(6)

 目を白黒させるわたしに、モチくんは「ニンジャである僕が言うのは、おこがましく、おかしいことかもしれませんが」と付け加える。


 モチくんの意外すぎる言葉に、わたしはすぐに返事ができなかった。


 ……いや、意外だったから、言葉に詰まったんじゃない。正鵠を射た指摘だったから、わたしは言葉に窮したのだ。


 そんなわたしにモチくんは静かに言葉を続ける。


「聖乙女様の献身の心は素晴らしいと思います。けれど、尽くすことといいように使われることは、僕は違うと思うんです」


 わたしよりも年下の、少年の声でそんなことを淡々と指摘されるのは、正直に言って辛いものがあった。


「その……聖乙女様の心配もしないような方々に聖乙女様が心を尽くす必要はないんじゃないかって……。『東洋園』でのことだって、あの方は聖乙女様がお優しい方だから、見返りなく奔走してくれるとわかっていて頼んできたんでしょう。それって、僕にはすごく卑劣なことに思えて……だから、その……」


「もう、いいよ」


「……!」


 モチくんがハッとしてから気まずい顔をしたのがわかった。


「もういいよ。……本当は、わかってたから」


 みじめさと情けなさと――夢から急に覚めたようなショックで、わたしの心の中はぐちゃぐちゃだった。それでもモチくんに情けない顔を見られまいと、ぐっと表情筋に力を込める。……それでも、不意に泣いてしまいそうだった。


 本当はわかっていた。彼らの心がもうわたしにはないことも、それでもわたしのほうには心があって、それを見抜かれていいように利用されていたことも。


 けれどもわたしはどこかで以前の彼らとの関係を捨てられなかった。少しずつ幻滅しながらも、それでも夢の中にとどまり続けた。


 わたしはヒロインで、彼らはヒーローで。だから、わたしは彼らを愛するし、彼らもわたしを愛してくれる。今は違うけれど、いつかまたそうなる。


 わたしはそうやってみじめったらしく、『聖乙女アンマリア』の物語にすがって、現実から目を背け続けていた。


 わたしを利用する彼らを卑劣だと断じてしまえば、幻想が壊れてしまうから。もうわたしへの心がないと決めつけてしまえば、わたしはヒロインじゃなくなるから。


 けれど、それはものすごく見苦しい行いだったと気づかされて、呆然となる。


 モチくんはわたしのことを「優しい方」と言った。でも本当に優しいのはモチくんのほうだ。


 わざわざこんな指摘を――反感を買うようなことを言う必要はない。モチくんはわたしの部下で、それ以上でもそれ以下でもない関係なのだから。……それでもモチくんは言ったのだ。わたしのことを思って、見かねて。


 不意に聖乙女候補時代の出来事が思い出された。


 わたしが物を隠されたときに、いっしょに捜してくれたニンジャの少年。本来の仕事は聖乙女候補の監視だったろうから、いっしょに捜し物をするだなんて領分を超えているから本当はダメだろうに、彼は手伝ってくれた。


 前髪で目元が隠れていて、前見えてるのかな? なんて思いつつ聞けなかった彼は、今思えばモチくんだったのだろう。


 当時のわたしは苛烈ないじめの対処にばかり気を取られていたから、今の今まで気づけなかった。


 本当に、本当に優しいのはモチくんのほうだ。わたしのことを真剣に考えてくれて、心配してくれて――。


 今、そんな風にわたしのことを考えてくれているのは、どうやらモチくんだけみたい。


「ごめんねモチくん。今までいい顔したくて、いいように使っていて」

「あ、謝らないでください。聖乙女様のために働くのが僕たちの仕事ですから……」

「そうだね。でも、させなくていい仕事だった。だから、ごめんなさい」

「あの、本当に気にしていないので……」

「そっか」

「はい……」


 これ以上は謝ってもモチくんを困らせてしまうだけだ。わたしがすべきことは、これ以上モチくんにいらぬ負担をかけないこと。


 つまり、「都合のいい人間」から卒業することだ。


 そう思うと少しスッキリした。


 ずっと目の前に暗雲が垂れこめていたところに、雲が割れて光が射したような……そんな気分だった。


 遠くから聞こえてくる、天使ちゃんと三人のなごやかな話し声を聞いていると、やはり心にさざ波が立つ。


 けれど、そんな気持ちともこれからは距離を取って上手く付き合っていかなければならない。


 わたしはこの世界で地に足をつけて、立っているのだから。


「ありがとう、モチくん」


 ……なんだかすごく久しぶりに、ごく自然な微笑みを作ることが出来た気がした。

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