5.基礎固め

「それでは出発しましょうか。今からならば、王国までは昼くらいには着くでしょう」


 そう言うマナの後に続き紅葉が小屋を出る。薄暗かった小屋に目が慣れていたせいか、眩しいくらいの朝日に照らされ思わず目を細めた。


 昨日小屋を訪れた時とは違い、森は穏やかな空気に包まれていた。一面の緑は陽の光を受けて輝きを放ち、涼しい風が木の葉を揺らしながら吹き抜けていく。もしも魔物が出るという話を聞いていなければ、森林浴かピクニックにちょうどいい場所だったかもしれない。


「周囲を警戒するのはいいですが、それに夢中で私と離れないでくださいね」

「あ、ああ、分かってる」


 マナは感嘆のため息を漏らしながら辺りを見回す紅葉を、いつ出くわすかくるか分からない魔物を警戒していると思っているらしい。少し進んだ先で足を止めこちらを見ているのに気づき、紅葉は慌てて彼女の方へと駆け寄った。


「それと王国までの道中、能力行使の基礎を固めるために、アオキさんには自身の魔力を扱う練習を行ってもらいます」

「魔力を扱う?」


 マナの言葉をオウム返しする紅葉に、彼女は自分の持っていた杖を彼に手渡した。


「私の杖には魔力操作をサポートする効果があります。普段は魔力の消費を抑えたり、能力の効果範囲を調整するために使っていますが、今は魔力操作の難易度を下げるために使います」

「なるほど」


「では、先端の宝石に意識を集中させて、例えば体が妙に温かくなり始めたり、指先がむずむずするといったような感覚的な変化が出てきたら教えてください」

「分かった。やってみる」


 彼女に言われた通りに、杖の先端で光る赤い宝石をじっと見つめること数十分、赤い宝石が輝きを強め、杖を握る手がほんのりと暖かくなっていくのを感じた。


 杖の周りに、目には見えない靄のようなものがうっすらとまとわりついているような気がして、驚きながらもマナに声をかける。


「なんか変な感じがするんだけど、これでいいのか?」

「ええ、成功です。その感覚を忘れないでください」


 マナの言葉に紅葉が頷く。おそらく、この靄のようなものが彼女のいう魔力なのだろう。


 数十分の成果が少しずつ出始めてきていることに興奮しつつ、紅葉はさらに次の指示を促す。


「それで? 次はどうすればいいんだ?」

「ひとまず、宝石にたまった魔力は吐き出してしまいましょう。近くに何もないあのあたりに向かって杖を振ってみてください」

「こうか?」


 紅葉は言われた通りに、マナが指さす方に杖を振るった。目には見えない靄が杖の宝石を通して飛んでいくのを感じる。


 だが、杖は宝石の輝きを失っただけで、特にこれといった変化を起こさなかった。


 しばらくの沈黙の後、紅葉の口から落胆の声が漏れ出る。


「……なんにも出ないな」

「何も出ませんね」

「え? これ失敗?」

「いいえ、魔力を感じ取り、杖の先端にため込むことができているので、第一段階は成功です。能力の発動には至りませんでしたが、今は魔力の扱いに慣れることが先決ですので問題はありません」


「じゃあ、あれでいいってことか? なんかもっとこう、実感が持てるような結果になってなくて少し残念というか……」

「最初から上手くいかないこともありますし、一回目でこれなら上々ですよ。次からは魔力を溜めるスピードと量に意識して練習してみましょう」

「スピードと量、か……」


「ええ、一回魔力を行使するのに数十分かかるのはさすがに遅すぎますし、使えたとしてもあの量では大した効果が得られないでしょうからね。とはいえ、一度コツさえ掴むことができていれば、そう難しいものではないですよ」


 それに、魔力量が安定すれば、杖から魔力を放った時に能力が分かるかもしれませんからねと、マナは最後に付け足した。


 マナは性格柄、淡々と事実を口にし続ける。お世辞も遠慮もないその言葉は少しばかり紅葉の胸に突き刺さるが、それ以上に一歩ずつ進歩していることを実感させてくれた。


 杖を握る手に力がこもる。


 口角が意図せず緩む。


 まだこの少女のようにはいかなくとも、自分はしっかりと成長している。


「よっし、俺ももう少し頑張ってみるか!」

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