星座の後継者

葉名月 乃夜

プロローグ


『いいか、直貴なおき……覚えて、おけ』


 これはもう、随分と昔の話。僕が物心ついて、異能という力のことを知った、間もない頃だった。


 そこは、紛れもなく僕の家だった。でも、。言いようのない負の雰囲気を醸し出す薄暗い和室の一室に、僕は呆然と立ち尽くす。何が起きたのか理解もままならぬ状態で、ただ、目の前のは喋り出す。


『俺、らは、助けなければならない。人を、悪しき感情の、支配、から救い出さな、ければならない。それが、我々の、使命、だ』


 掠れていたが、声は父のものだった。厳格があるが、何処か優しさを含んだ声色。けれど、その声が発せられるのは、どう視ても、父ではなかった。否、人間ですらもない。


 西洋文化の絵画に描かれている悪魔のような翼、血のように真っ赤な目、不思議な紋様が浮き出ている体は、毒々しい色の煙を纏っていた。


 それは、化け物だった。

 それは、悪い奴だった。


 恐怖はあった。けれど、それよりも心を占めるのは、なぜか分からないけど悲しみだった。大切な何かが、そいつの中に埋まっているような気がしたのだ。


『俺が……こんな風になって、言うのもっ、何だけどな』


 父の声で話す化け物は荒く呼吸をしながら言葉を紡ぐ。


 そいつは肩を押さえていた。そこからは、人間で言えば血液が流れ出すように、漆黒の煙が溢れていた。それがあいつの命だ、ということは何となく理解できた。


 苦しそうに顔を顰めているそいつの体は、先端から朽ちていた。瞬きをする間にも、静かに、クッキーみたいに、ボロボロと崩れている。


 傍には祖父がいた。手には眩い輝きを放つ刀が握られている。祖父は化け物を視ていなかった。視たくない、と祖父が思っていたことは、幼い僕でも何となく悟ってしまった。その印として、顔には、悲しさのような悔しさのようなものが滲んでいた。


『こんな、に……家族を、壊して、しまって。俺は、どうにか、してるんだな、やっぱり』


 そう言う化け物は、不意に視線を動かす。僕もつられてそちらを見る。


 そこには、母が横たわっていた。髪の毛は乱れ、服は破れ、肌は傷だらけだった。顔は見えない。だけど、もう息をしていないことは分かってしまう。血生臭さが、それを伝えてくる。


『妻を、殺めて、しまって……。もう、終わりだ』


 化け物の息は少しずつ弱まっていく。その体も、崩壊の侵食が進んでいき、もう胸まで迫っていた。喋れなくなるのも、きっと時間の問題だ。


『いいか、直貴』


 化け物が、また、僕の名を呼ぶ。



 これは絶対に聞かなきゃいけない。本能か子供の勘か何かがそう思い、僕は化け物の目をじっと見つめた。化け物もまた、瞳に僕を捉える。


『お前、は、こうなるん、じゃ、ないぞ。皆を、全てを、救え』


 それを最期に、化け物は口を閉じた。


 僕は無意識に、「父さん」と呟いた。その時にはもう、化け物はいなかった。ただの毒々しい煙が、僅かに残っているだけだった。


 これが、両親の最期だった。


 

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