13:君以外いらない

四椛睡さんには「一緒に踊ってくれますか」で始まり、「それだけでいいよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。#書き出しと終わり #shindanmaker(2023/03/24・twitter)



「一緒に踊ってくれますか」

 彼から誘われて断れる人が、いったいどれほどいるでしょう? 分かりません。少なくとも私は断れません。断れる立場にありません。私が持つ選択肢は「はい」or「YES」。笑顔で頷きながら掌を重ね、腰に手を回し、呼吸を合わせながらステップを踏み、リズムよく踊りましょう。

 勘違いしないで頂きたいのですが、『断れる立場にない』というのは『私が彼に支配されている』と同義ではありません。確かに彼は私の上司です。それも直属の上司です。しかし、彼に「核ミサイルを撃て」と命じられても絶対にボタンを押しません。寧ろ、仕込んだナイフで逞しい頸を切り裂いてやります。

 つまり、これは私の自由意志なのです。私は「一緒に踊りたい」と願っていました。どうか私を捨て置ないで。置いていかないで。私の手を取ってください。そう祈っていましたから、彼の口からダンスの誘い文句が飛び出た時には天にも昇る心地でした。神様、ありがとう。一度だって信じたことないけれど。

 彼は見放された子犬みたいな顔をしています。眉尻と目尻が垂れ、瞳の水分量が豊富です。真一文字に結ばれた唇は、まるで涙を堪えているよう。いえ。実際、堪えているのでしょう。彼は情に厚く、涙脆い性質ですから。きっと申し訳ないと思っているに違いありません。馬鹿な人。そして、とても可愛い人。

「勿論、喜んで」

 私は彼の左手を掬い上げます。男性らしい武骨なそれは、酷く冷え切っていました。両手で包み込んで優しく摩ります。少しでも多くの熱が移るように。

「いいのかい?」彼が眼を伏せて言います。「後悔はしない?」

「絶対にしません。先程のセリフをどれだけ待ち望んでいたか。知れば貴方は呆れること間違いですよ」

 ふざけてウィンクなんかをする私は、完全に浮かれた女です。まったく恥ずかしい! 平素なら自らが掘った墓穴に飛び込んで「穴があったら入りたい!」と叫び、顳顬から銃弾をぶち込むところです。しかし、この時ばかりは、浮かれポンチでも構いませんでした。なぜなら私は世界で最も幸福な女でしたので。

 眼前に立つ部下の浮かれ具合に、彼は小さな声をたてて笑います。悲しげな色が一切消え失せたわけではありません。が、少しばかりは気持ちが上向いたように見られます。両頬に出来たえくぼを見、唇を寄せたい衝動に駆られます。頬へのキスぐらい、寛大な上司様ならば赦してくれるに違いません。でも。

 私は理性を動員してグッと抑えつけます。そこまでの浮かれポンチには流石になれません。何より淑女にあるまじき、恥ずかしい行いです。

「それでは、相応の恰好をしなければ」

 彼の左手を解放し、自分の姿を見下ろします。くすんだオリーブ色のジャケットとパンツ。

 すっかり履き慣れたブーツ。腰に巻いた応急処置セットの中身、弾薬の数、仕込みナイフその他装備品の確認。両脚のレッグホルスターから愛銃を取り出す。毎日欠かさず丁寧にメンテナンスはしていますが、想定外というものがありますので一応。同じく支度を終えた彼と共に、無言で建物内を歩く。心は未だ浮かれております。

 が、頭は極めて平静でした。愛する上司様の横顔は凛々しく、少し前までの悲しげな色は失われております。

 バルコニーから見下ろす世界は、絵に描いたような終焉でした。地獄絵図とはまさにこの様。死にたくても死ねない、憐れで無様で醜い肉塊が人間のモノマネに失敗しながら彷徨っています。

「あ」不意に私の口から声が漏れました。これは私達のラストダンス。上司様と部下による最後の共同作業。なんだか感慨深い気持ちになり、思わず「記念品とか用意すれば良かった」と口走ってしまいました。

「記念品?」

「えぇ。喩えば、きっと何処かで生存している人へのビデオレターとか。貴方への感謝と愛情を示す特別なものとか」

 なるほど、と頷き、彼は顎に指を添えて考え始めます。暫くして「じゃあ、君を貰おうかな」と微笑みました。私は、上司様もそういう冗談を言うんだな、と思いました。最期に新たな発見が出来てラッキーとさえ思いました。しかし、冗談ではなく。マジのマジ。

 本気で考えているらしいのです。彼への愛情を示す特別なものとして、私が欲しい、と。

「それは……構いませんが。私だけで良いんですか。ナマモノですよ? 腐るし面倒じゃないですか?」

 私の問いに、彼は「良いんだ」と応えます。そして私の唇に優しくキスをして囁きました。

「それだけでいいよ」



(終)

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