしょうか……?」
紅葉の言葉にマナは首を傾げる。
そうか、この世界にはトラックがないのか。紅葉は文化の違いに戸惑いつつ、さてどう説明したものかと少し唸ってから答える。
「えっと、荷物を運ぶための道具、って言えばいいのか。マナの小屋にあった家具が全部入るくらいのでかい入れ物と、それを運ぶための車がくっついてるんだ」
「汽車のようなもの、でしょうか。それも貨物を運搬するための乗り物と聞きましたが」
「使い方は似たようなものだけれど、大きさが全然違うかな。トラックってのは汽車を一人で運転できるくらい小さくしたもので、線路がなくても走れるんだ」
「線路がなくても……? つまり、今私達が歩いているようなこの道の上も……?」
「走れるな」
説明を聞きながら、マナはなにやら考え事を始めたようだ。
「運搬できる量をある程度確保しつつ小回りを優先させ……汽車ととらっくを併用すれば……それならばかなりの数のとらっくが必要に……。すみません、そのとらっくというものは、アオキさんの世界にはどの程度の数が配備されていたのですか?」
「どれくらいっていわれても、数えきれないくらいとしか言いようがないかな」
「そ、そんなにですか……」
マナは紅葉の話を聞いて目を回しながらも、彼の元いた世界の考察を進めていく。だが、やはり彼の話には信じられないようなものも多いらしく、その後も興味津々といった様子で紅葉のいた世界についての話をねだってきた。
どうやら彼女にとって、英雄達の世界について知ることは一つの趣味のようなものらしい。もしかしたら、いつか来るかもしれない英雄を、彼女は心待ちにしていたのかもしれない。
あまり表情の動かない彼女だが、その瞳は爛々と輝いていた。
「なるほど、無人で飲み物を販売する箱ですか……。飲み物の保存方法と補充方法を考えれば応用が利くかもしれませんね……」
自動販売機について自身の考察をしている中、ふとマナは今回の英雄を一方的に質問攻めにしていることに気付き頭を下げた。
「すみません、私の話に付き合わせてしまって」
「いや、いいよ。マナが楽しそうだったし」
「楽しそう……?」
ふと、マナは紅葉の言葉を上手く飲み込めずに固まった。
瞳を閉じて、少しばかり何かを考え込み、やがて眼を開く。
「そうですね。英雄達の世界について知ることは、楽しいです」
けっして表情は変えないが、その横顔は少しだけ嬉しそうで、紅葉は思わずどきりとした。
いつも冷静で物静かで、小中学生くらいの女の子にしか見えないのに自分よりも大人びていて、かつ、それを全く違和感と捉えさせない不思議な雰囲気をまとっている。
そんな彼女が、見た目相応の少女らしい振舞いを見せるのはこれが初めてだった。少なくとも、昨日小屋で仲良くはできないと言って見せた、あの暗い表情よりはよっぽど似合っている。
「どうかされましたか?」
「い、いや。ごめんなんでもない」
つい彼女の顔を見つめ過ぎていたらしい。不思議そうにこちらを振り返るマナに、紅葉は思わず視線を外した。そんな彼の様子を気にするでもなく、マナはすっと立ち上がった。
「さて、そろそろ行きましょうか。王国まであと半分、頑張りましょう」
マナの一声に紅葉が返事をして立ち上がり、マナの杖を手にする。
そして、また二人は王国を目指して歩き始めた。
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